五 カイト・メーカー
「暑っつーい」
さんさん降りそそぐ午後前の日差しをあびて、葵は、両手を青空へ伸ばした。
丘谷の名があらわすように上下に、左右へとくねる、住宅地。母親が日々、往来する通学路を、娘は楽しげになぞりゆく。
こちらに来て以来、雨や曇りがちの空が続いていたが、ようやく、初めてよく晴れた。二〇二〇年よりひとあし早く、といっていいのか妙なところではあるが、梅雨明けの到来。――実際に認められ報じられるのは後日の話だが。
「昭和の夏も暑いね」
「クッソ暑ぃな」
道も知らないくせに先をゆく令和脳に、転ぶぞ、スマホを出すな、今は平成だ、と都度都度、注意をうながさねばならない。――子供を持っていたら、こんなめんどうを日常に背負い込む目にあう。
もうじきプレイすることになるシミュレーションや、リアルで疑似体験させてくれる異世界娘に、苦笑い。子育てなぞ、俺みたいな風来坊気質には手にあまる。
その博をして、糸の切れた凧のごとしと称する自在な姪が、この手にぶら下げる弁当の届け先と同じ年齢である一九九〇年。改めて、おかしなとりあわせだと口をすぼめる。
まったく、鳶が鷹を、の逆だな。鷹どうしをかけあわせた結果がどうしてこうなる――
思いいたって、彼の目は瞬間、陰る。
鷹と鷹。
ふと、足がとまる。
そう。あるいは、無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
天頂へいたろうとする陽のもと。右手に下げる陽子の巾着。じっと見下ろす。
ならば食っちまえば。
妹の弁当を見つめる。
そうすれば行く理由はなくなる。
ピンクの包み。
本当に食ってしまおうか、路上で、唐突に。
暑さにやられたかのちょっとした狂気が、
「おじさん、どしたのー?」
姪の呼びかけで、はっと途切れる。
――悪魔のそそのかしに乗って、悪鬼を決め込んで来たのだろう。
憑きものを振りほどくように、博は頭をゆする。「そっちじゃあない」
こっちだ、とY字路の先をあてずっぽうに進む葵たちに、反対がわの道を示した。
《《今は積極的に》》分岐を選択する。
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