四 中学校へ行こう
小半久美子とのやりとりは順調だった。
先日の|オフラインミーティング《オフかい》ののち、葵に代わるように、立花千尋のアカウントとして作成したメールアドレスでの交流が活発となっている。『ナゴヤ』を中心に広範な話題を、彼女は彼女にぶつけてくる。葵ではとうていカバーできない広さと深さ。
「あたしもう、クミティーにナゴヤ描かなくてよくない?」
昼の近づく遅い午前、確保した無駄に広い八畳間で、渋々にイラストの依頼を請け負う葵は、不平をたれる。いや誰だ、クミティーって。
「小半久美子ティーチャーだからクミティー」
当然のように答える姪っ子に、教授じゃなくて《《助》》教授だ、と博は側頭部を揉む。フルネームを覚えただけマシか。
「助教授とのチャンネルは複数持っておいたほうがいい。もとより不確実性の高い計画だ。彼女とつながるルートを多重化しておくことはじゅうぶん意味がある」
言葉を整え説いた伯父に姪は、
「日本語でおk」
つれないリアクション。
「……つまり、まだナゴヤは描けということだ」
「えー、なんで?」
説明してもわからなかっただろう。
とがらせる口を飴玉を与えて閉じさせ、描画の続きをうながす。タブレット上のナゴヤはTV版に近づいていた。――比率でいうならば、二・五パーセントぐらいか。
やれやれ、とほかの部屋同様、風通しのため障子をあけはなっている彼女の部屋を出たところで、母親の節子がやってきた。
「ああ、博。陽子にお弁当を渡しにいってくれないかしら?」
玄関に置き忘れてっちゃって、とピンク色の巾着袋を差し出す。本来は、午前中のこの時間、家でひまをしている平成の博が行くところだろうが、今日はバイトに出ていた。
「ママの学校に行くの? あたしも行く!」
耳ざといのが電子機器を放り出し寄ってくる。こういうときはカツオ節を目にした猫のようだ、と顔をしかめると、
「なんかおもしろそうな話?」
さっきまで庭先で「ゴロー、ゴロー」と飼い犬――名前はゴンだ――にかまっていた二葉拓海もといバカもひょこと現れる。この犬猫どもはおとなしくしていられないのか。
「おまえたちには留守番をしていてもらいたいんだがな」
嘆息して弁当を受けとる伯父に、えー、と口ごたえ。言いつつタブレットの電源を切り、出かけるつもり満々だ。
「だって、不藁さんばっか沖縄に転生したりとかしててずるくない?」
誰も転生なんぞしとらんわ。
強いていうなら〝転送〟だ。
くだんの不藁剛は、今日も情報収集と称して出かけている。どこでなにをしているのか。
追及したところでうまいぐあいにはぐらかされ、仲間うちに無用のあつれきを生むだけ。とがめることもできず放任状態だ。
状況の悪化をただ指をくわえ看過している――最悪のシナリオのさなかにあるのではないことを、願うしかない。これでリーダーだというのだから我ながら笑わせる。
ともかく、問題コンビを家に放置しておけば、初日のように勝手に〝脱走〟しかねない。不承不承、連れて出ることにし、支度する。
「おまえも来るか?」
手狭の四畳半間を覗き込み声をかけると、
「私はパス」
千尋は、折りたたみ座卓のノートPCとにらめっこ中だった。ここ数日「ちょっと気になることが」とずっとこの調子だ。ほんのなんとなし、たいしたことじゃない、そう言うプログラマーは、妙に小難しい顔でキーをたぐる。
なんだか、右腕、左腕が思うようにきかない気分だ。そんなふうになぞらえて、博はぶるると首を振るう。なにを、人を駒のようにみるまねを。自身が最も嫌うあつかいではないか。
もともと、自分ひとりでのぞむはずだった。それが、なんの因果か五人連れで押しかけるはめになってしまった。
因果の元凶をじとり、ねめつけると、
「なに? 博さん?」
にこっと笑顔で反応。すべてをこれでとりつくろい渡りきれると信じて疑ってなさそうな薄っぺらさ。こいつとラノベ脳、このふたりを新しい両腕だと、いっそ、うそぶくか。
「――ほざいてろ」
嗤うように吐き捨てる。
千尋が疑問符とともに見上げた。
「行くぞ」
博はひとり、玄関へと向かう。自由脳のふたりは顔をみあわせ、リーダーの後ろを追った。
【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】
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