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三十四     保土ケ谷は夜の七時

 終わりよければすべてよし。

 横須賀線・横浜駅から保土ケ谷駅までのわずかひと駅でさえ、葵はうたた寝をしていた。


 窓に流れる街並みは夕闇に沈もうとしている。

 腕時計型端末(スマートウォッチ)の示す時刻は十九時。DCブランドのスーツ姿や、ボディーコンシャスな原色ジャケットで、まだ少し混み合う時間帯。軽い人いきれに飲まれるころの帰路となった。

 十五時半の待ちあわせ後、三時間弱。実に二時間五十五分ものあいだ、小半久美子は千尋と延々、しゃべりとおした。大の人嫌いとの情報(はなし)はなんだったのか。


「Wikipediaの『小半久美子』の記事に書き込んだら――」ひとり、シートで眠りこける葵の頭を、千尋はなでつける。「二十五倍ぐらいのボリュームになるていどには徹底的に調べたからね」


 スマホもいじれず、ひたすらナゴヤ談義を横で聞かされ、令和娘はくたくただ。三分の一しか放送していない時点でよくあれだけ話がもつものだ。


「千尋サンにバトンタッチして正解」ドア横へ右肩でもたれる陽子が左手を持ち上げる。「小半サンのモーレツぶりにはさすがにタジタジ」


 白目がちに蛍光灯をあおいでみせる。葵が帰ろう帰ろうとごね続けなければ、女史は四時間でも五時間でも、閉店まで話し込んでいただろう。

 だっるー、と両手でつり革にぶら下がる金髪頭や、ポールに寄りかかり大あくびする平成の自身など、ほかのメンバーも一様にぐったり気味。何杯飲んだかわからないコーヒーで胃もたれする。壁に背を預けつつも平然とゆられているのは不藁ぐらいだ。


 当の千尋も、困難な任務をやり遂げ達成感に満ちた様子ではあるが、疲労は隠せないみたいだった。

 慈愛のまなざしを細める横顔。葵へのねぎらいは、知らず知らず自身にむけての意味あいがこもっているのかもしれない。博は鼻で吐息をもらす。まったく、たいした女だ。

 担当のIT部門だけでもでたらめなオーバーワークだというのに、小半助教授との対話に耐えうる下調べも抜かりなしとは。おかげで〝プランF〟への移行をまぬがれた。どこかの誰かにもみならってもらいたいものだ。

 じろりとどこかの誰かを見やると「えっ、なに?」熱帯の類人猿のようにカラフルな容姿でぶら下がる彼は、だらしない格好でにこりおもねる。こいつの場合、この時代で問題を起こさないことがいちばんの大仕事か。

 やれやれ、ともう一度、鼻でため息。


 ともあれ、またひとつステップを進めることができた。

 暮れなずむなかで少しずつ主張を強めつつ、数を減らしていく街あかりを、ぼうとながめる。

 何度となく危なっかしい場面はあったものの、女史との面識を得た。千尋の敢闘により距離感もつめられた――いや、こいつらの奮戦も忘れてはいけないな。

 博は、居眠りする姪とあきれ顔で彼女を見下ろす妹に、ゆるく笑む。

 まだまだ前途は多難。小半助教授からパスワードを入手するめどもたっていなければ、一度のミスがとたんに破綻へ直結するリスクも変わりはない。時間制限は一カ月ほどで、不穏分子とも背あわせにある。

 全周を常に警戒監視する男に気どられないよう、博はごく一瞬、ちらとうかがう。


 存在そのものが凶器じみた目つきに、ガタイ。うわついた時代にまるでなじんでいない。不藁の周辺だけなんとなく人が寄りつかず、微妙に空間ができている。無駄に漂う威圧感は、頼もしくもあるはずだった。が、今や昔。見えない銃口はどこへたむけているともしれない。

 標的は誰か悪党であってくれ。

 大正島の事件にからんで防衛省の密命を受けているにしろ、本当に外国(きたぐに)代理人(シロクマ)であるにしろ、排除すべき障害は俺たちではないのだと。そうであってくれ。口外できない極秘任務の遂行中なのだとしたら、俺にはどうすることもできん。

 せめて、最悪でも、(こいつ)を手にかけるようなまねだけは。殺るなら、神サマにそそのかされてタイムトラベルなんぞ企ててしまった大馬鹿野郎の俺を――


 姪の頭にそっと手を乗せる。ショートの黒髪が湧き出す頭頂は、ほのかに温かい。

 失敗だったと博は悔いる。

 こんな、なにが起きるか知れない時代(ばしょ)に連れてきて。やはり秋田の山の中に置いてくるべきだった。いや、そもそもハナから頑として。

 すべては今さらだ。無理でもなんでも、やり抜くほかないだろう。しっかりしろ、艾草博。


 車両が減速を始める。


「まもなくうー、保土ケ谷ー、保土ケ谷ー」


 肩をゆすられ、つかのまの夢から覚める少女。

 寝ぼけまなこに映るべき、見慣れた二〇二〇年のプラットホームはまだ、三十年(すこし)ばかり先の景色。

おもしろかったら応援をぜひ。

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