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三十     地球を静止させる子

 まるで塞翁が馬の故事のようだった。

 フランを振り落とし出奔したじゃじゃ馬は「最強。プリン最強モード、マジ最強」リアルチートモード、などと(例によって)意味不明のことを口にしながらプリン・ア・ラ・モードを口にしていた。向かってその右がわには、じゃじゃ馬娘が連れてきたもうひとりの駿馬があった。


「アタシはやっぱり逆」少女はかぶりを振り、運ばれたオレンジジュースをひとくち吸う。「どんな理由があったってヒトはコロしちゃいけないし、動物の肉は生きていくために食べる必要があると思う」

「それはどちらも偽善」彼女は小さく首をゆらし、人さし指をたてる。「あそこで船主が撃たなければナゴヤが撃たれていた、つまり選択肢はなかった。いっぽうで食には代替が存在する」


 なんと心地のよい意見交換か。

 アニメについて、それも過去最大に骨抜きにされているナゴヤを、オフラインで語らう喜びよ。めくるめく塞翁の回転木馬。

 電脳空間から始まり、その先に広がる人間(じんかん)、そこであざなわれる縄の織りなす禍福を、フランは思う。


 目をみはるほどの秀麗なナゴヤ画像に胸躍らされたかと思えば、自身について知る不審な接触者との疑惑が浮上。舌鋒鋭く突きあげるも、相手の返答はどうにも締まりのないたわごと。よくよく検証してみれば、単に精神薄弱気味の抜けた子である蓋然性へと帰結する。

 しかしながら、その芸術的センスは一目、いや、五目は置くにあたう水準。いったい、電子のキャンバスにどのようなナゴヤを描き出すのか、その口はナゴヤという作品をどう語るのか。矢も盾もたまらず、彼女は大胆な行動に出る。オフ会は、しかし、さすがに勇み足にすぎた。

 目をそむけていた可能性は無慈悲に突きつけられる。不可思議の子は、やはり、ナゴヤにとんと興味がなかった。暴れ馬に振り落とされたがごとき失意の谷底。今度こそ足は折れ、しばらくは立ちあがることもままならぬ、としょげる。

 だが、なお、王子なき白馬は――馬車も引いてはいないが、ゴトリシアと呼びならわすのも一興かもしれない――颯爽と現れる。ナゴヤ談義に咲かせる花を手にした少女。またしても光明が差した。これこそ趣味(アニメ)をわかちあう、同類(オタク)の同志。――次の〝禍〟は、もうけっこう。これ以上は〝福〟(ぜいたく)を望まない。辺鄙の(とりで)も安住の地と定め、甘んじよう。

 だが、もし、ほかにささやかな望みがあるかと問われたなら、猫をかぶりこう答えるだろうか――現在、研究している理論をいっさいの不備を排し完成にいたる――それぐらいだ。あるいは、さらにあとひとつだけひかえめな願いをかなえてやると告げられた、そのような仮定をも検証するならば――そのときは、フェルマーの大定理の証明にいたること、と遠慮がちに述べよう。そう、自身の望みなどたかだかそのていど――

 フランは、大欲は無欲に似るのだ、と密やかにうそぶく。無欲→大欲との対偶が真でなければよいのだが、とも。


「ママ、もうひとつプリン最強モード頼んでいい?」


 人参(デザート)をたいらげた子馬(いもうと)母馬(あね)にねだり、「ハア? アンタ、まだ食べる気?」ていうかサイキョーモードってなんなの、となにやらあきれられている。さらには不思議ちゃんは(これも例によってなのだが)M55星雲あたりを向いて「おじさん、プリン最強モード、注文するよ?」などと、宇宙人かなにかと通信。アンタねえ、だって、などと姉妹(ふたり)は揉める。

 この子の母親代わりとは、若くしてなんとも難儀なことで。フランは同情を禁じえなかった。


 かくいう彼女のミルクティーも、熱弁のあいまにうるおした喉により、たやすく氷を数えられた。やや小ぶりになったそれは五つばかり。弾む談話に(から)のグラスは、なんだか口寂しい。プリン・ア・ラ・モードを平然とおかわりできる厚顔もとい胆力を自身は持ちあわせていないが、茶ならば常識の範囲か。これが大人どうしの席であれば、なお、少々(おおいに)ためらわれるところではあるが、相手は子供たち。かつ同性であるなら、ドリンクの追加オーダーも許容範囲に収まるといえよう。宇宙人の〝おじさん〟とやらと交信する不思議娘の注文時に、さりげなく、ごく自然に便乗しよう――

 そのようなことを、フランが画策していたときだった。


 まるで、宇宙との通信によって小遊星が誘導され、突如、飛来する姿が上空に(ひらめ)いたかのような。後期重爆撃期に降りそそいだ天体のごとき衝撃を、エイリアン娘はもたらす。


「だけど、スマホも出しちゃダメだし、ママはナゴヤの話ばっか半助《《助教授》》としてるし――」

「えっ……?」


 木馬の自転が、止まる。

おもしろかったら応援をぜひ。

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