二十七
博とほか五人は――いや、四人か――ひやひやもので、机上の端末を見守った。
空気を読まない、葵のマイペースぶりに、いつ、フラン=小半助教授がつきあいきれなくなり帰ってしまわないかと。――ひとりだけ、ふーん、とひとごとのように炭酸飲料を飲み干す者もいるが。
「すんませーん、おねえさん、注文いい?」
こちらの席にもいる空気を読まない奴に、自重しろ、と博はにらみつける。
「だって、全部飲んじまったし」
オレも〝レスカ〟っての飲んでみよ、と場の緊迫感をまるきり共有していない。助教授の代わりにこいつが帰ってくれないだろうか。博は鼻からため息をつき、携帯端末を注視した。
話題は、〝ナゴヤ〟に対する葵の関心について確かめようとの流れになっていた。怪しい雲ゆきだ。
『今週の放送? 昨日だっけ? ――あ、おととい? いちおう見たよ? 見た見た』
なんだ、いちおうって。
『ほんとにナゴヤ、好きだってば。――あたし書いたっけ、そんなメール』
覚えてないのか、あの〝しょうがなくかいたwwwww〟を。
手直ししなかった己にも非があるが、と忸怩の歯噛み。
『えー……好きな回、ね……。なんだっけ――好きな回ってかトラウマ回あるよね、ほら、あれ、フィフスって人が死ぬやつ』
「おいやめろっ」思わず博は口を挟んだ。
『え、なんで?』
「こっちに返事をするなっ」
まずい。フランの問いかけが、こんこんと湧き出る混乱・困惑に染まっていく。
『――えっ? だからあのキャラ。毒ガスの部屋に閉じ込められちゃう、みんなのトラウマ』
「それは十五話だ! まだ放送してないっ」
『うそ、マジで? やばっ』
「だからこっちに話しかけるなっ」
だめだ。完全にぐだぐだだ。
悪手に次ぐ悪手。絵に描いたように崖を転がり落ちていく。さすがだ、葵。していなかった期待どおりに、ある意味、みごとなまでにこたえてくれた。
博は、組んだ両手に額をつき、口から深くため息を吐き出す。「終わりだ」
もとから無理しかない計画だったのだ。たまたま、奇跡に次ぐ奇跡続きでここまでこぎつけてきたが、その運もついに尽きついえた。すべてはリーダーたる己の不徳によるもの。
こうなった以上は――
「貸して、未来のお兄チャンっ」
唐突に、陽子が左手を差し出した。「小さいトランシーバー。アタシがなんとかする」
あっけにとられ、身を乗り出す妹に博は瞬く。
たしかに、葵がやらかしそうになったときは直接、サポートに行く手はずになっている。しかし、想定以上のスピードで、みるまに詰んだこの局面を、中学生の陽子にリカバーできるのか。
半信半疑にも満たない〝信〟に操られるように、博はズボンのポケットを探る。ワイヤレスイヤホンのケースをあけ、ペアの残りのほうを渡す。
「どうやってつけるの、コレ?」
「ああ、それは反対がわだ。右耳用だ」左用は葵が使っている。
「ヘエー、左右があるンだ――ワッ、トランシーバーがしゃべった!」ブルーなんとかが接続しましたとか充電は百パーセントですとか言ってる、と陽子は興奮気味だ。「スッゴイ未来ってカンジ」
アー、アー、とマイクテストをし、置かれた博の端末が発する音声に、ちゃんと声がする、と感動。「イヤホンだけなのにどうして声が伝わるの? フッシギ」
テンションがあがるのはけっこうだが、この、失速し急降下するメーデー状態を持ちなおす算段はあるのか。
「わかンない」浮いた足を地につけ、少女は引き締めなおす。「でも、アタシはあのコのお母さんなんでしょ? 子供のセキニンは親がとらなきゃ」
なんとかしてみせる、と陽子は席をたつ。決然とたちむかう女子中学生の背中に、大人たちは一縷の望みを託す。途切れようとしている奇跡の連続をつないでくれと。
「うわ、酸っぱ! 〝レスカ〟クッソ酸っぱ!」
いっぽう、バカはひとり興じていた。