二十六
レジの店員に尋ねると、手近のテーブルを手のひらで示した。
窓ぎわの席、ショートカットの女の子が左手を振っている。待ちあわせの相手、のはず。想像していたよりもだいぶ年下。というか子供だ。
彼女はめんくらい、反応に困った。生来の無愛想な顔つきが、これ以上、非友好的に曲がらないよう、彼女なりによそゆきの仮面をつくろう。相手の子は対照的に、自然でむじゃきなふるまいで、こっちこっちと手招く。軽くうなずき、ロングともセミロングともつかないストレートヘアをゆらして歩み寄る。
テーブルわきに立ち、彼女は遠慮がちに確認。「えーっと、〝葵〟さん……?」
「うん、そうだよ。フランさんだよね」
初対面にももの怖じしない少女に戸惑い答える。「え、ええ……」
「おk、クエスト達成率アップ」
「?」
「――あ、今のなし、なんでもない」両手を振りあわてたそぶりで笑ってごまかしたかと思うと、〝葵〟は目をそらし、口答えするかのような態度に変わる。「だから、なしだってば」
軽い豹変にフランは身をそらす。対面の席に向けたようにみえるが、誰も座っていない。しかも目線は変に高め。そちらを見てみても、ついたて代わりの観葉植物が五つほど並び、その向こうには手洗いのドア。やはり人影はない。
少女に目を戻すと〝葵〟は、あはは、と笑顔をつくってみせた。先ほどと違って乾いた不自然さ。釈然としない表情を隠せないまま、彼女は向かいの席に座り、隣の椅子へショルダーバッグを置いた。
彼女――フランは、改めて少女〝葵〟をまじまじと眺めた。
小さい。平均的な身長の自身と並んで立っても肩ぐらいまでしかないのではないか。まさか小学生ではなかろうが、中学生とも判断しがたい背格好。持ちあわせていない社交性をひっぱりだし尋ねてみる。
「オフラインでは初めましてだね。思ったより若い子で驚いた。〝葵〟さんは中学生?」
「そだよ、中三」
っぽく見えないってよく言われる、と屈託なく〝葵〟は破顔する。やはり中学生か。それも三年生。ひとまわり近い歳の差だ。本人の言うとおり、中学三年生には見えない。
だが、たしかに、子供っぽい内容のメールに似つかわしい容姿と口ぶりはしっくりくる。対面早々の奇抜な言動も、独特の語彙を交えた放埒な文面の人物像とぴたり一致する(なにかの才に秀でた者が風変わりであるのは常。自身とて自覚はある)。
「中学生の女の子がパソコン通信なんてめずらしいね」
「へー、そうなの? それはよく知らないけど、ネットはみんな使ってない?」
意外な答えが平然と返る。てっきり、少女は「でしょ」と自慢げに鼻を高くすると思った。
自身でさえ、二十代なかばの女がPCを所有し、パソコン通信を利用している例はかなり少数派のはずだと。女子中学生など、PCに触れたこともなければ、パソ通の存在すら知らなくてあたりまえと。
世相に無関心な自分の存ぜぬところで、ここまで飛躍的に普及していたとは。
「日進月歩どころか秒進分歩ね……」フランは感嘆とともに吐息を漏らした。
なんにせよ、電子メールから想像するとおりの若い女性で――というか女の子だ――よかった。
実のところ、彼女はオフラインミーティングはこれが初めてだった。万一、いかがわしい男性がやって来たらどうしようかと少し心配していた。
しかしながら、あの特異な不思議ちゃんぶりは演じて醸し出せるとは思えなかったし、プロ並に〝ナゴヤ〟のイラストを描く作者はたいそう興味をひいた。悩んだすえ、思いきって誘ってみた。大の人嫌いが、見知らぬ他人にみずからオフラインで会うなど、今までは考えられなかった。だいぶ変わった子ではあるが、この自分をも惹きつける魔性的な愛嬌の持ちぬしということか。
注文をとりに来たウエイトレスにアイスミルクティーと伝える。〝葵〟の手もとにはアイスコーヒーが来ていた。あどけない見た目のわりにミルクなし。
「〝葵〟さんはブラックで飲むんだ?」
「ブラック? なにが?」
「なにが、って、コーヒーよ。フレッシュは入れない派?」
「フレッシュ? スタバのはいつも作りたてで新鮮らしいよ」
不思議ちゃんは不思議そうに不思議な受け答えをし、入れるのはたいていキャラメルソースかな、とつけ加えた。キャラメルソース? キャラメルと調味料を? コーヒーに?
「おいしいの、それ……? というか飲めるの?」
「うん、好き。さっきも注文したんだけど、新人の人なのか全然伝わんなくて」
ベテランならそのゲテモノを出すのだろうか。
「で、『アイスを注文しろ』って言うから頼んだんだけど、アイスじゃなくてなぜかコーヒーが来てね。苦いし、意味がわからない」
それはこっちのセリフだ。
メールのときからあいかわらずだが、なにを言っているのかまるで要領をえない。店員が「アイスを注文しろ」と客に迫ったのか? いったいどういう店だ。
〝アイスじゃなくて〟と言いつつ、ちゃんとコーヒーが来ているようだが。
「フランさん、代わりに飲む?」
「いや、私はこれがあるし、コーヒーはそれほど……」
届いた注文を手にしてやんわり断る。
「あ〜、せっかく〝GOAL〟でスイーツ食べれると思ったのに、ドリンクすら普通の変なコーヒーしか来ないし」
わけのわからないことをまた口にし、〝葵〟はぼやく。〝普通の変なコーヒー〟ってどういう意味だ。ちらとウエイトレスを見やると、あまりいい顔をしていない。ついでにいえば、どうもほかの客席からも、ほうぼうからちらりちらりと視線を感じる。このテーブルへやって来たときからずっとだ。自分の来店前にもなにか奇行があったのか。
少々、いづらさをおぼえだしたフランを気にとめず、〝葵〟は、そうだ、と声をあげた。
「最強モードのやつ!」
「サイキョーモード?」今度はなんの話だ。
「プリンなんとか最強モード。ここのおすすめってママが言ってた」
「プリンなんとか? えー……、もしかして〝プリン・ア・ラ・モード〟のこと?」
「そうそうっ、それ」
〝サイキョー〟とやらはどこから出てきたのか。
「すいませーん、〝プリン最強モード〟ください」
挙手し店員へ呼びかける彼女にフランはあわてる。「ちょっ……私が注文するからっ」
迷惑そうな顔ばせでやって来るウエイトレスと、ほとんどすべての客から集まる耳目。針のむしろだ。
フランはようやく、この子と会うという、実に無謀な試みにおよんでしまったのだと、理解した。
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