二十四
案じたとおり、早々に問題がおきた。
横浜駅西口の横浜ステーションビル、ここに入る商業施設〝GOAL〟。
その五階、フロア全体に居並ぶ飲食店のひとつ、エスカレーターから上がってほど近い一画に、喫茶店〝セオリィー〟はあった。
レンガ造りふうの壁面に、小ぶりの木枠の窓が五つ並ぶ。瀟洒でおちつきのあるたたずまいは、なるほど、いかにも女性ウケしそうな店がまえだ。人気店との話のとおり、小さめの窓越しからでも、繁盛している様子がうかがえる。
「いい感じじゃん」
「でしょー」
外観で気に入った葵に、陽子は得意そうだ。
「ココのオススメはダンゼン、プリン・ア・ラ・モード」
「え、プリンなにモード? なんか最強モードになれるやつ?」
「アンタはすぐワケのわかンないコトを。プリン・ア・ラ・モードよ、プリン――」
そんな、平和で脱力するやりとりの終了を、カランカランとの懐かしい鐘の音が、お知らせする。
重量感のある、厚手の木のドアを押しひらくと、格子状の装飾窓に分散して映っていたウエイトレスの姿がひとつとなり、博たち団体客を迎える。「いらっしゃいま――」「うわっ!」
悲鳴に似た頓狂な声が、店員をさえぎった。
従業員と客、全員の目がいっせいに入口へと向けられる。みごとなまでのシンクロぶりで、あらかじめ準備していたかのようでさえあった。
なにごとかと目を丸めしばたたく衆人と、チョットアンタっ、とわきで声をひそめてあわてる同年の母親も意に介さず、少女は、我先にと入店しかけた足を止める。「ヤニくさっ」
跳びのく彼女。カランカランと閉まる扉。店の内外で、固まり小さくざわめく、メンバーおよび面識なき人々。
穏やかにさざめくひとときをささやかに爆破した爆弾娘は、騒ぎたてる。「ここ、ヤニカス専用店じゃないっ」
「ハア?」陽子と博は、言葉の意味からしてわかりかね、
「はあ」博と仲間たちは、落とし穴の存在に嘆息する。
再びガラスのマトリックスに分割・縮小された像でもよくわかるぐらいに、ウエイトレスが不可解な目を向けている。
なにかおかしな店なのか、と問う兄に妹は、雑誌に載ってる有名店よ、と否定する。
「そうじゃない」やれやれ顔で博が首を振る。「タバコのニオイだ」
「ヤニカスの巣窟とか無理!」
荒ぶる娘に、母親は「すくつ?」とオウム返し。「ワケわかンないハナシばっかしないでヨ。タバコなんてあたりまえでしょ、喫茶店なんだから」
「3点か5点か知らないけど、あたし、この店はダメだからねっ。別のとこに変えてよ」
「ナニ言ってンの。今から相手のヒトに連絡なんてできっこないでしょ」
「LINEかメールで言えばいいじゃない」
激しめに昂じ抗する少女に、少女は「ライン?」と山彦。「メールって、アンタ、家まで帰るつもり? 小半サン、とっくに出てるに決まってるじゃない」
「それがなに? てか、あたしたち、家に帰るの? 計画中止ってことでおk?」
おkじゃない。
親子がぐだぐだにする話を整理し、引き戻す。
「え? 助教授の人、スマホ持たずに出てるの? ありえなくない? てか、なんでそれ知ってるの?」
「だからアンタたちがよく言う、そのすまほ?ってなんなの?」
「はあ? スマホはスマホでしょ。これ――」
「出すな」
ポケットに手を突っ込む姪に博はツッコむ。この母と娘の絶妙というか絶望的な噛みあわなさはどうにかならないのか。
天をあおぎたくなる彼に、ダメ押しで、当然の回答が伝えられる。
「やっぱりなかった」店から出てきた千尋が長い髪を左右にゆらす。「禁煙席なんかない、って。『分煙ってなんですか?』って言われた」
彼女の背後では、分割ウエイトレスがふたりに増えて、なにごとかささやいているようだ。これ以上、まごついているとこの店を使いにくくなる。ただでさえ、葵だけひとり離れて席をとるという不自然なことをやろうとしているのだから。
「べつにここじゃなくても、普通にヤニカス出禁店に行けばいいじゃん」
「そんなものはない」なんだヤニカス出禁店って。
「嘘だよ。だって、ちょっと前、ヤニカス禁止法とかで『ヤニカス死亡ざまぁのお知らせ』ってやってたじゃん」
雑かつツッコミどころしかない反論に、博は閉口。世事にうといくせになぜそんな情報はピンポイントで知っているのか。二〇二〇年での〝ちょっと前〟なら、この時代に存在するはずがなかろう。
「てか、神奈川ってヤニカス滅亡県だよね?」
だからなんなんだその妙な言いまわしと不釣りあいな知識は。ヤニカスヤニカスと、どれだけタバコを忌み嫌っているのか。
ぐずぐずしているとそれこそ小半助教授が来てしまう。結局、例によって、二〇二〇年に戻ったときにまわせるガチャの回数を増やすことで、不承不承、飲ませるにいたる。(そうとうゴネられたが)
「〝がちゃ〟ってガチャガチャのコト? アンタ、中三にもなってそんなモノに夢中になってンの?」
お子サマなんだから、とみくだす陽子を、いいから好きにさせてやれ、と博は遠慮を願う。
博自身もガチャはみくだしているがわだが、そのアイテムに五万だの五十万だのと法外な値がついたり、カプセルトイもそれはそれで商業的に発展を遂げていると言ったところで、通じないだろう。時間も惜しい。
じゃあ、いくぞ、と仕切りなおしで入店にのぞむ。
「いらっしゃいませ……?」
やや歯ぎれ悪く、奇怪な団体客は改めて迎えられた。
私は、ヤニカス滅びればいいのにね派です(小声)
おもしろかったら応援をぜひ。
ブックマークでにやにや、ポイントで小躍り、感想で狂喜乱舞、レビューで失神して喜びます!