二十三
「ゴ・ア・ルっ、ゴ・ア・ルっ」
スキップにあわせて、ショートが軽快に跳ねる。
七月十五日、日曜日。保土ケ谷駅からひと駅、横浜駅についたのが十四時二十五分。〝フラン〟との待ちあわせまで一時間の余裕がある。博を筆頭に、過去の自身およびその妹を加えた、総勢七名の〝対新型コロナウイルス特務部隊〟。駅構内を連れだって進むなか、先頭のさらに先をゆこうとする葵に、博はたびたび、人にぶつかる、転ぶぞ、と声がけ。スイーツを食べられることでうかれる彼女は聞こうとしない。幼児を連れている気分だ。
「まあ、しょうがないよ」ぼやくリーダーを千尋がなだめる。「ホテル住まいに続いて、モグさんの実家でも軟禁状態だったし」
誰彼かまわず、あの髪型がダサいだのあの服がヤバいだのと言いあっている、未来組のふたり。たしかにはしゃぐのも無理はない。初日の〝脱走事件〟のほとぼりも博的に冷め、街へ連れ出してもいいと思いかけたら雨が続いた。二〇二〇年ではやっと梅雨明けのころだったが、一九九〇年ではまだ天に水が残っていた。(数日中に明けることは手もとのデータでわかっている点は、あの映画の〝天気予定〟のようなものか)
二十一世紀のふたりは、見るもの聞くものすべてがものめずらしい。すぐにデジタル機器を出そうとするたび、博は「おい」だの「こら」だの口やかましく止めなくてはならない。
「ママと平成博に見られなきゃいいんでしょ」
「こいつら以上に、目撃されるとまずい目がそこらじゅうにある」
姪の言いぶんに伯父は、過去の兄妹へあごをしゃくり辺りを見渡す。
「たかがスマホでそんなやべーことにならなくね?」
ヤバいのはその感覚、順応性のなさだよ。風貌も脳内も二〇二〇年のままの青年に、博は、いいからそれをしまえ、とめんどくさげに命じる。
「あの四角いヤツ、そんなにキケンなモノなの?」
見た目も中身も一九九〇年の十代なかば、妹の陽子が不思議そうに尋ねる。まあいろいろとな、と要監視の二名から目を離さないようてきとうに受け流す。が、バンダナを巻きちんまり結んだおさげのヘアスタイル、九〇年ルックの二十代博は聞き流さない。「タイムマシンすら売っている時代の危険物だろ。金髪頭に持たせて大丈夫なのか?」
《《あんなの》》は、周囲の視線をちらちら集める自身の頭髪を棚にあげ「つーか昭和、異様に黒髪の奴多くね? 流行ってんの?」とあちこちきょろきょろ。葵とともにおちつきのなさはメンバー内で双璧をなす。三十年後の普遍的デバイスを危険物たらしめているのは所有者当人、なにをやらかすかしれない、歩く爆弾だ。
今日だって、連れてくる必要性は皆無、というか無用のリスク要員。ただでさえ、七人もぞろぞろと連れだっていれば無駄にめだつ。そういう点では、もうひとりの博もべつについてこなくてよかった。
不藁はまだボディーガードの役どころはあるが、これはこれでむやみにいかつく、人目をひく。駅内を行き交う人々がくれる視線は、不藁と拓海で二分していた。
女性陣はまあ、不可欠の葵や、ナビゲーター担当の千尋、そして同じ女子の陽子も、相手が女史ということもあって、いざというときのサポートにまわりやすい。
いっぽうで男連中は、おおむね、じゃまなだけの気がしてならない――なんだったら、司令塔の自身さえふくめて。
かといって、同年の若い男ふたりに家での待機を指示すれば、〝特務部隊〟の新メンバーとしてすっかりその気になっている平成版博はおおいに反発するだろうし、もう片方、創設メンバーとしての自覚ゼロ(というか博的には参加させたくなかった)の拓海は、目の届く範囲に置いておかないとなにをしでかすかしれたものではない。ほころびだらけの計画をまたも痛感する。
元来、博はひとり気ままな行動を好む。集団行動、それもとりまとめ役には不精だ。
なすべきことが自身だけでは完結せず、各員に気を配らねばならない。誰か不始末があれば――やらかすのはだいたい決まっている――対処にあたらねばならず、不始末が自身であれば、負い目を感じながらの対処をせまられる。ゆえに単独行動は実に気楽でいい。
こんなていたらくで強敵とわたりあえるのか。負け戦にのぞむ心境を、勝手にずんずん先を行く姪っ子が、改札でまごつきふくらませてくれる。
「ウーンと、オレンジカードじゃないし、コレ、テレホンカード?」
「トレーディングカードなわけないじゃん。普通にSuicaだって」
「スイカ?」
「あ、そっか。昭和ってSuica使えないんだっけ」
「ウーン、田舎のコトはよく知らないケド、都会じゃあネ、物々交換で電車には……」
「このちっちゃいカードなんだよね、はい」
「なんだ、ちゃんと切符持ってるじゃない」
妙な顔つきで受けとる駅員とのやりとりに、博は願う。あの最大の不安要因が、必須の不可欠要員だとかいう冗談は、ここ最近よくみるおかしな悪夢のひとつであってくれ。さっさと覚めてくれと。
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