二十二 天然娘《Fool》 Meets フラン《Flan》
『一度、葵さんと会ってみたいな。:-) 』
〝フラン〟のもうしでに一同は虚をつかれた。きりだすタイミングを図っていたらむこうから誘ってくるとは。
「やったじゃん、おじさん!」
「助教授、ちょれえな」
二十一世紀組の一部のメンバーは手放しでうかれたが、大人たちはすなおに喜べなかった。
たしかに目標としていたことではある。実際に接近しなければパスワードの入手は難しい――会えば簡単に手に入るわけではないが。しかしながらフランがわからの、それも、こちらの状況を多少なりとも見透かされているうえでの誘導。相手の知能と猜疑心は尋常でない。どんな罠が仕掛けられているか。
「渡りに舟と跳び乗っていいものか」
「現状の〝泥舟〟じゃ乗るしかないだろう」
誘いと敵の船に、と不藁は博へ即答。いろいろと手厳しい弁だ。しかし、背中を押してもらったのも確か。
会おう。フランこと小半助教授に。
危ぶみ足踏みは、ある意味、アザミに鐙を足乱され馬から落馬。たまたまあったお玉にあたった頭が頭痛に痛むがごとし。とどのつまりは、
「トドには届くところからとどめを刺す。戸惑い、とどまり、滞ってては頓死だ」
迷リーダーの意気《《誤》》みに、
「お、そうだな」完全スルーの不藁。
「ちゃんとおくすりのんでる?」全ひらがなの千尋。
「日本語でおk」言わずもがな。
「ミライのおにーチャン、ダイジョーブ……?」以下略。
「その歳でやっぱりモーロクしちまうのかオレは!」
「Nice boat」
スルーとあきれ混交。いいのだ。ちょっと言ってみたかっただけなのだから。
そういうわけで――どういうわけかはさておき――将を射んと欲すればまず海馬を射よ――なにかあべこべなのもさておき――フランからの果たし状を受けてたつことにしたのである。
ただ受け身でいては相手の思う壺。場所はこちらから指定しようと――例によって、あそこがいい、いや、ここしかない、との侃々諤々のくだりがあったが、省く――西区南波五丁目、西口の駅ビル『横浜GOAL』におちつく。
「デパ地下がいい!」
「でぱちか?」
目を輝かせる未来の娘に、過去の母親は首が五度ほどかたむく。
「デパートの地下街のことだ」
「ヘンな略しかた」未来の兄の注釈に、中学生の母親の首はもう五度ばかり傾斜。「地下街ねェ。なーんかオシャレってカンジじゃないのヨネ」
「あたし、スイーツ食べたい! 『Arith』の!」
「スイート!?」現代の兄が未来の姪にめいっぱい目をひらく。「スイートルームなんて何百万すると思ってンだ」
だいたい地下にそんなモノないだろう、との若い自分への補足は置いておくとして、博は、比較的、情報を知っていそうな者に尋ねる。「この時代にもその店はあるのか?」
「私を〝スイーツ(笑)〟といっしょにしないでほしいんだけど」
花より団子よりプログラミングの女は、やや不服そうに返す。やはり聞く相手をまちがえた。
「そォネエ、女性同士がお茶するンだったら、五階の『セオリィー』なんかいいンじゃない?」
陽子の提案に、葵が疑問をていする。
「『GOAL』って、鶴見や桜木町のじゃなくて横浜駅の? あそこもう、五階なくない?」
博は、《《まだ》》ある、とやれやれ気味に首を振る。なんで、二〇二〇年でつい最近できたばかりの施設が一九九〇年にあると思うのか。姪を単身で――もちろん別席でサポートはするが――小半助教授に会わせて大丈夫なのだろうか。いっそのこと、千尋を替え玉に仕立てあげてはどうかと提示してみるも、
「メールのキャラクターを私が演じられると思う?」
「右に同じく」
本人、および、聞く前にもうひとりの中学生にも却下された。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。あたし、二十五強のチートスキル、一個ゲットしてるし」
そういうところが心配なんだよ。なんだ二十五強て。五強とかじゃないのか。微妙だわ。てかどうでもいいわ。
果たして敵はこちらの土俵にあがってくれるのか。日程の調整にメールではまどろっこしいのでチャットでやりとりをしていたが、フランは『そこで良いよ。私、御洒落な御店って知らないから』あっさりと了承。拍子ぬけした。
これは案外、たやすくパスワードを入手できるのではとの空気が漂いだすのを、不藁がぴりりと戒める。「根拠のない楽観はよしたほうがいい」
千尋も同感とばかりにうなずく。「まだ、やっと小半助教授に会える段階にたどりついたばかり。ガードの堅い彼女からどうやって引き出すか、なんの策も講じられていない」
重くなりがちな場だが、よくも悪くもマイペースのコンビはお気楽ムードだ。
「まー、どうにかなんだろ。知らねーけど」
「うまくいくでしょ。わかんないけど」
この、ひとごとのような態度。なぜ、こうも当事者意識が皆無でいられるのか。博には、逆に不思議でならなかった。拓海はもうしょうがないとしても(しょうがあってもらわないと困るのだが)、助教授と直接、対峙する葵がこのありさまでは、任せるに任せられない。
「大丈夫!」いや、不安しかない。
「大丈夫」これが千尋が言うと一転、おお、と希望が差す。なにを言うかではなく、誰が言うかが、ときに重要であることを再認させてくれる。
「でもさっき、策はまだないって」
惑う若い博に、千尋は、PWの入手までの道のりはね、と軽く笑む。
「〝第五種接近遭遇〟が成功裏に完遂できるよう、ちょっとしたプランを考えてある」
第五種? 遭遇? 接近?
〝第一〟とか〝プランA〟ではなく、いきなり〝第五〟?
「まあ、《《誰かさん》》から火星人だの宇宙人呼ばわりされて思いついたネーミングよ」
宇宙人は、誰かさんに嫌味っぽく視線を送った。
千尋を凌駕する、リアル天才数学者。その〝第五種接近遭遇〟は刻々と迫る。
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