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二十一     一謎去ってまた一謎

「起きて、モグさん」

「ぅん……?」


 火星人に起こされた。


 真っ昼間。六畳間の客間。真夏前の部屋のまんなか。また、うたた寝していた。

 起こしに来て覗き込み、だらんと髪をたらしている宇宙人にいちおう聞いてみる。「その髪は自在に動かせるか?」

「はあ?」


 半身を起こし座り込むリーダーに、千尋は、寝ぼけてるの、と問う。ふたまわり年上の友人はそれには答えず、そうだ、と彼女を指さす。


「おまえに教えてもらったんだ、暗号の答え」

「え?」千尋が眉をひそめる。「どういうこと?」

「答えというか、解きかただ。〝ご〟のなんとか……〝名無しの権兵衛〟じゃなくて……ゴーン・アウェイ? チェーンメールがどうとか言ってだな、暗号文のひらがな部分を五の五の五乗ぐらいの周期で拾っていくと……」


 もどかしげに思いつくまま並べたてる彼の前にしゃがみ込むと「熱はないみたいね」額と額を突きあわせる。


「おいっ」のけぞる博は、反射的に室外へ目をやる。


 あけ放たれた障子から見える廊下、その向こう、使っていない向かい部屋。人目はなかった。

 いたずらっぽく目を細める彼女をひとにらみし、ズボンのポケットから端末を出す。夢で《《本人》》から見聞きした内容を書き出す。もしかすると暗号を突破する重大なヒントになるかもしれない。忘れてしまわないうちに、と懸命に思い出す。

 千尋の反応は、だが、さんざんだった。


「〝ゴーン・アウェイ〟でも〝権兵衛〟でもなくて〝コンウェイ〟ね」「で、それ〝コンウェイのチェーン表記〟じゃなくて〝クヌースの矢印表記〟だから」「〝5↑↑↑↑↑5〟どころか〝5↑↑5〟の時点で、ありえないオーダーの巨大数」「計算困難な値をもとに、計算不能の値から数字を拾いあげるとか無理」「その数字を暗号文とどう関連づけるの?」


 正座させる勢いでかたっぱしから論破する友人に、おまえが言ったんだぞ、とやり返す。が。


「夢の中で、馬鹿げたこと勝手に言わせないでよ」「だいたい、なんで私が火星人なの」「動いたりしないから、(これ)」「本家本元の火星人(ほう)だって5^5^5^5^5パーセント不可能な芸当を、なんで一般人の私が五秒でやってのけるのよ」「見るならもっと現実的な夢を――」


 五倍は言い返された。最後のは無理な注文だろう。


 なぜ、矢印だらけの数式が夢に出てきたのか。おそらく、昨日の小半助教授(フラン)のメールが原因だ。


『葵さんは数論に興味有るのかな? 最初にアップしたイラストに{αn}↑↓って書いてあったけれど』


 これを見たメンバーはまたしても固まり、ほとんどが脳裏に疑問符を――例の二名は特に大量に――浮かべた。

 数論? {αn}↑↓ ? 最初はなんのことかまったくわからなかった。千尋が多少、知識があるみたいだったが、前者の数論については、プログラミングで要する範囲、ごく一部かつ初歩レベル(とはいっても、素人からみればじゅうぶん高度なのだが)。後者の数式にいたっては彼女も皆目見当がつかないと。


『矢印が両方とも上向きなら〝コンウェイのチェーン表記〟――じゃなかった、〝クヌースの矢印表記〟に似てるけど、あれは後ろに整数が――』


 そうだ、千尋がそのようなことを話していたのと、以前、自身も巨大数についてネットで眺めたことがあったこと、それらが頭に残っていてあのようなおかしな夢を見たのだ。

 メールにたびたび数学の出題があったのも合点がいく。謎がひとつ氷解した。同時に、溶けた氷はすばやく凍結し別の課題を形成する。数式らしいその文字と記号が、《《イラストに書かれていた》》という問題だ。


 〝書いてあった〟とフランは言っているが、博の知るかぎり誰もそんなものは見ていない。イラストを描いた当の葵はもちろん――「この〝{αn(あん)}↑↓〟ってなに? なんかやらしい声を出してる表現?」――だとかわけのわからないことを言っているので当然、知るよしもないとして、ほかのメンバーに聞いてもまったく見たおぼえがないと言う。たしかに不用意なことをすれば助教授に警戒されかねず、やる意味がない。

 念のため、アップロード用の画像をすべてチェックしてみたが、最初に草の根BBSへ上げた最大サイズの絵から最新のラフ画像まで――といっても五指に満たない数なのだが――それらしき文字はみあたらなかった。

 上げたファイルをダウンロードして確認するのがいちばん確実な方法だが、一時間かけて(=電話をかけて)ダウンロードするのも馬鹿らしい。しかし、場合が場合なので、落とせるものなら落とすしかない。が、それも、もうできなかった。削除しているからだ。

 小半助教授(ターゲット)以外に見られないよう、彼女からの最初のメール(ファーストコンタクト)と同時に掲示板(BBS)上から消してある。


 またひとつ、不確定要素、不安要素が増えてしまった。

 それも、不藁に次ぐ仲間内の不審行動。秘密裏に、誰かがなにかをしようとしている。目的は定かではない。少なくとも博には言えないようなことを、だ。

 誰が? なにを? 千尋? 不藁? 平成(こちら)(じぶん)も可能性はなくはない。しかし、画像(ナゴヤ)の完成後、草の根BBSへ送信するまでのあいだに、そんな小細工をする時間はあっただろうか? この当時に自分はそんなソフトを所有(おと)していただろうか。思い出せない。平成博(じしん)ですらやりおおせるか怪しいのだから陽子はさらに難しい。まして残り二名などありえない。(いまだに「まだYouTubeが見られない」とか言っているし。論外)

 となると、自分以外の六人のうち、最も可能性が高いのは千尋? いや、やはり不藁か? わからない。完全に疑心暗鬼になっている。

 そのつもりはなかったが、〝犯人探し〟のようなことを言ってしまったのは失敗だったと博は悔やむ。彼が言及せずとも、皆、大なり小なり疑念を芽生えさせていただろう――画像に細工した本人を除いて(あと、あのふたり)。博が言わなければ別の誰かが言いおよんだだろうが、計画の陣頭指揮をになう者としては、最初に口にすべきではなかった。今は一枚岩でことにあたらなくてはならないというのに。メンバー間に亀裂を生じさせているときではない。


「出る前のうちあわせ、もう始まる」

「わかった、すぐ行く」


 まぶたを閉じ、目を揉む。左腕の時刻は十三時五分過ぎ。軽く頭を振って気持ちをきりかえ、廊下の千尋へ続く。

 フラン――小半助教授との遭遇まで、あと、二時間半。

おもしろかったら応援をぜひ。

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