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十九     フランの宿題

 できすぎなほどに計画は進んだ。


 当初の不安・疑問に反して、〝フラン〟とのメールは実に順調だった。

 葵の、愚にもつかない、もとい、天然少女ぶりをいかんなく発揮した文面に愛想をつかすこともなく、ゆるいやりとりが続いた。

 〝ナゴヤ〟に関しては、画像ゆえにそう簡単に制作(でき)るものではないうえ、絵師が絵師だけに原作絵(オリジナル)からかけ離れたオリジナル絵。完成度は二の次で下描きレベルで数をこなさせ、画風を近づけると同時に小半助教授への燃料投下を図った。

 前者、完成度はあいかわらず進展はないに等しく、陽子(ははおや)の「だから目っ。なんでどれもツリ目なの。あと色薄すぎ!」との指導(NG)の嵐。いっぽう、後者、燃料投下は奏功したのか、相手がわの反応はさほど悪くなかった。質より量で投下(アップ)されるイラストに、成長へ期待を寄せる好意的姿勢がみられた。効果のほどはともかく、確実に距離感は縮まっていく。なんだかんだいって、葵の単純(じゅんすい)さは人をひきつけるものがあるのだろう。物理的な接近に踏みきるころあいをみはからうなかで、ただ少し、ひっかかる部分があった。


『ここでちょっとしたクイズ。

 x^2 - 92y^2 = 1

 これの最小整数解はわかるかな? ;-)』


 ひっかかる箇所として最初に出てきたものがこれだった。

 葵はもとより、誰の頭にもクエスチョンマークが浮かんだ。(その数はIQと負の相関にあり、未来組の例のふたりは二十五個ぐらい浮かべていた)

 まず、ほぼ全員が書いてあることの内容がわかりかね、唯一、プログラマーが、


「計算してみた。これが解答になる」


 と、首をかしげながら示した。

 広告(チラシ)の裏に書きくだされた『 (x,y) = (1151,120) 』との数式を目にして、ああ、なるほど、と納得する者は誰ひとりいなかった。

 よくわかんねーけど正解送っとけばいんじゃね、と打とうとする弟ぶんを博は止める。「待て」

 メンバーのほぼ全員がまともに解けない出題に、葵が正解するのは不自然だ。ふたこと目にはチートだの最強だの転生だのと言わずにはいられないラノベ脳に、こんな問題を解きおおせるはずがない(多分に偏見のある評だが、彼女の場合、事実なのでしかたない)。

 結局この、二重の意味での〝問題〟には、葵のすなおな感想『日本語でおk』で対処した。


 が、その後も


『a^2 + b^2 = 3c^2 を満たす自然数はどう?』

『a,b を正整数とし、gcd (a,b) は』

『ミラー=ラビンの素数判定法で α^(p−1) ≡ 1 (mod p) が』

『ゴロム定規では集合 S = {x1,x2, ... xn} の全ての』


 などといった発言が散見。葵はおろか千尋をして「……日本語でおk」と言わしめた。

 葵がまともに答えられずスルーすることが続いて、そのうち、フランは話題にのぼらせなくなった。


「フランの人、英語のやつ書かなくなったね」

「あれじゃね? 歌詞に英語入れたがる的な中二病が治ったとか」


 最下層ペアは深く考えてはいなかったが――とりあえず、英語ではない――ほかの五人は、相手の意図を読みかね、困惑した。


「こいつのアレな文章力をみれば、百パーセント解けるわけがないことは明らかだ」

「百パーどころか百五十パーセント無理でしょ」

「いや、二百パーセント不可能だろう」

「ならオレは二百五十五パーセントだ」

「じゃア、アタシは千パーセント」


 値はともかく、葵に対して意味をなさない点で全会一致。となれば、出てくる答えはおのずと限られる。


「アホの子を演じているとみなされているか――」博の言葉を

「バックに誰かがついていると見破っているか」千尋が継ぎ、

「アホの子じゃないし!」アホの子、もとい葵が憤慨した。


 あたし、こないだの期末テストで《《合計》》百点とったし、とぷりぷり自慢するが――自虐ではなく自慢である――黙らせるための飴玉を千尋からもらって、ぱくっと口に放るとけろり。効果てきめん。単純だ。


「つまりは、最初の第一球からずっと、コッチを疑い続けてるってコトか」青年の兄のボールを、

「ウ〜ン、でもお兄チャン、助教授のヒト、だんだんココロをひらいてきてるカンジだヨ?」妹が受け、

「そこだ。態度を軟化させるいっぽうで、俺たちを試すようなまねをしている」壮年の兄が跳ねさせた。


「小半助教授のちぐはぐなメール内容もだが」不藁が太い腕を組む。「俺たちを疑うにいたった経緯が気になるな」

「送信前に全員でチェックしているとおり、葵の《《あの》》文面よ」千尋は腰まである髪をひと振り。「未来人(げんだいじん)の私たちからみてもアレなんだから、助教授にしてみれば――」

「ほとんどビョーキ?」


 母親のあいの手に、娘は「あたしコロナになってないよ?」《《NPC》》検査も《《妖精》》じゃなかったし、と病気っぷりの片鱗をかいまみせた。

 ほかの面々とともに脱力しつつ千尋は思う。最年長は脳内で妖精さんの声が聞こえるし、最年少は脳そのものが妖精さんだし、冷静に考えてヤバいメンバーのグループにいるのかも、私。


「不藁さん、心を強く持ってともにがんばろう」

「んん? あ、ああ……?」


 妙な連帯感を示し迫りくる彼女に、彼はやや、反応に困った。


「ともかく」妖精さん(フェアリー)リスナーのリーダーが空気をリセットする。「不確定要素が大きいまま先へ進めていいものか」

「といったって、不確実性(ソレ)は今に始まったハナシでもないだろ」


 まだ妖精さん(かみさま)の声が聞こえないほうの博が、もう聞こえないほうの博に指摘。後者の壮年もそこはわかっており、ああ、とすなおに認める。が、大人げない大人たちは、容赦のない追撃を加える。


「もともと《《無策》》に近い体あたりで進んできたんだし」

「今さら《《無策》》ぶりをかえりみてもなあ」

「おまえら、無策、無策、と強調するな」


 両腕の二名に――いや、今や隻腕か――チクチク刺されてリーダーは不平をもらすが「事実だからしょうがないでしょ」右腕だか左腕だかの正論に黙らされた。


 やはりというか案の定、例によって例のごとく、ぱっとした対案がでるわけでもなし。葵のイラストの公開頼みという、後悔しかない泥舟の航海は、うわべだけは順調にとりつくろわれ続くのであった。

おもしろかったら応援をぜひ。

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