宿場町の戦い2
「三人か」
もう少し視線を感じるが、まあいいだろう。
猫面が鞘から刀を抜こうとする。瞬間、左近は猫面に拳銃を向けて二発撃った。また悲鳴が上がる。
猫面は一発を避けて、もう一発は刀の鞘で弾いた。左近は口笛を吹く。猫面は駆ける。左近は弾切れの拳銃を猫面へ投げつけた。刀を抜きざまに拳銃を切り裂く。
「あー! 私の拳銃が!」
春香が絶叫した。左近は剣を構えると、重心を低くする。猫面は柄を両手で持ち、振り上げて斬りかかる。斬られても死なない左近は恐れることなく、間を詰めた。
ドスっと猫面の首に剣が深々と突き刺す。喉仏を砕き、剣が貫通した。
返り血が顔にかかる。剣が折れたので、左近は剣を捨てる。死んだ猫面から刀を奪い、構えた。
「おめでとう!」
「素晴らしい。ありがとう」
ひょっとこ面と天狗面が手を叩く。初めは驚いたが今の左近は冷静だった。
歌が聞こえた。
天狗面が歌を奏でているようだった。春香の奏でる歌には数段劣るが、左近はすぐに歌魔法だとわかった。
「左近、下がってろ」
春香は夏樹から受け取った剣を抜くと構える。
「いやいや、若いお嬢さん方の柔肌に傷を作ることはできんのでな……、そうはいかんよ」
春香は微笑むと、左近の前に出る。
「左近、歌魔法は私たちの領分だ。邪魔をするな」
「春香。お願いするわ」
「はい!」
夏樹が歌を奏で始める。
その歌は、耳触りがよく、しかしどこか勇ましい、そんな歌だ。できればゆっくりと聞きたいと思ったが、小娘が目の前で斬られるのは勘定が合わない。
左近は駆けた。ひょっとこ面と天狗面まで約十歩。ひょっとこ面は刀を鞘に入れたまま構えた。
刀を刀ではじき、そのまま斬り伏せてしまおう、と左近は考える。左近の腕力ならそれは可能だったし、剣術としては常道の手段だ。
刀と刀が触れた瞬間、左近の刀は豆腐でできているのかと錯覚するほど見事に砕け散った。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
理解できないが、返す刀でひょっとこ面の手首を狙う。刀が手首に触れると、また刀身が砕けた。
左近は息を飲む。ひょっとこ面の横を駆け抜けようとするが、顔面を素手で殴られた。鋼鉄で叩かれたのかと錯覚するほど硬い拳に、骨が軋み激痛が走る。殴り飛ばされた。春香の足元近くまでの約十歩分もだ。
地面に激突した。鼻骨が折れて鼻血が止まらない。殴られた場所が熱い。鈍く痛む。目が回り、視界が赤黒く暗転する。
「左近、大丈夫か!?」
春香はひょっとこ面から視線を離さず、左近に尋ねる。
「……どうなっている!? 春香、お前らはいったん逃げろ!」
左近は、豆腐のように砕けた刀が硬いことを確認した後、忌々し気に叫んだ。
「問題ない!」
ひょっとこ面は刀を抜くと、刀身のおかしな模様がうっすらと輝いていた。春香はふわっと浮くように駆ける。異常に速い。左近が数十歩かけて詰めた間合いを二歩で駆け抜ける。
「剣で、その刀を受けるな!」
左近が叫ぶ。ひょっとこ面は刀を振り上げて、体重を乗せて振り下ろす。ガキンと鋭い音が響く。春香は刀を剣で受け止めた。バチバチと火花が散る。
刀が振り下ろされた際の風圧で砂塵が舞い、春香の小さな体はわずかに地面に沈んだ。
なんであの剣で受け止められるんだ!?
単純な力比べでは、春香の方が不利のはずだ。しかし信じられない筋力で、春香はひょっとこ面との力比べで同等の力を誇った。
いや、春香の方が優っているかもしれない。両手で柄を握り体重をかけているひょっとこ面の刀を押し返している。
左近にとって、それは信じられない光景だった。
鈍い音がしてひょっとこ面の刀が折れた。いや、剣によって刀身が斬られたようだ。左近の刀を豆腐のように砕いた刀を斬ったのだ。それで均衡が破れた。
重心を崩したひょっとこ面は、春香に抱きつくようにして倒れ込む。春香は一歩後退し避け、ひょっとこ面は顔面から地面に突っ込んだ。
間髪入れず、春香はひょっとこ面の頭を踏み砕いた。駄目押しとばかりに背中へ剣を突き刺す。数度、ひょっとこ面は痙攣し死んだようだ。
「素晴らしい……」
どこか恍惚とした声で天狗面が呟いた。春香が腰に下げている指揮杖を抜き、天狗面を指す。
「これで終わりだ!」
天狗面は歌を奏でる。歌の調子が変わった。春香は目を剥き一気に後退する。同時に春香も歌を奏でた。
「大地よ。私は望む。万感の思いを持って立て」
天狗面を囲むように地面が盛り上がる。春香は耳を防ぎ地面に伏せた。夏樹も歌をやめて地面に伏せていた。
左近は不思議そうに二人を見る。なに、どうした? きょろきょろと二人の奇行に驚くばかりだ。
どのくらい経っただろうか、春香はガバッと起き上がると「うわあああああ! ハメラレタ!」と叫んだ。
心底悔しそうにゴロゴロと地面を転がる。
「どうやら……逃げましたね」と夏樹は不審げに呟く。わけがわからない左近は眉をひそめた。
「どういうことだ? あと一歩で仕留められてただろ?」
左近はゴロゴロ地面を転がる春香に尋ねた。春香は悔しそうに言った。
「あいつは火の歌魔法を奏で始めたんだ! だから、自爆する気だと思ったの。でも、まんまと逃げられたの。きいい!」
春香は起き上がると、地団駄を踏む。歌魔法には相当な自信がある春香にとって、歌魔法で騙されたのは相当癪に触ったようだ。
左近は鼻の骨をゴキリと治して、春香へ尋ねる。
「しかし、春香。どうやってひょっとこ面の刀を断ち切ったんだ?」
「それも歌魔法の力よ。単純に剣と私の筋力を強化したの」
得意げに春香は答える。