大清共和国
第2稿
「戦争の間際……。トクセン家と島津家と毛利家の争いはまだ続いているのかい?」
夏樹と春香は顔を見合わせて、キョトンとした。
「いや、維新だぁ維新だぁって騒いでいただろう、この前」
「戊辰戦争のことでしょうか?」
「多分それ」
戊辰の年に起きた戦争だから戊辰戦争だ。幕府軍と維新軍がこの国のこれからの主権を争い戦争を起こした戦役だ。勝者は維新軍。
「その戦いは二十年以上前に終わりましたよ。勝ったのは島津家と毛利家を首班とした維新軍ですが……」
夏樹は困ったような笑みを浮かべて答えた。
「俺にしちゃ誤差の範囲だなぁ。それにしてもトクセン家は負けたのか。ザマーだな。ふはははは」
左近は満足げに顎を撫でた。
「今は大清共和国との戦いが目前なのよ、バカ左近」と春香が小馬鹿にしたように言った。
「大清共和国? 大陸の国だよな。知っているぞ!」
共和国って何? と言いそうになったが、また春香に小馬鹿にされるのが癪で、左近はあえて聞かずに話を流す。頃合いを見て夏樹に聞けばいい。
「……共和国がなんだかわかってないだろ、バカ左近」
「なんだぁ春香、お前はあれか。いちいち俺にケンカを売って……俺に惚れたか?」
左近は春香をニヤニヤと見下ろして訊ねる。心底頭に来たようで、春香は怒鳴った。
「あぁあん!? 誰がお前なんぞに惚れるか!」
ゴッと頭にゲンコツをくらい春香は静かになった。成長をしない奴だと左近は思う。
しかし、夏樹も夏樹で容赦なく殴るなぁと左近は少し怖くなった。
「まぁ、なんだ。だいたい話の筋が見えてきたぞ。俺が死ぬことで、都合よく戦争で勝つと、そう考えるようになったわけか、皇夜教会は」
「ご明察です」
夏樹は満足気に頷いて見せた。ここでまた疑問ができる。俺が死ねば戦争に勝つのか? という疑問が左近の脳裏をかすめた。
少しおどけた調子で夏樹へ尋ねる。
「で、実際に俺が死ねば戦争に勝つものなのか?」
「ははは。そうだといいのですけれど」
夏樹は笑って否定する。
皇夜教会とはただ単にいかれた集団であり、命を狙われたのはたまたまなのであろう。
しかし、また一点疑問は残る。なぜ左近が不死かということを知っているのかということだ。まぁ、それは些細な疑問だろう。
話を進めるために、左近は疑問を無視することにした。そう、些細なことだ。
「じゃあ、たまたま死なないってだけで狙われた、と?」
「さようです」
夏樹はニコリと笑った。美人の笑顔だが、背筋が寒くなる。そんな笑顔だ。これなら小憎たらしい春香の笑顔の方がまだ可愛げがある。
何十万人を殺す差配をいともたやすく行う人間特有の、感情と仕事を完全に切り離した笑顔。左近はあまり好きではない。
左近が瞬きをするくらいと錯覚する程度しか生きていない小娘のする笑みではない。どのような修羅場を抜けてきたのだろうか、この夏樹という女は……。
「いかがなさいました?」
「ん? ああ、その戦争は避けられんのか? 明国と戦ったことがあるが、大陸に攻め上るのは辛いぞ」
左近は懐かしそうに言った。
「はは。外交努力はしていますが、まぁ無理でしょう」
夏樹は即座に否定する。
「だいたい、なんで戦争なんざ起きるんだよ。清国は大国だろ? 勝てない戦争はすべきじゃねぇだろ」
左近は言った。彼我の国力と相手の国力をはかれば、頭がパーでなければ、戦争をするという答えははじき出されない。それでは収支があわないのだ。
大清共和国が列強諸国の植民地化政策で、虫食い状態という事実を知らないにしても、左近の言は正しい。
「鉱物資源があります。歌石というものです」
夏樹は言った。戦争の原因の話だろう。左近は小首を傾げる。また聞いたことのない用語が出てきた。世界の流れは加速しているようだ。
ここ数百年停滞していた反動だろうか。ガラにもなく少しワクワクしていることに左近は気がついた。
世界は混沌に満ちているほど面白い!