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和国戦記譚~死ねない男と夢見がちな歌姫~  作者: 和国史編纂委員会
皇午農民戦争編
19/21

大嶽

「よかろう」


 左近は笑い、鋭剣を鞘に収める。春香の頬を涙が濡らす。

 少しやりすぎたかな? と思った左近は、観戦席の夏樹と大嶽へ視線を向けた。


「夏樹。春香の治療をしてくれ。打身で骨は折れていないと思うが、念のために医者にみせてくれ」

「は、はい」


 呆然としていた夏樹は、左近の足元で悔し泣きをしている春香のもとにやってきた。何事か話し合っていたが、二人は練兵場を後にした。積もる話もあるだろうと思い、左近は大嶽の方へと歩いていく。


「大佐殿。どうだい?」


 大嶽は左近に声をかけられ、ようやく我に返った。火をつけた紙巻きタバコが根元まで灰になっている。紙巻きタバコを地面に捨てると、大嶽は口を開く。


「三回くらい死んだと思ったが……ちゃんと足がある。幽霊ではなさそうだ。生き残ったのか? はは、凄いな」


 鋭い目を細め呟いた。左近は気の抜けた笑顔を浮かべ答える。


「他人より頑丈なんだ。常人なら四回くらい死んでいるかな」

「頑丈で片付けていいのかいささか疑問だな。だが、面白いものが見られた」

「それで、どうだい? 俺の戦力は満足してくれたかな、大佐殿」


 新しい紙巻きタバコを口にくわえ、リン棒で火をつけた。そして何かを考えるようにして大嶽は紫煙をくゆらす。


「歌姫は、一五〇〇人の歩兵部隊相手にも勝っている。その歌姫に勝つというのは、君の単純な戦力は千人以上ということだな。ますます凄い」

「春香の戦い方は敵が多ければ多いほど効率が上がってくるからな。ただ、俺は同じ人数を相手にできない。少なくともこの何もない練兵場ではな」

「一五〇〇人の歩兵を集めても、勝つ自信はあるみたいな口ぶりだな、君」


 紙巻きタバコを左近へ勧めつつ、大嶽は嗤う。


「運と地理が味方をすればな」


 左近は紙巻きタバコを丁寧に辞して答えた。

 勝つ自信は正直ないが、負ける気もない。左近はただの負けず嫌いなのだ。

 大嶽は楽しそうに笑った。


「わざわざ反徒の内部崩壊を狙わず、君と歌姫で江戸の戦線を好転させてくれないか? そうすれば話が早い」

「無駄な殺生は嫌いなんだ。正面からぶつかれば、無益な殺生をすることになるだろ? それでは収支があわない」

「収支ね。収支があわないか……確かにその通りだ」


 吸い終わった紙巻きタバコを地面に捨て、火を踏み消しながら大嶽は、「思い通りにはならんか」とつまらなそうに答えた。


 ただ、すぐに顔を上げると左近へ言った。


「陸軍。少なくとも僕の配下は、君たちに全面協力をしよう。何かあるときは言ってくれ」

「ありがとう……大嶽大佐殿」


 左近は頭を下げた。


「礼はよしてくれ。僕は政治が好きなんだ。組織内政治というやつだ。君たちについておけば、反乱鎮圧後に陛下の覚えもめでたかろうという判断だ。それと君、敬礼の仕方くらい覚えておけよ」

「慣れなくて、どうも。この敬礼ってやつは」


 左近はぎこちなく敬礼をする。大嶽は鼻で笑った。


「覚えていて損のないものは覚えておけ。では、僕は帰るとするよ。面白いものが見れたからな、早く妻に自慢をしたいんだ。ん? 君、君の名前を聞いていなかったな」

「左近だ。名字はない」

「間の抜けた名前だな。僕は大嶽悠一だ。覚えておけば、まぁ、損はないだろう。僕も覚えておく。損はさせないでくれよ?」


 大嶽は見事な答礼をすると、さっさと練兵場を後にした。

 なんとも変な男に目をつけられたものだ。左近は頭を掻いた。


「俺も帰るか」


 左近も練兵場を後にする。


 ☆☆☆☆


 屋敷に帰ると、着物姿の春香が待っていた。泣きはらしたようで目元が赤くなっていた。


「お帰り。遅かったね」

「うん? 道に迷ってな。京の街中をほうぼう歩き回るはめになったよ。京は似たような建物ばかりでどうにもいかんな」

「そう……」


 いつもの春香なら、こんな話を聞けば涙を浮かべて笑い転げるくせに、今日はやけに静かだ。


「なんだ、元気がないな? ケガが酷かったのか?」

「アザができただけ」

「そうか……。アザくらいならあとに残ることもないだろう。良かった良かった」

「……左近が投げ飛ばしたくせに、良かった良かったは無いと思う」


 左近は笑った。


「そうだな。すまなかった。少しムキになったんだ」


 少し笑った春香は何事かを口にすべく、口を閉じたり開いたりしている。どうしたのだろう、左近は春香の言葉を待つ。


「ねぇ、左近……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公一行は魅力的ですし、敵も単なるやられ役ではなく興味を惹かれます。 [一言] 現実の歴史でのモデルが色々と思い浮かび、想像したり深読みするとこの先が楽しみです。
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