春香対左近
左近の装備は、一振りの木刀と腰に下げた鋭剣だけだ。
一方、春香の装備は指揮杖と歌石製の指輪、剣、そして六連発の回転式拳銃である。
「左近だからって、容赦しないからね!」
春香は叫んだ。左近は「うむ」と頷く。木刀を片手に握り、散歩をするが如く軽い足取りで春香との間合いを詰めていく。
隠れる場所のない、広い練兵場。
歌魔法を使いたい春香は常に左近と一定の距離を保つだろう。左近ができることといえば、速攻で間合いを詰めて歌魔法を使えないようにする一手のみ。あまり分のいい勝負ではない。
ただ、肉体強化の支援魔法は、一対一では使えないので、腕力がおよぶ範囲にまで間を詰めることができれば、左近の勝ちは揺るがないだろう。
なんとも、アホみたいな作戦だ。左近は苦笑いする。
作戦なんてものではないな。死なない体を最大限に活かして突撃をするだけだもの。
死なないという有利は最大限に活かさなければ損であるし、正直、この練兵場ではほかの手が無いのも事実だ。
指揮杖を構えて、春香は歌を奏でる。力強い歌声だ。左近は木刀を、春香めがけて投げた。同時に全力で駆け出す。
「私が望むものは大地の猛り」
地面が盛り上がり、飛翔している木刀をはじいた。左近は舌打ちをする。
「生まれろ、息吹!」
駆ける左近は、はじかれた木刀から芽が出るのを目撃した。芽は瞬時に成長し巨大な大樹になり、左近と春香の間に根を下ろす。
なんでもありだな……。
大樹は春香の歌声に呼応し、巨大な枝が鞭のように左近を襲う。左近は体を守ることもできたが、前進を優先した。
その瞬間、骨の軋む音が耳に届く。しなった巨大な枝によりはじき飛ばされたのだ。
まるで蹴り上げた球のように勢いよく、はじき返された左近は地面に激突した。
「響き奏でよ天の雷鳴!」
左近がわけもなく起き上がった瞬間、強烈な光で目が潰れた、轟音で音が聞こえなくなった。次いで激しい痛みが全身を襲った。地面に片膝をついて初めて、自身に雷が落ちたことに気が付いた。
こんなこともできるのか……。
「左近。さっさと負けを認めちゃいなさいよ。歌魔法に生身の人間は勝てないのよ!」
春香は指揮杖を振りながら、見下すように言った。左近は立ち上がる。首の骨を鳴らして春香を見た。
「なんだ、この程度か?」
「あなた……痛くないの?」
「覚悟を決めれば我慢できる、たいしたことない痛みだな」
軍衣の埃を払いつつ、左近は折れた骨の回復と肉体の再生を済ます。
春香は指揮杖を構えた。その表情には、余裕の笑みが消えている。
それを見た左近は、考えろ考えろ、恐怖しろよ……春香、と静かに笑う。
もしかしたら歌魔法が効かないのかもしれない、と少しでも疑念や恐怖がよぎれば、それは一対一の場では致命的な失敗につながる。
必勝の道筋が誰にでもあるが、それが狂い始めると、どんなに余裕があっても人間は必ず失敗をする。
左近はそれを知っていた。
「来ないなら、行くぞ!」
左近はまた駆け出す。春香は指揮杖を振り、歌を奏でた。巨大な大樹が火を吹き上げて燃え始めた。
左近は声を上げそうになったが、笑みを崩さず春香との間を詰めていく。
「も、燃えろ! 私の歌よ」
大樹から火弾が飛んでくる。左近は自身に降りかかる火弾以外は無視して、春香に突っ込んで行く。降りかかる火弾は素手ではじいた。手が焦げて嫌な臭いがするが、左近は気にしない。
春香は険しい顔をして、数歩後づさった。十分に間合いが開いているのだが、無意識に、さらに左近との間合いを欲したのだ。
「沈め沈め。大地の怒りよ!」
歌が変わった! 今度はなんだ!?
左近は周囲の情報を一瞬で集める。そして自身の両足に地面から生えた剣が刺さっていることに気がつく。
拘束をしてきたな!
「それで逃げられないわね!」
嬉々として春香は指揮杖を振り、歌を奏でた。燃え上がった大樹からいくつもの火弾が飛来してきた。まるで目が付いているかのように、左近めがけて降って来る。
火弾の着弾とともに轟音がした。大地が揺れる。春香はダメ押しとばかりに歌を奏で、燃え盛る火炎の火力をあげた。すべてを焼き尽くす火炎は、巨大な生物のように荒れ狂った。
ある程度離れている春香の白い肌を薄く焼く。春香は歌を奏で、火炎を操作し火炎の壁を作った。
「ゴホッ……不死身でもこれなら!」
勝ちを確信した春香に隙が生まれる。
燃え盛る火炎の中から鋭剣が飛んできた。咄嗟に指揮杖で鋭剣をはじくが……。
「あッ!」
春香は思わず声を上げてしまった。歌石が鋭剣の直撃により砕け散ったのだ。蒼い歌石が地面に散らばった。
火炎の中から左近の高笑いが聞こえた。
「はーはっはっは! やったどー!」
指揮杖を捨て指輪を構え、火炎の壁を厚くしようと、歌を奏でようとする春香。
それより速く、火炎の中から左近が飛び出してきた。絶対に突破されないと内心では高を括っていた春香は、突破してきた左近に驚き、小さく「ひっ!」と悲鳴を上げる。
一瞬だが、左近の不死性に恐怖したのだ。
その瞬間を、左近は見逃さない。
春香が我に返るより速く、腕を掴み投げ飛ばす。受け身を取れなかった春香は「ぎゃん」と鈍い呻き声を漏らした。
「可愛らしい悲鳴を上げてどうした、春香」
左近は背中を強打して、呼吸困難を起こしている春香へ尋ねた。春香は涙で潤んだ瞳で左近を睨んだ。
「まだ、やるかい?」
左近は鋭剣を拾い、春香に突きつける。春香は腰の回転拳銃を抜こうとしたが、左近に腕を踏みつけられた。刃先の無機質な冷たさが春香の肌に触れる。
左近の問いに、春香は悔しそうに唇を噛んで首を左右に振った。
「負けました……」