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和国戦記譚~死ねない男と夢見がちな歌姫~  作者: 和国史編纂委員会
皇午農民戦争編
15/21

決起

「あー! おい! お前!! 何もやしているんだ!!」


 酷く慌てた調子の声が背後でする。天狗面は振り返った。辰治はぼんやりと燃え盛る廃屋を眺め続けている。


 警察官風の男が立っていた。やたらと鼻が大きいのが特徴的な男だ。慌てているようだが、その顔は笑顔で何かちぐはぐない印象を天狗面は受けた。


「……遺体を火葬している」

「あそこで、干していた奴か?」


 天狗面は頷いた。


「勘弁してくれよ〜。あれは僕の物だぞ!」

「……お前のものなのか? それはすまないことをした」

「そう! 僕の!! 見てくれよ、この首飾り。あの女の腹を裂いて取り出した子供で作ったんだ! あげないぞ!」 


 男は自慢げに干からびた胎児の首飾りを見せた。ああ、だから腹を裂いたのか、と天狗面は独りごちた。


「あの男と女の肉で椅子を作って、おじさんへあげようと思ったのに!」

「ふん。素晴らしい趣味だな」

「え? ありがとう! やっぱり分かる人にはわかるんだね。ん? ん〜」


 男は鼻をひくつかせ、なにかを懸命に嗅ぎ取ろうとし始めた。天狗面は静かに男を見ている。犬のように匂いを嗅ぎながら天狗面の周りを二周回った。


「君、いい匂いがする。いい匂いがすると死んだときにいい肉になるんだ」

「ふむ」

「うんうん。干していた奴らよりいい匂いだ! ねぇ、君。僕のーー」


 天狗面は力いっぱいに男の顔面を殴り飛ばした。そして刀を抜くと男の片足を撥ねた。尿と血液が混じった血溜まりの中を男はもんどりをうつ。


「辰治! 辰雄とトモの仇だ!」


 辰治が虚な目を向けた。


「止めをさせ! やれ! やるんだ! 辰雄とトモが見ているぞ! 止めをさせと黄泉の国から切望しているぞ!」


 天狗面は刀を地面に刺し怒鳴った。辰治の目に生気が戻る。ゆっくりと立ち上がり、残った腕で刀を抜く。


「痛い! 痛い! なにをするんだ! 叔父さんに言いつけるぞ! 馬鹿! 馬鹿!!」


 男は泣き喚きながら、地面に落ちている石を投げた。辰治の額に石が当たりパックリと割れる。しかし、辰治は気にすることなく男に近づき、胸をひと突きした。


「見事だ……」


 天狗面は言った。


「うるせぇ」


 辰治は答え、血溜まりに腰を下ろす。


 刀を納め、天狗面は男の遺体を蹴飛ばした。そして、首飾りを拾い上げ、火傷を負うのも厭わず、丁寧に傷つけないよう、燃え盛る廃屋の炎の中へ納める。


「ありがとう、導士様」

「気にするな。離れ離れになったら子供がかわいそうだからな」


 辰治は絶命した男の顔を見た。興味なさそうに「知事の甥っ子だ」と呟いた。天狗面も興味なさそうに頷く。


「なぁ、導士様……」

「なんだ?」

「俺は兄貴みたくなれるかな?」

「辰治は辰治だ。辰雄のようにはなれない。辰治は辰治の道を歩め。痛みを伴うだろうが、歩き続ければお前の後をついていくものが出てくるだろう」


 辰治は立ち上がる。


「俺はこれから江戸に対して戦争を仕掛ける。だから手伝って欲しい」

「……手伝い?」

「戦争に参加する仲間は俺が集める。だから導士様たちは知恵を貸してくれ」


 天狗面は刀を抜き、辰治に(きっさき)を向ける。


「それは和国のためか? 帝のためか? 野口を殺したいだけではないのか?」


 辰治は喉を鳴らす。嘘偽りをすれば容赦なく刺されてしまうだろう。変なことを言っても刺される。天狗面は静かに辰治の答えを待つ。


「の……野口はいずれ中央政府に潜り込むだろう。俺たちから吸い上げた財を使ってな。そうすればいずれ、和国全土が江戸のようになっちまう。確かに野口は憎いが、復讐のためだけに俺は決起するんじゃあない!」


 辰治は刀の握る。刺すなら刺せと言わんばかりの表情をする。天狗面は小さく笑った。


「ふふふ。まぁまぁの口上だなぁ」

「うるせぇ」


 辰治は刀を離す。天狗面は刀を鞘に納めた。


「今から皇夜教会は護国のため、辰治、貴様に協力する!」

「ありがとう。恩にきる」

「気にするな」




 辰雄とトモの死は、村中にすぐに知れ渡った。薄々感づいていたのだが、みんな現実を見ないようにしていたらしい。一度、堤を壊してしまえば噂話の濁流を止められるものは誰もいなかった。


 また同時に辰治決起と報も村中に伝わると、動ける者は辰治の下に集まりはじめた。油は注がれていたが、火をつけるものがいなかった。

 辰治のつけた火は炎となり、近隣の村々まで飛び火する。消すことはもうできない。


 村長の家にて、天狗面と鬼面が村長と向き合い板の間に座っていた。


「遺髪しか持ち帰ることができなかった」


 天狗面は懐紙に閉じた遺髪を取り出し、静かに板の間の上に置く。村長はここ数時間のうちに十歳は年をとったように見えた。震える手で懐紙の上の遺髪を撫で、かすれた声を漏らす。


「辰雄はよくできた息子でした」


 声に張りがなかった。天狗面は「そうだな」と答える。


「これから、どうすればよいのでしょうか……」

「辰治がいるだろ。無鉄砲で馬鹿だが、あれは人の上に立つ器を持っている」

「そう……ですか……」


 ついに崩れ落ち、村長は嗚咽を漏らし始めた。天狗面は下を向く。


「導士様、辰治をどうぞよしなに……」

「ああ」


 鬼面が答えた。


 板の間の廊下が軋む音がした。天狗面は顔を上げ、音の方へ視線を向ける。


「親父! すまない。行ってくる。導士様……準備ができた」


 天狗面は頷き、脇に置いていた刀を革帯に挿す。外套に袖を通す。


「悪漢野口に天誅を」







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