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和国戦記譚~死ねない男と夢見がちな歌姫~  作者: 和国史編纂委員会
皇午農民戦争編
11/21

喫茶店とお菓子

お久しぶりでございます。

死地より帰って参りました。

 左近は春香の案内のもと京の街をブラブラしていた。夏樹と春香からは馬車での移動を勧められたが、尻が痛くなるという理由で左近が拒否した。


「左近、あれが歌石を使った街灯だ。和国ではまだ少ないが、列強国では夜でも昼のように明るいらしい」

「ほぉ〜。あれも歌石なのか。これだけでも十分明るいと思うが、列強はさらに明るいと。ところで、これはどうやって灯りをともすんだ?」

「時間になると見習いの聖歌隊が歌を奏でて灯りをともしていくんだ」

「春香もやったのか?」

「数回だけな」

「なんだ数回しかやったことがないのか。毎日付けるのだろう?」

「私が歌を奏でると、街中の人々が集まってきてな……。灯りをともすだけでもお祭りのようになってしまって、姉さんから怒られるんだ」


 春香は情けない顔をして頭を撫でた。ゲンコツを夏樹からくらったのだろう、と左近は考えた。歌石で灯がつく街灯を見上げた。


「ところで春香よ。連れて行きたい場所とはこの街灯なのか?」

「違う。だが良いところだ」

「呉服屋か? 春香の着物選びに付き合うの、俺は嫌だぞ」

「魅力的な提案だな。だが違うぞ。左近も嬉しいと喜ぶはずだ。もうすぐ着くぞ」


 自信満々の春香は髪飾りを揺らし歩いて行く。左近は顎を撫でる。

 はてさて、どこに連れて行くつもりだ? どうせ大したところじゃないのだろうけど、ここまで期待を持たされると気になってしまう。


「左近! あそこだ!」


 春香は言うと駆け出して行った。とはいえ、着物姿なのでそこまでの速度は出ない。軍衣をまとっている左近が少し大股であるけば併走することができる。


「なぁあそこって」

喫茶店(カフェー)だ!」

「かふえ……? なんの店だい?」

「入ってからのお楽しみだ」


 春香はさっさと店内へ入って行った。


 左近は喫茶店の外見をまじまじと見る。石造りの重厚感がある建物で、木造建築が基本の和国では珍しい。つまり列強国の建物を模しているのだろう。

 チラリと喫茶店の壁を見ると、『可否茶館(かひさかん)』と書かれている。お茶を立てる店だろうか?

 また、甘味処とも書かれておる。ゴクリと喉がなる。逸る気持ちを抑えて、扉へ手をかけた。


 扉を開け可否茶館の中へ入ると、椅子に腰掛けていた春香がニコリと笑い手招きをする。そこまで広くない店内には小さな机と椅子が何席か置いてあった。

 席はすべて埋まっているようで、可否茶館がはやっているのがわかる。

 店の隅には見たこともない黒い物体が鎮座している。

 あれをどかせば、もう一組くらい席を置けるのでは? と思った。


 春香が座る席の対面に腰掛ける。


「ここは甘味処か?」

「うん。左近って甘いものすきでしょ? 犬塚さんから甘い物が好きって聞いたのだけど」

「嫌いじゃない」

「良かった」


 白い歯を見せる春香は、安心したようだった。そして着物に前掛け(エプロン)をした女給を呼び止めると、何やら注文をする。


「この店は、列強の菓子を取り扱っているんだ」

「列強の菓子」


 素っ気なく呟いたが、左近は内心楽しみで仕方がないのである。そのため、無駄に周囲をキョロキョロと見回し、早く菓子が来ないかなと落ち着きがない。

 その様子を見た春香は「ふふ」と優しく微笑んだ。

 程なくして黒い液体が注がれた、陶器の茶碗を女給が持って来る。菓子はまだのようだ。


「この黒いのはなんだ?」

「珈琲だ。牛乳(ミルク)と砂糖を入れて飲む。姉さんはそのまま飲むが、私は甘くして飲んだ方が美味だと思う」

「変わった響きの茶だな。うん。香りは悪くない」

「ここの珈琲は味もいいぞ」


 春香は珈琲に砂糖と牛乳を注ぎ、銀の(スプーン)で軽く混ぜると一口飲んだ。頬を少し赤らめてため息をつく。

 それを見た左近は喉を鳴らす。牛乳を飲むには抵抗がある左近は、砂糖だけを春香と同じように珈琲へ投じ、一口飲んだ。


「うむ。これは美味だ!」

「良かった。あ、全部飲むなよ。菓子と一緒に楽しむんだ。列強の菓子はすごく甘いからな。それまで新聞でも読んでいるんだな」


 机の近くにあった新聞棚から春香は新聞紙を一部、本棚から本を一冊取ってくる。新聞を左近に渡し、『PHYCHOLOGY』と書かれた列強の本に静かに視線を落とした。


 左近は店内を改めて見回すと、煙草を吸っている紳士や本を読んでいる淑女、戦争について論んじる学生の姿があった。

 なんとも不思議な空間である。これが喫茶店なのか。


「それはまことか!」


 野太い男の声が聞こえ、左近がそちらへ頭を向ける。平謝りする女給と顔を青くした大柄の男がいた。男の年齢は五十から六十の間だろう。列強国の紳士のように豪奢な髭を蓄えている。


「あちらのお客様に出すのが最後でして」


 女給は左近と春香を指差して、男へ謝る。男と目があった左近は、ペコリと頭を下げた。男は女給との話を切り上げ、左近のもとへやって来る。


「すまない。君、ワシに生菓子を譲ってはくれないだろうか?」




ねぇねぇ、ちょっと感想書いてかない?

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