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和国戦記譚~死ねない男と夢見がちな歌姫~  作者: 和国史編纂委員会
皇午農民戦争編
10/21

神祇省付大尉・左近

 明示期の和国は、国民皆兵制度を採用していた。


 満二十歳の男子は、徴兵検査を受ける義務がある。徴兵検査で甲種合格なら軍へ入営しなければならない。女性も兵役検査に合格すれば、軍へ入営することが可能だ。


 ただし、女性が前線で戦うということは滅多にない。志願兵以外は、衛生兵や軍を運営するための事務といった後方支援に従事することになる。


 例外はあった。聖歌隊だ。

 聖歌隊は男女区別なく、歌魔法の素養のある人材は積極的に入隊させる。これは和国に限った話ではなく、列強と呼ばれる国々でも行われている世界標準なことだった。


 聖歌隊は特殊な兵科である。陸軍にも海軍にも必要だ。列強各国では、聖歌隊をどちらの軍の所属にするかで問題となることが多々ある。もちろん和国でも内乱寸前まで話がこじれた。


 白兵主義の陸軍では、肉体強化ができる聖歌隊は喉から手が出るほど欲しい。艦隊決戦主義の海軍も強力な火力を出せる聖歌隊は魅力的だ。列強のような大国では、陸海軍双方に聖歌隊を設置している。


 弱小の島国である和国は事情が異なった。陸海軍双方に聖歌隊を置くほど人材に余裕がないのである。どちらかの軍に聖歌隊を置かねばならないが、建軍以来仲の悪い陸海軍は、双方足を引っ張りあった。


 同じ財布から予算が出る以上、この仲の悪さはしかたがない。予算配分を如何様にするか、軍首脳部はそればかりである。


 閑話休題。


 そこで和国は、聖歌隊を歌石、歌魔法、歌い手の管理を行う神祇省直轄の独立部隊とした。つまり、陸軍と海軍以外の軍組織を、神祇省に作ってしまったのだ。


 陸軍と海軍の依頼を受け、神祇省が歌い手を派遣する仕組み(システム)である。派遣中の歌い手は派遣先の陸海軍に従うが、帝の大権が発動された場合、独自行動が認められた。

 指揮系統としては複雑であるが、和国の軍は突き詰めれば帝の私兵だ。指揮権は帝の手中にある。帝の決定には何人も逆らえない。


 この煩雑な仕組みを考えたのが、春香と夏樹の母だ。極東の魔女の二つ名を持つ彼女は絶妙な政治的調整能力(バランス)と歌魔法の力を持って無理矢理、神祇省という仕組みを押し等した。


 当然、当初は陸海軍とも不平不満を持った。しかし聖歌隊も帝の軍隊という名目上、声を大にして神祇省を批判することもできない。帝の大権を侵犯することは和国では禁忌(タブー)だからだ。


 思いもよらぬ利点もあった。

 歌い手は育成が難しいのだ。軍隊式の教育方法では優秀な歌い手は育たなかった。素養の有無の判別も陸海軍では困難を極め、陸海軍は極東の魔女に膝を屈し、神祇省直属の聖歌隊を認めた。


 和国には三つの軍集団ができた瞬間である。


 ★


 左近が鏡をのぞくと、すっかり洋装の自分の姿がうつる。自分の年齢は忘れてしまったものの、二十代男性で通じるだろう。歌舞伎役者のような美丈夫(びじょうふ)だ。悪くない。

 革帯(ベルト)に下げた鋭剣を触る。愛刀とは異なるが、まぁ問題ないだろう。

 コンコンと扉が叩かれた。左近は鏡から視線を扉へ移す。


「終わりましたか、左近殿」

「ああ」


 夏樹と春香が入室する。


「よくお似合いですね」

「ふん。似合っているぞ」


 夏樹と春香は、それぞれの言葉で左近をほめた。階級で抜かれた春香は少し棘がある言い方だった。


「なんだ、春香。まだ拗ねているのか?」


 左近は訊ねる。春香は頬を膨らませて「別に」と答えた。


 春香の階級は曹長である。下士官ではあるが見習士官という立場だ。

 左近は歌い手ではないが、『神祇省付大尉』となった。陸海軍に所属していない、和国ならではの微妙な立場の軍人である。


 立場は微妙だが、陸軍にも海軍にも顔を出して好き勝手することができた。左近の直属の上司は夏樹が率いる神祇省になるので、左近はこの微妙な立場でもすぐに納得した。

 戦場を縦横無尽に駆けるには、ちょうどいい肩書きだと思った。


「春香のことです。夕食までには機嫌はなおっていますわ」


 夏樹はニコリと笑った。確かに春香のことだ。夕食を食べて一晩寝れば頭を切り替えられるだろう、と左近は考える。


「左近殿。今日はゆっくり京の見物でもなさってください。春香、左近殿の道案内をしてもらえないかしら?」

「え~、なぜですか!?」

「左近殿の護衛任務は継続中なのですよ?」

「それは……そうですけど……」


 夏樹は柏手を打つように手を合わせる。いらぬことを思いついた笑みを貼り付けて、彼女は口を開く。


「お小遣いもあげましょう」


 魔法の言葉だ。雷に打たれたように春香は背筋を伸ばす。瞳を輝かせ左近に詰め寄る。


「やります! やらせてください。左近。お前も私のような可愛い女の子の一人でも連れていないと、メンツが立たんだろ? 大尉にもなっても、その面じゃモテんのもしかたないがな。はーはっはっは! 左近がそこまで、そこまで懇願するなら、やぶさかでもないぞ! 京の案内をしてやろう!」

「では、決まりです。左近殿、よろしいですね?」


 左近は頷いた。もう機嫌が直ったのか……。


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