003
「変わってるって最高の褒め言葉だと思わない?」
彼女はまたいつものようにぼくの目を覗き込むように言った。
今日もこの学校の屋上には僕たち以外には誰もいない。今どき屋上が解放されてる学校なんて珍しいしもっと生徒で溢れているものと思ったのだが実際は違った。今まで僕たち以外の人が昼休みにこの屋上に来たことはない。実際はこんなものでぼくがドラマや漫画の見すぎで屋上に少しばかりの憧れを抱いていただけなのだろうか。
「ぼくはそうとは思わないな。実際言われたら傷つくだろうし。言う人も普通褒め言葉としては言わないだろう。」とぼくは答える。
「じゃあ、君は普通だねって言われたらどう思う?君は変わってるねっていう言葉とは正反対の言葉だけど。」
「それは...確かに嬉しいとは思わないな。でも別に悪い気もしないよ。普通って悪いことではないと思うし。」
ぼくは思ったとおりに答える。彼女との会話はいつもこんな感じで彼女に誘導されて進んでいく。だがぼくはこのような会話が正直嫌ではなかった。
「私は君は普通だねなんて言われたらショックで髪をバリカンで全部剃るわね。普通だなんて絶対に嫌。」
「大丈夫。君は普通だなんて言われないよ。普通じゃないもん。」
こんなこと言う女子校生は普通じゃない。
「ほんとに?ふふ、やったね。」
彼女は心底嬉しいそうに言った。ほら普通じゃない。
「普通っていうことはつまり周りに比べ抜きん出たものがないってことでしょ?そこらにうじゃうじゃいるヤツらと自分は何も変わらない、特別じゃないってことでしょ?そんなの嫌じゃない?世の中にいるすごい人ってみんな変わってる人だと思うの。テレビに出てる人だって変わってるから、自分とは全然違う人だからみんなおもしろいと思って見てるわけだし。特に芸術家なんてみんな狂ってるしね。普通であることにはなんの利もないわ。」
彼女は自分の意見に偏見がまじってたり人の共感を得られない可能性があることを微塵も感じさせないような口調、表情で話した。彼女はとても強い自分を持ってるのだ。誰の意見も認めない。自分だけが唯一認められる存在なのだ。ぼくは未だにそんな彼女が年下だなんて信じられない。ぼくは彼女より1年近く長く生きてるはずなのに彼女に優るところは一つもない。それほど彼女は少し遠いところにいるような感じをぼくにさせる。
「あ、もうそろそろ昼休み終わるよ。教室に帰ったほうがいいんじゃない?」
「ほんとだ、じゃあまた明日。」
ぼくはそういうといつものように彼女より先に屋上をあとにした。1年生の彼女の教室は屋上を降りた3階にあるのに対し、2年生のぼくの教室は2階の、さらには屋上へ続く階段より離れた場所にあるので教室に戻るのに多少時間がかかるのだ。彼女はいつも先に教室に帰るぼくを見送り自分は屋上に残る。教室が近いので昼休みのぎりぎりまで屋上に残っているのだろう。
ぼくは屋上から下の階へと続く階段を降りる前にちらりと屋上に残る彼女をみた。彼女はぼくを背に柵に肘をかけそこから見える街並みを眺めていた。




