2.どらごんすれいやー でござる
赤ディーノ殿がいきなり火を噴いた。
「あちちちち!」
加速を使って避ける!
勢い余って、まばらに木が生えた森に飛び込んだ。そして抜刀。
幻だから無害だと解っていても避けてしまう。きちんと熱を感じる。仕事が丁寧でござる。
『現実的ですね! さすがディーノ氏!』
「めんどくさい御仁でござる。どうせ幻なんだから、全力で斬りにいくぞ、ミウラ!」
『ではこっちのターン。ディーノ氏直伝! 魔素無効!』
途端、赤ディーノ殿の動きが、ガクンと遅くなった。
『竜なんて規格外の魔物は魔力をどうにかするのが一番。体を強化している魔力を消しました。空も飛べないし、火も吹けません。でかくて重いだけです!』
グロォオオー!
吠える赤ディーノ殿。隙だらけ。
……やや、おつむの方を下げた設定でござろうか?
手加減していただいたが遠慮はしない。遠慮は失礼に当たろう。
一度戦っているので、要領は心得ているでござるよ!
「てぇぇーい!」
のけぞった喉元に切っ先を突っ込む。渾身の突き!
堅い!
鱗が何枚か剥がれたが、中へ入らなかった。
『防御力も落ちてます? 旦那! これを使ってください!』
ミウラが、首輪にぶら下げていた魔性石を引っこ抜いて放り投げた。
片手で受け取る。
知ってる人は知ってるだろう。ネコの前足は、器用にできてるのでござる。
『時間を稼ぎます。板曲野芸・乱舞!』
ミウラの背より、人魂みたいなのが多数連続で打ち出され、赤ディーノ殿に次々と激突していく。
派手な音と光が赤ディーノ殿を覆い隠した。
稼がれた時間の中、収納より薬莢を取り出し、ミウラの魔性石を填め込む。さらに鉄砲『ストラダーレ・ライフルです』を取り出し、弾を込める。
一挙動で構えと狙い。その時を正確に読んでいたミウラ。攻撃をピタリと止める。
今だ!
引き金を引いた!
狙い違わず、赤ディーノ殿の喉元に命中!
打ち上げ花火のような大きい爆発音。大輪の光の花が咲く。
グロッッ……バシャバシャバシャ!
変な声というか、湿っぽい音?
赤ディーノ殿の喉が大きく裂け、血が滝のように流れ落ちていた。
桜色の肉が丸見え。ディーノ殿は凝り性でござるな!
「ミウラ! 全力でたたみ込め!」
『ガッテン承知! 光速鋼拳! 連打!』
某も収納からバルディッシュを抜き取り、駆け出す!
ミウラが撃った魔法が着弾。その間隙を縫って、バルディッシュを上段に振りかざす!
「ディーノ殿! 御免ッ!」
「ふーふーふー。何とか勝てたな」
『ひーふー。ディーノ氏が手加減してくれたからですよ。まともにやり合ったら、触れることもできませんて』
「でも、鱗を手裏剣みたいに飛ばす技は反則であろう?」
『逆にそこが突破口になったんだから、結果オーライです!』
二人の前に、ディーノ殿の幻術による、赤ディーノ殿の死体が転がっておる。
この勝負、二人の勝ちでござる!
『しかし、リアルでございますね? とても幻には見えません。どれだけメモリーを画像処理に割いているんでしょうか?』
「そこがディーノ殿のディーノ殿たる所以だ」
幻とはいえ、手応え、反撃の強烈さ。どれをとっても現実そっくりであった。
「えーっと、そろそろ死体を引っ込めてくれませんか? そこら辺に居るんでござろう? ディーノ殿ーっ!」
『ディーノさーん! ……返事がありませんね?』
返事がないか……。
前々から気になってることが。例えば、血の臭いとか……。
匂いの系統がディーノ殿となんだか違うなー、とか……。
「なあ、ミウラ?」
『わたしの方からも、旦那に折り入って相談がございまして』
……これ、ひょっとして?
「ああっー!」
後ろから聞こえる、むくつけき男の叫び声。
「なにかが戦ってると思ったら!」
惨劇に目をひん剥いているのは、戦士風の男だ。帯刀している。
ジベンシル側からやってきたようだ。
「これはっ! 赤い通り魔竜レッドマン! し、死んでる!」
『えーっと、ディーノ氏とは別人、いや別竜?』
「人違い、いや竜違いでござったか! どうしよう?」
戦士風の男が、キッと某を睨み付けた。
「こいつを殺ったのはあんたか!?」
「えーっと、拙者らが悪いのではなく――」
『事故です! 事故! 先に手を出したのは赤竜レッドマン氏です!』
よし! それで押し通そう!
「そう! 出会い頭の事故でござる。いきなりこの御仁が火を吹いてきたのでござる! 誤解だと誠心誠意説明したのでござるが、聞く耳を持ってくれず、命の危険を感じたので仕方なく迎え撃っただけでぇ~」
戦士風の男、目を大きく見開いた。な、なんでござるか?
「こいつ、一人で討伐しやがった! 大変だー!」
「こ、これ! 誤解だと申すに!」
戦士は元来た道を走っていった。
やってきたのは十もの荷馬車が連なった大商隊だった。
「私、この商隊を率いるパトレーゼ商会の会長ルカスと申します」
「拙者、イオタと申す者。ご覧の通りネコ耳族の侍でござる」
手を差し出してきたのは、見場と恰幅の良い初老の商人。自信に満ちあふれたその笑顔。商会の会長を名乗るだけある。
取り敢えず握手しておいた。手が血とかで汚れていてご免なさい。
幌馬車の一つの中で、一対一の会談中でござる。
「立場上、滅多に他国へは出ないのですが、この度は大事な商談が有りましてね。レップビリカからの帰りでございます」
ルカス殿は、ヘラス王国に本店を置く大商会の主でござった。
で、ドラグリアの一件を知らないらしい。件の案件が発生する数日前、戦火を避けてレップビリカを立ったそうな。
「メガロード山を擁するデスパルト山脈に、最近、凶悪な竜『赤い通り魔竜レッドマン』が住み着いてしまいまして、レップビリカとの道が閉ざされていたのです」
『旦那、どうやらレッドマン氏を倒したことは正解だったようです。ってか、ルカス氏のことをもう少し詳しく聞き出してください。ビラーベック商会の例がありますし。旦那の運が1であることを考えると。碌な連中じゃないと予想されます』
うむ、確かに! 某の運が……ってやかましいわッ!
レッドマンのことも有り、護衛は竜退治並の装備と人数、そしてBクラスのベテランやAクラスといった高レベル冒険者ばかりを厳選したとのこと。
先ほどの男は、物見として先行していたレンジャーだそうな。赤い鎌とハンマーの、エサの役目だな。
彼の者のレベルはAという事。Aクラス冒険者に会うのは初めてでござる。良い経験でござる。
「ちなみに、イオタ様は冒険者でございますかな?」
「ちょっと前まで冒険者でござったが、荒事が苦手な故、脱退させていただいた」
「ほほう、では当時のレベルは?」
「Bでござるよ」
「……ひょっとして、ネコ耳族の勇者イオタ様とは……私の目の前の御人でしょうか?」
くっそ! ヘラスにまで某の悪名が広がっておるか!
「いやー、えーっと……」
「お惚けになられても無駄でございますよ。ドラゴンの討伐には、バランスのとれたAクラス以上の冒険者だけで編成したチームが必要でございます。それも最低10人は必要とされています。戦う場所も選ばなければ! ここのように空を飛べるステージだと、討伐難易度は天井知らずでございますよ! それを単騎で! このような事、ネコ耳の勇者様以外考えられません!」
空に登られ、火を吹かれたりしたら、手の出しようが無かったな。ミウラの初撃が命運を分けたか。
「えっと、……多分そうでござるかな? ルカス殿! 折り入って頼みがござる! 拙者、温和しく生活したいのでござるよ。できれば大げさにしないでいただきたい」
「成るほど成るほど! 普通は名誉の為、勇んで名乗り出るものなんですが……」
ルカス殿の頭の中で、ものすごい速さで算盤が弾かれていることであろう。
「では、このレッドマン、私どもが相場で買い上げましょう」
「して、価格は?」
「即金は難しいですが、だいたいこれくらいを分割で……」
提示された値は――
『マタラーレン・72OSが2台買える!』
「富くじの大当たりを引いたでござる!」
首よ、もげろとばかりに頷いた。首肯でござる! 肯定でござる!
ヘラス王国を前にして、明るい未来が見えてきたでござる!
『この後、運が良い方向へ転がっていったんですけどねェ……。1なりの、ですがね』