21.ドラグリアの建国竜 でござる
影の正体は――
『聖竜ディーノ!』
後ろに居るのはディーノ殿でござるか?
もう鼻の所まで石化した。振り返ることができない。
『石化は健康に良くないと思う。勝手に解くぞ』
パキパキと音を立て……おお! 息ができる!
『分子原子、いや霊的因子まで分解再構成? 時間まで逆行させてるって? どうやって?』
某の喉と胸が、たくさんのサイコロ(?)に替わり、クルクルと回転。パチンパチンと元の体に納まっていく。
でもまだ口がきけない。
『久しぶりである。イオタの笑い話、もとい……冒険を聞かせてくれ』
ディーノ殿に見つめられている気配がする。
これだけで某のこれまでが解るのだ。ディーノ殿の聖竜と呼ばれる所以でござろう。
『やはり、魔王と! で? 城に籠もってプフッ!』
今笑った? 振り返れないから、状況が解らない。
「あのー……」
ドラグリア皇帝カレラだ。片膝をつき、イセカイ風、礼の形を取っている。
「恐れ多くも、もしや、アルフレディーノ様で……ございましょうか?」
真っ青な顔をしたカレラ皇帝。体が萎んでないか?
それと似合わぬ丁寧語。
今までの覇気は何処へ行った?
『……ああ、そう言えば昔、そう呼ばれていたな。長ったらしいのでディーノで良い』
ここから見えるドラグリアの兵達が、ズババッと風を切る音と共に、片膝を着いて頭を垂れる。
武器を脇に置き、手を離すその姿。まさに貴人の前にひれ伏す武人の図。
「いままで歴代皇帝が参拝してもお姿をお見せにならなかった建国竜様が!」
「新皇帝の前にだけ顕現なされた!?」
統制がとれているはずのドラグリア兵達が騒ぎ出した。
『おまえ、だれだ?』
「ははっ! 我が名はカレラ・ドラグリア。ドラグリアの37代目皇帝でございます!」
カレラ皇帝がディーノの前に正座したぞ! 正座だけではない! 額を土に付けた! 土下座でござる!
『お前がフェルディの子孫? ……37も代を重ねたか』
「勿体なきお言葉にございます!」
グリグリと額を地面にこすりつけている。
『それでお前、我の友であるイオタに何をした?』
「はっ! ははーっ!」
ひれ伏したまま、何も言わない。顔の下の地面から、汗であろうシミが広がっていく。
『それと、ここで何をしておる? ここは初代皇帝フェルディとの協約の地。我の特別の地として不可侵の協約を交わしたはず。よもや時代が過ぎて約束が廃れたとは言わせぬぞ!』
「めめめめ、滅相もございません!」
皇帝がどんどん小さくなっていった。
『ディーノ様ッ!』
ミウラだ!
『ドラグリアが西大陸に侵略戦争を起こしました。我が主イオタは、その命を賭して停戦の使者に立ったものの、約束を違えられ、死の淵に置かれたのでございます!』
おいミウラ……って、ミウラのお喋りは皇帝をはじめ人間には、ニャゴニャゴとしか聞こえないんだった。
土下座中のカレラ皇帝が震えている。どれだけディーノ殿を恐れておるのか?
『ふむ、ふむ。……そうか……』
ディーノ殿が黙り込んだ。
沈黙が流れる。
某の石化が解けていくパチパチ音のみが静寂を邪魔している。
ものっそく遅い。某の石化、もっと早く解けないかな?
『さて、ドラグリアの皇帝よ。その様子だと伝えられているのだろう。ドラグリア初代皇帝、フェルディとの友誼を。あの時のことを思い出す。……勢いに任せて建国を助けた事を』
勢いかよ、おい!
ドラグリア建国の秘話でござるか?
説明っぽいのは、某に聞かせているおつもりか?
『アレですよ旦那、ディーノさんは初代皇帝フェルディと共にドラグリアを建国した、いわば神ドラゴンなんですよ。あ! だから国名がドラグリアなんだ!』
某が喋れない間に、勝手に話が進んでいく!
『……フェルディの子、カレラよ!』
「はっははーっ!」
『今お主を観た。お主は歴代皇帝どの者よりも始祖フェルディに似ておる』
「なっ!」
皇帝がガバリと顔を上げた。その顔、親に褒められた子供のよう。
「なんと!」
「建国竜様が始祖権現様とカレラ陛下がそっくりだと!」
「始祖権現様の再来か!」
回りがザワザワしている。
『我は、お主をドラグリアの皇帝と認めよう。さ、背に乗れ』
「アルフレディーノ様! なにを! 勿体なきお言葉!」
ざわざわざわ……
「お認めになった! 建国竜様が皇帝とお認めになったぞ!」
「これ以上の後ろ盾はあるまい!」
「反対派を潰す好機!」
政治闘争は後にしてくだされ!
『さあ、乗れ。言っておくがフェルディしか乗せたことがない背だぞ!』
影が揺れる。ディーノ殿がお座りした気配がする。
「ででで、では、遠慮なく」
いそいそと某の視界から消える皇帝。
見えない所でバサリと羽根の広がる音。
『では邪魔の入らぬよう、空で二人だけの密談をしようではないか。フェルディだけに伝えた、この世の秘蹟をお主にも教えてやろう。それ!』
風が舞う。某を被っていた影が飛ぶ。
ディーノ殿には男気がござる! さすがでござる!
「カレラ陛下が建国竜様の背に!」
「歴代皇帝が為し得なかった偉業が、いまここに!」
「長生きはするものだ!」
取り巻き達から感嘆の声が上がる。
毎度毎度、それほどなのでござるかな? ディーノ殿の名とは?
ここでやっと石化が解けた。
体が自由に動くぞ!
『旦那! お怪我はありませんか? 具合の悪い所はありませんか?』
「いや、何ともないぞ! 以前より悪い所もなければ、良いところもない」
首や手首を回し、腰を捻る。
『1:1イオタちゃん人形は惜しかったですけど、自立可動型イオタちゃんの方がもっと良いです! ああ良かった! 旦那!』
ミウラが飛びついてきた。
何を言ってるのか判らんが、若干動揺しつつ心から無事を喜んでくれている。
それより!
ドラグリアの兵共が、全員空を見上げておる。
某も空を見上げる。
「えーっと?」
探すこと暫し。雲一つ無い空に、芥子粒のような点が一つ。アレでござるか?
『あんまり高いと、空気が薄くなって息ができなくなったり、気圧差で鼓膜が破れたりしますが、そこんところディーノは考えてくれているんでしょう、と信じたい』
何を話し合ってるんだろうな?
『でも旦那、なんでディーノさんは怒ってたのに、逆に持ち上げるようなことしたんでしょうね? カレラを殺した方が後腐れ無くていいのに!』
ミウラの怒りは納まらぬか。
「某を心配してくれたミウラに、心より礼を言う。しかしな、ミウラ。憎しみの目だけでドラグリアを見てはいけない。ヴァンテーラはこう言っていた。帝王となって一年。カレラ様は帝王として何ら実績を持たぬ。巨大な国を纏めるには何より力を見せつけねばならない。一番簡単なのが戦だ、と。ならば、仁のお方であるディーノ殿の行動は自然と理解できよう」
『……ああ、だからディーノさんは建国竜たる自分が認めることによって権威を与えようとしたんですね! 歴代皇帝より頭一つ分の箔が付いたって』
「しかり! これで新皇帝の面目は立ちまくった。戦の道を選ばせず、平和な道に誘導したディーノ殿は正に聖竜!」
人であらば間違いなく偉人でござる!
『あ、降りてきた』
地面にぶつかる! その瞬間、ピタリと停止。ふわりと着地した。
ディーノ殿の背から降りたカレラ皇帝。その顔は真っ青。
されど、足下はふらつかず。しっかり地面を踏みしめている。
さすが皇帝でござる!
「立ち上がれ、皆の者!」
鉄と鉄がふれあう音。ここに居る兵士が直立不動の姿勢を取る。
「ディーノ様のお力により、余はこの世の真理を見た」
ドヨドヨが広がる。
「陛下こそ真の皇帝! ドラグリアの建国竜に選ばれし皇帝! 正当にして完全無欠な皇帝の中の皇帝、大皇帝なり!」
お側付きのチョビ髭親爺が、大声でカレラ皇帝を讃えた。
「おおよ! 皆の者! 余は善政を敷くぞ! これより内政に力を入れる!」
「大皇帝陛下万歳!」
「大皇帝陛下は聖竜と共に!」
万歳の声が広がる。どんどん広がっていく。
『そうだ、カレラよ』
あ! ディーノ殿の、この声の調子は悪戯を考えておる声だ!
『イオタに、この世の真理とはと聞いてみよ。この空の上から見えた真理のことだ』
「イオタ……殿に?」
真理って何でござるか? ここで答えないと話がややこしくならぬか?
『旦那、「丸」とお答えください!』
困ったときのミウラだより!
「丸、でござろうか?」
「おおっ!」
驚く皇帝。なんで?
「イオタ殿、まさか! 貴女はそこまでの……」
半歩、足を後ろに引くカレラ皇帝。だから、なんで?
「このカレラ、イオタ殿のおられる西大陸に、もはやなんの拘りもございません。どうか心穏やかにお過ごしください。そして、できるならネコ耳の勇者イオタ殿と友誼を結びたい!」
『修羅の国羅将筆頭、惑星ベジータの王、ドラクリアの右派最武闘派皇帝が、旦那と友達になりたいですと! それって拳と軍で語り合う友情ですよね! ね?』
うひぃー!
「拙者、まだ死にたくないのでござる! タネラへ行くまでは死ぬつもりはござらん!」
「ほほう、我が友イオタ殿はタネラへ向かわれますか?」
しまった! カレラ皇帝に目的地を知られてしまった!
『さあ、イオタ。お主、たしか「ヘラス王国のタネラ」へ「移住」しに行く旅の途中だと言っていたな?』
こ、これ! ディーノ殿! 竜なのに、狐の目になっておるぞ!
『どれ、途中まで我が送ってやろう!』
「え? いやあのちょと!」
『旅費が助かります。何て良いドラゴンさんなんだ!』
ぐっと伸びた前足で体を掴まれた。ミウラはちゃっかり懐の中へ。
「ちょ! ちょっ、まっ! 和平は結ばれたのでござるか? ならば某それを伝えねばならぬ義務が!」
『その件ならカレラ大皇帝に任せよう』
「お任せください。我が友イオタ殿に代わり、この大皇帝カレラがお伝え致します。この命にかえても!」
ぶわさり!
あっという間に大空へ!
「違う! そうじゃない!」
某の悲鳴を残し、ディーノ殿は南に向け空を飛んだ。
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こんな夜は、ポップコーンをつまみにラッシーを飲むに相応しい。
吾輩、あのようなネコ耳族に出会ったことがない。いや、人間にもない。
イオタか、……美少女のくせに女を感じさせぬ。まるで少年のような女だった。
ああいうタイプは初めてだな。
知的な会話ができる女。ぶれない女。
痛い所を突いてやっても、表情を変えぬテクニックを持っている。でもな、尻尾が真っ直ぐ下にピンと伸びるんだ。
いつだったか……耳に羽虫が近づいた時がある。真面目な話をしながら、小刻みに激しく耳をパタパタしていた。そこだけが別の生き物のようだった。
こう……なんなんだろう? どの様な形容詞で表現すれば良いんだろう、この生物?
……新鮮だ。
なんだ? 心臓が止まって久しいというのに、この体の熱さは何だ?
魔法で体調を……いや、このままでよい。ここち良い熱さだ。
イオタが動き、ドラグリアが止まった。
どうやってドラグリアのガキを説き伏せたか知らぬが、……ふふふ、分の悪い賭にばかり勝つ女よ!
気位の高いドラグリアに頭を下げさせた。まさか、向こうから和平の使者がやってくるとはな! それも重鎮にして外交の最上位者が、だ。
西側諸国は喜んでいた。
ネコ耳の勇者の名も、大いに躍進した。――ザマミロ!
……あいつ、このままタネラに行くのだろうな。
……だとしたら、引き上げさせねばならんな。
もう少し。もう少しだけ、あいつを見ていたい。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
我は、個人の未来について、幾つかの可能性を予想できる。
幾つかの内、どの未来を歩むか、勘で絞り込み的中させる。
イオタはちょっと違う。
予想した者が、我の予想の上を越える行動を取ることもままあった。
イオタの場合は……どう言えば良いのかな?
今までの者は、越えると言っても頭の直上を越えていくイメージだった。
イオタの場合は、……こう……、
思いもよらなかった方向から?
例えば、脇の下辺りから、頭上を越え、斜め前方へクルクルと縦回転しながら逆シュート気味に飛び越えていくというか……。
具体的な例と問われれば、魔王の一件。
剣を交えた後、肉体言語を主とした血の交友で、魔王を封じると未来視したのだ。
予想が外れたとは言えない。言えないのだが……。
まさか、餌付けした後、共に密入国。あまつさえ一緒に商売し、売り子に立たせるとは想像できなかった。
我の予想、結果的に合ってるのだが、釈然としないのはなぜだろう? と自問自答すること数度に及ぶ。
この先も、ヘラス王国の騒動に、幾分かかわると出ているのだが……。
最近、未来予想に自信がなくなってきた。
うーむ、古竜が首などかしげても可愛くないぞ!?
―― ドラグリアの――建国竜編 完 ――
第4章終了です。
少し時間を空けてから第5章を投降します。
次章「(仮)ヘラス王国・お家騒動記 」が本編の最終章となります。
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