20.ドラグリア皇帝 でござる
場所はフェラルリ。
聖なる山を背にし、大きい川を渡った所。
ドラグリアの皇帝と面会までこぎ着けた。
春を予感させる日差しは温かく……。
普通、屋内で話し合いをするものだが、外での会談となった。めっちゃ失礼である。
屋敷に入れず、庭先で話をする。ただの立ち話扱いでござる。
某を武装集団が扇状に囲んでおる。扇の要地点にドラグリア帝国の皇帝が鎮座まします。そんな陣形。
皇帝が床机に座って長い足を組み、某がその前に突っ立っておる。
皇帝は自信に満ちあふれている。余裕が有り余っているので、某とも会おうとしてくれた。
何せ二十万対五万。十五万の差でござる。余裕をぶっこくなと言う方が無体でござろう?
「拙者、ネコ耳族の侍、伊尾田松太郎でござる。肩のネコはミウラと申す。拙者の相棒でござる」
某はいつもの筒無し袖に袴履き。腰に刀は無い。寸鉄を帯びずでござる。
髷は白黒の水引で括っておる。
ミウラも正装しておる。
『首輪付けて小さい魔性石をぶら下げただけですけど』
「余は大ドラグリア帝国の偉大なる皇帝、カレラ・ドラグリア。フフフ、話を聞こう」
皇帝カレラ様は、見るからに武闘派。
年は二十二と聞く。某より下の若造でござる。
背丈は七尺『2m12㎝』の大身。褐色の肌。胸の筋肉が盛り上がっており、肩の肉が鎧のように厚い。何で解るかというと、上半身裸だったから。
香油を塗ってテカテカしておる。
頭は剃り上げており、眠たそうな目をしておる。世の中を嘗めまくった若造の顔でござるかな?
腰に脇差しのぶっといのを無造作に差し込んでおる。意匠が凝っておるのな。
一言で言えば歌舞伎者でござる。
「で? ネコ耳族が何しに来た?」
見下ろす高さなのだが、さらに顎を上げ、某を見下す。傲岸不遜とはまさにこの事。
おべんちゃらの一つも言わせて貰えない。
『手強いですね。丸め込むにも人の話を聞いてくれないと。こいつ人の話聞かないタイプですよ。苦手だな』
ミウラの舌先三寸が利かぬ相手とな!
先行きの不安に空を崇めた。
皇帝陛下の質問に対する答えでござったな!
「戦いは不毛。戦人同士の戦いを止める気は無い。されど、戦は無垢なる平民に及ぶ。町は焼かれ、田畑は荒れる。ドラグリア帝国の優勢は認める故、どうにか引いて貰えぬでござろうか?」
先ずはこんな所か?
皇帝カレラはキョトンとしている。目を大きく見開き、口は半開き。
そして――
「ブワッハッハッ! なんだそれ? 面白い冗談だ! ブワッハッハッ!」
腹を抱えて笑い出した。
「人の上に立つ皇帝が、人の死を軽く扱うのは如何かと思うでござる」
「それだ!」
指を一本立て、目を輝かせる皇帝。某、なにか尻尾を踏んだでござるか?
「人という名の付いたゴミ共を整理し、人の住める世界を創世する。それがドラグリア皇帝の使命。余は使命に忠実なのだ」
『あ、駄目な人間だ』
同感でござる。
「帰って伝えよ。各国の王は斬首刑。その席は、これから派遣する領地管理官が引き受ける。国名はそのままでよいぞ。ただし属領と名を変える。税は8対2。8をもらう。残り2もあれば何とかなるだろう。これが戦を避ける条件だ。戦をしてもこの条件だが。お主らが嫌う人死にが避けられるぞ。どうだ? 悪い話ではあるまい?」
あー、もう! ちょっと! 手を顔に当て、首を振る。
『旦那、交渉は始まったばかりです。最大限以上の条件をぶつけ、そこから値引きするのが常。相手に気を飲み込まさせ、交渉を諦めさせるという典型的な作戦です』
ならば、まだ話は終わっておらぬ。
「皇帝陛下は、西の大陸をどうするおつもりでござるかな? 如何様な将来像を考えておられるか、よろしければお聞かせ願いたい」
「うーん、そうだな……」
皇帝は顎に指を這わせ、明後日の方向を見る。
「反抗する者共を一掃し、余の指揮の下、一丸となって魔獣、魔族に戦いを挑む。そして圧倒して勝つ! どのような皇帝であろうと成し遂げられなかった世界平和が訪れるのだ。その第一歩として、此度の戦は重要! 西大陸連合軍5万の命は、平和の為の礎となるのだ!」
『妄想ですな』
このガキが。本気だから困る。ガキに仕える重鎮共も止めろよ!
皇帝の脇と背後で控えている有力者っぽい連中を睨み付けてやる。
何食わぬ顔でそっぽを向いておる。
皇帝を恐れておるのか? 利権にしがみついておるのか?
……あるいは呆れておるのか?
脇は攻められぬ。鍵を握るのは皇帝のみか。
「治める頭数が恐ろしいほど増えるでござる。皇帝陛下はその数を治めることができるのでござるかな?」
皇帝は何一つ表情を変えぬ。小馬鹿にした笑みを顔に貼り付けておるだけ。
「簡単だ! 数を従えるには恐怖が一番! 反抗的な行動を取る者。そんな目をした者。片っ端から殺していく。なるべく痛そうな処刑方法でな! 全ての属領で同時に処刑していけば効率的だ。最初は大変だろうが、何年か続けれていけば温和しくなろう」
『暴君ですな』
愚かな。
「そして世界を統一した後、魔の勢力と戦う。これを完全に駆逐し、真の世界平和を世界にもたらす!」
芝居っ気たっぷりに両手を広げる皇帝。三文芝居もいいところ。
「その戦いの最中に、魔族が手を出さぬと言い切れるでござるかな? 人同士の争いを絶好の機会と捉えるのではないか? 拙者なら、そこを突くでござる。これは戦の基本でござる!」
ヴァンテーラ伯爵からの注意を利用させてもらった。
我ながら痛い所を突いたでござる!
「それこそ笑止! 探す手間が省かれるというもの。我が精鋭ドラグリア軍が殲滅してくれよう!」
「魔獣の後ろには魔族が付いてるのでござるよ? もう少し考えて頂けぬか? せっかく眠りについた魔王を起こすことになろうぞ!」
「それだ! 魔王に怯える人々を開放せねばならぬ! それが余の願い。余の事業! そのための戦だ! 世界制覇なのだ!」
「多くの命が無駄に散るのでござるよ!」
「何万人かの犠牲で、何億もの命が助かるのだ。余に任せよ! 余が全て上手く治めてみせよう!」
「その犠牲に皇帝陛下一人が選ばれたら何とする!」
「馬鹿が! 余が犠牲になるようではこの世は滅ぶ。余が君臨せぬ世界に何の意味があろう!」
『ダメです。こいつ、現実を直視せず夢ばかり追いかけ、世界に破壊をもたらす狂信者です!』
どうやって話を続けよう? どこへ話を落とせば良い?
「余はドラグリア皇帝として、この約束を必ず守ると誓おう。そして余の名の元、未来永劫、平和が続くのだ!」
皇帝が片手を挙げた。
彼の背後から、弓を持つ兵がバラバラと現れた。
「何をするでござる!?」
思わず腰に手が伸びるが、忘れていた。大小は収納に入れてある。
「先ずは平和の使者を血祭りだ! 放て!」
ビュビュウン!
『魔法防御!』
「やめよミウラ!」
魔法を使う事は武器を使う事。
腕で喉と顔、心臓を守る。
守る腕に、肩に矢が何本も刺さる。痛い!
『旦那!』
「何のこれしき――むぅっ!」
刺さった部分の色が白く変わっていく?
カレラ皇帝が冷たく笑う。
「その矢にはコカトリスの毒が塗られている」
「コカトリスの毒とな!」
『鶏の魔物で、あらゆる物を石に変える毒を吐く! 石化の毒です!』
腕と肩から始まった石化が広がっていく!
着物まで石になっていくとは!
顔は未だだが、腰の辺りまで白っぽい石に変わってきた!
しまった、体が動かぬ!
『解毒の魔法を持っていません! ちくしょう! 旦那のカタキ! 対消滅魔法で国ごと荒れ地に変えてやる!』
「よく聞けミウラ! 某はもうダメだ!」
『何を情けないことを!』
「こうなることは覚悟の上! ドラグリアを恨むな! せめてミウラだけでもヘラスへ行け!」
『旦那と一緒じゃなきゃ嫌だ!』
「逃げよミウラ! 某に代わって長生き――」
石化が首まで来た。声が出ない。息が!
感覚の無くなった体。かろうじて生身が残っている頭が、揺れを感じ、影に被われた。
『旦那! だん――エ?』
ミウラが某の後方斜め上をドングリ眼で見上げていた。
「イオタに何をしている?」
次回第4章最終回です。