18.誰が何と言おうとラッシーは世界最強の飲み物 でござる
翌朝。
スッキリとした目覚め。
腹減った。夕べ何も食ってないし。
『ネコはだいたいこんなもんです』
簡単に冷水摩擦してから厨房に潜り込み、物色していると、料理長がやってきた。
「呼んでくだされば真夜中でもお作り致しますのに!」
あり合わせで作ってもらったのを腹に収めた。
『あ、ヨーグルトと新鮮な牛乳と柑橘系果物と砂糖みっけ!』
ミウラが何やら美味しいものを見つけたようだ。
台所の使用を求めると、料理長はとびきりの笑顔で了解してくれた。
『ヨーグルトと牛乳を半分半分。砂糖をさじで2杯。果汁をさじの半分くらい。あとは混ぜるだけ』
ポイポイのクルクルっと。
ドロッとした白い液体。ちょっとこれは……。
目を輝かせている料理長の手前、嫌々飲む訳いかぬ――グイッ!
ヤダなにこれ旨い!
甘酸っぱくて、まろやか。濃厚なのに喉ごし爽やか。乳の香りが残るのに、口中はスッキリ!
これだけで腹一杯にしたい!
『これはラッシーといって、天竺で飲まれている飲み物です』
お釈迦様で有名な天竺の飲み物だと! 旨いはずだ。寿命が四十五日延びたわ!
でまあ、落ち着いてからボーラ殿に挨拶へと出向く。
「イオタ様、神様、聖者様!」
拝まれた。
ボーラ殿とメラク様、ややこはもとより、城に勤める一同勢揃い。
某、床の間に飾られるが如き扱いでござる。
『勇者にして救世主、イオタ様に取り上げられた赤ちゃん。末は英雄か大臣か!』
ちょっとやめて頂きたい。
キラキラした目で見つめるのやめて頂きたい。
『何か一言お願いします。でないと納まりません』
で、あるか。
「えー……。その方らが次に仕える予定の長子でござる。忠義に励め! 以上でござる!」
オオーッ!
「ほぎゃっ、ほぎゃっ!」
「いかん、泣き出した。皆の者、静かに!」
ま、それなりに感動的でござったよ。
子供の名前はカールマンに決まった。
『わたしゃてっきりカムシンかと――』
意味が解らん。
可愛い子でござる。
某の尻尾を小さき手で握る姿が可愛いでござる!
ほれほれ、それでは尻尾を捕まえられんぞ!
『イオタの旦那は子煩悩ですね』
「ちがう! 武術の稽古でござる!」
ネコのミウラが狐の目をしている。疑っておるな!?
「この子は某の一番弟子でござる!」
この台詞を誰かが聞いていたらしく、カール(カールマンの幼名でござる!)は、ネコ耳の勇者の一番弟子ということになってしまった。
『将来、重くのし掛かってきませんかねぇ? 潰れなきゃ良いけど』
カールはそんな弱い子じゃない!
月日は流れ、雪の季節は終わった。
体も心も一新。装備も調え、経路も調べた。こんな日は茶でも飲むか。
『暇にあかせて勇者の鎧を作りました。竜の課題をクリアする為に必須の――ああー! せっかく作ったのにぃ!』
青い南蛮鎧は収納に突っ込んでおく。ああ、お茶が美味しい。
むっちゃ温泉に入った。女風呂でござる。お女中方とも一緒に入りまくった。この世の天国でござった。
あとひと月もあれば、ヘラス王国へ出発でござる。ヘラスにも温泉がたくさんあると聞く。今から楽しみでござる。
そんなある日、ヴァンテーラに呼ばれた。
「ドラグリアの皇帝が出てきた。親征の様相を呈してきたな。つまり戦争だ」
大ぶりのワイングラスに入ったラッシーを揺らすヴァンテーラ伯爵。
香りを楽しんでから一口含む。舌で転がしてから喉に落とす。
「素晴らしい風味! ワインは年を重ねて味が出る。ラッシーは新鮮さが命。このコントラスト。ネコ耳族に解るかな?」
魔族四天王筆頭の風格でござろうか? 後光が差しておる。
「ダヌビス川を利して、西大陸の戦力が集結しつつある。おしむらくは用意が足りぬ事。人材、武器食糧。全部後手に回っておる」
もともと、西側の騎士団は対魔獣向け。イセカイの侍、騎士団は人間相手の戦闘集団ではないのだ。
「ドラグリア軍は20万を下らぬ。後詰めの数は不明。軍艦も千隻は揃えている。一方、西諸国連合は統率もとれず、かき集めた数は5万。それも集結中。軍艦は物の数に入らぬ。B級以上の冒険者も強制参加。西の負けは確定である」
冒険者ギルドを退会して正解でござった。
仏頂面のまま、ヴァンテーラ伯爵は小さく呟く。
「出させてもらうぞ」
魔族が動くという事だ。
「イオタ様には手を出さぬよう釘は刺す。代わりにイオタ様も手控えてもらいたい」
せっかく魔族が落ち着いたというのに、人は自らの手で自らの首を絞めてしまったか?
『大戦に出る幕無し。危険が多く、見返りは少ない』
で、あるな。
「吾輩は今日でここを出る。イオタ様と顔を合わすのも、今日が人生での最後となろう」
「急でござるな。伯爵はずっと居続けると思っていたが?」
「もともとここは、ドラグニアと何かあった際の兵站基地でもある。明日にも先遣隊が来るだろう」
なるほど。それ故の退避であるか。
「一つ、イオタ様に情報を出しておこう」
かっこつけてラッシーを一口、クイと飲みおる。
「ヘラスには魔族が一人巣くっている。その名も影の大蛇・エドゥ。なに、吾輩とあやつは巨像と小カマキリほどの差がある。そんな小物だ。小心者で卑屈だが陰険なヤツだから気をつけるがいい」
影の大蛇・エドゥでござるな。発音しにくいでござる。
「ご忠告感謝致す」
ここは素直に。
「なあ、イオタ様」
ヴァンテーラの頬が緩んだ。
「今年の冬は、一生忘れぬ冬になった。ずっと元気でいろよ」
それは、ヴァンテーラらしくない別れの言葉だった。
ヴァンテーラは、その夜の内に城を出た。一切の痕跡を残さずに。
いよいよ戦でござるか。
カール坊の身に不幸が訪れぬよう祈るばかりだ。
翌日、ヴァンテーラの予言通り、西側連合軍の先遣隊がやってきた。
数日の内に、戦略物資を満載した荷駄隊がやってくるので対処しろとのことだ。
話自体はずいぶん前からあった。根回しは済んでいたので、問題は無い。とボーラ殿が言っていた。
某が邪魔になるなら退去すると申し出ていたが、強硬に止められていた。
『なにか腹に一物ありそうな話しぶりでしたね』
「ミウラよ、不吉なこと言ってはいかん」
ミウラの予感は当たった。
わざわざボーラ殿が呼びに来た。
迎えられた先は、大きな暖炉のある応接間。
ボーラ殿をはじめ、武人っぽいのと文官ぽいのと、両方ともそこそこの風格を備えた偉いさんっぽい。
案の定、西大陸連合軍の参謀殿でござった。
『参謀って何人もいますから。そのうちの二人です。緊張しないでくださいよ』
挨拶もそこそこ、椅子を勧められた。
「これは私の口から申し上げます」
ボーラ殿がめいっぱい緊張しておる。まるで某と差し違える覚悟でござる。
「イオタ様の予告通り、ドラグリアは皇帝自ら出馬。侵略の意図旺盛。対して我が方は準備不足。このままぶつかりますと、ドラグリアを西側大陸へ誘い出し、地の利を用いて叩く戦法がとられます」
上田城が取った戦法だな。西大陸を城とみなし、敵を分断、各個撃破だな。
「そうなると、我が領土が侵されます。主戦場となり、家が焼かれ畑が軍馬の蹄で荒らされ、無垢な民が犠牲となります。カールもどうなることか……」
カールの名を出すのはズルイ。
「このボーラ、一生のお願いでございます」
椅子を避け、床に膝をつけるボーラ殿。
「何をなされる? 領主たる者、一介の旅人に軽々しくそのような真似をしてはならぬでござる!」
これは慌てた! 小さいとはいえ一国の殿様が、元木っ端役人に土下座をしたのだ!
「西側諸国とドラグリアの和平調停の使者に立っていただきたい!」
「え?」