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17.無双deサンバ でござる

『イオタの旦那、大丈夫です。旦那が取り仕切る必要はありません。産婆さんが主役で旦那はただの助手。産婆さんの言う通りに動けば良いだけ』


「そうか? あくまでお手伝いでござるな? な?」

『まだ弱気ですな。コホン! 幸いにして旦那は武士。血なら見慣れておりましょう』


「うむ、某も武士の端くれ。血など見ても平然としておるでござる! てか、血が出るの?」

『さらに、人の命を絶ちきるのが武士であるなら、逆に命を作り出すのもお手の物でございましょう?』


「うむ、! 容易いわ!」

 胸を張って答えてやったわ!


『チョロ……いえ、では奥方様の部屋へ参りましょう!』

「うむ、ボーラ殿、ヴァンテーラ殿、これより拙者――」


「どどどどどうすれすれすればばばば! どうすればいいいいのか、わかっ、わか、わからないいっ!?!」

 ボーラ殿。足手まとい。


「狼狽えるな! 吾輩に任せておけ!」

 ヴァンテーラ殿。椅子の背もたれの上に登ってはいけません!


 この二人、邪魔でござる!


『こいつらポンコツは自由にさせとくと何するか解ったものではありません。何か作業させた方がいいです。産湯を作らせましょう。消毒を兼ねて一度沸騰させ、自然に冷めるまで見張らせてでもおきましょう。最悪、使い物にならなくても、わたし達の汗を拭う役に立つでしょう。あと、清潔で白い布を大量に。たしか、メイドさん達が用意していたはずです』


 その旨、二人に伝えた。


「よし! 湯なら吾輩に任せよ! この世の全ての魔法を極めた吾輩の手にかかれば――」

「魔法の使用は一切禁止でござる。普通に大鍋で沸かし、自然に冷ますのが肝要でござる」


「魔法を極めた大魔族が湯の一つや二つ! おいボーラ! 大鍋を用意せよ! ちゃっちゃと湧かして布を探すぞ!」

「は、はい! ではこちらへ!」


 二人はバタバタと駆けていった。

 よし! 邪魔者は片付いた!


 某とミウラは奥方の部屋へと急ぐ!




『ネコは入って良いのかな? 出産に関して、学校で習った程度しか知らないし。ずっと昔の話だし。役に立たないと思いますし』

「ミウラぁ~!」

『はいはい。取り敢えず見えなくなる魔法かけて側に居ますね』


 と言う訳で、奥方の部屋に飛び込んだ。



 

 人使いの荒い産婆であった、とだけ言っておこう!

 入ってすぐ「汚い格好で入ってくるんじゃないよ!」とか、「手を洗う水を用意しな!」とか、武士を何だと思うておるのか、この婆?


「それと、部屋の外でウロウロしている男二人に、喧しいと怒鳴っといで!」


 なんだか解らないが、ドアを開けるとボーラ殿とヴァンテーラ殿が、互いの尻を追いかけながら、同じ場所をグルグル回っておったわ!


「湯を沸かせと言っただろうが! 清潔な布はどうした!」


 怒鳴ってやると、二人とも雨に濡れた犬みたいにシュンとなった。




『痛みを和らげる呼吸法もあるんですが、それ言うと産婆さんに刺されそうなので黙っていましょう』


「破水したね。さあ、これからが本番だよ!」


 本番が始まった。今までは本番じゃなかったらしい。


「イオタ様も将来の為しっかり見とくんだよ! 気絶するんじゃないよ!」


 武士たる者、如何様な修羅場であろうと目を背け――おうっ!

 おおう!


『ほぉおう!』

 おほぉう!



 あれがああなってこれがこうなって――

 ここは戦場でござる!

 長時間に渡り、戦いが続いた。



 産婆さんの目が吊り上がる!


「ほら、いきんで! これからが本番だよ!」

 何度目の本番でほおおおおーっ!


『はおおおおうぅぅ! って、私達がいきんでどうすんですか?』


「開いてきたよ! もう一踏ん張りさ!」


 がんばれ奥方! がんばれ、ややこ!


「初産か……。もう少しが辛いね。切るよ!」

 産婆がカミソリを手にした。


「どこを?」

「あそこだよ! シュッ!」


 あふぅっ……。




 頭が出てきた。


 今から、ややこがこの世に生まれ落ちる。

 新しい命にこれから出合う。


 変な感じだな。

 某、死んでござるよ。

 命は軽いのでござるよ。


 エスプリが不死王になった事。ヴァンテーラが神祖となった事。

 命は軽い。


 そして――



「ホギャー! ホギャー!」


 ――今、命が産まれた――


 なんだ?

 なんで涙がこぼれる?


 なぜ泣く?

 怖いのか?

 何が怖いのか?

 あらゆる物が怖いのか?

 某はややこか? ややこが某か?



 産婆は手早く取り上げ、あかごの体を拭う。


「ほらよ、奥様に顔を見せてやんな! こう抱くんだよ」


 ややこを渡された。

 なんと小さき者でござる!

 なんと小さな手でござるか!

 新しい命が腕の中で、叫んでいる。

 何て軽い。

 なんて……い、命は重たい!


「奥方、ほら、玉のような男の子でござる」

「あ、ああ! わたしの赤ちゃん」


 奥方様も泣いておられる。


「よくやった! よく頑張ったでござる! 見事でござる。感服つかまつった!」


 さて、どの言葉が一番相応しかったのだろうか?

  




 予言した通り、ややこは男の子であった。


 産まれたことを知らせに戸を開けると、二人重なって雪崩れ込んできた。


 中の様子をうかがっていたな?

 道理で、戸が重いと思ったんだよ!


 初めて、母、父、子の対面でござる。


「おおおお! おおおおお!」

「ボーラ殿。泣いてないで、奥方に言葉をかけてやるでござるよ。優しい言葉を」


「よくやったメラク! 有り難うメラク!」


 そうか。この言葉がもっとも相応しいかったのだ。誰でもない、夫からの言葉が――。


「ふふふ、これも吾輩の――」

「無関係のモンは出て行きな!」

 憐れ、ヴァンテーラ伯爵は産婆さんにつまみ出された。


『このコウモリ、魔族四天王の筆頭で、一人で万の軍勢に匹敵するとか言ってませんでした?』


 

「で? どうだった?」

 ヴァンテーラはわざと某に目を合わせておらぬが、興味津々なのは丸わかり。


「一言では……あの苦しみを一言では……。ヴァンテーラ殿、貴殿、魔法で正しく命を作り出すことはできるか?」

「さすがに……。それは神にのみ許された業」


 窓から外を見ている。雪は止み、白々と夜が明けつつあった。


「神以外で命を創造できる者。それが女でござる。男にはできぬ事。魔法でもできぬ事。それを女はやってのける」 


「……だから?」

 ヴァンテーラが振り返る。


「別に」

 首を左右に振った。


「……疲れたので寝る」

 ほんとに疲れていた。


「ああ、寝ろ。いつもの貴様らしくない。疲れて感情が高ぶってる」


 何も考えられない。だから、布団にくるまった。

 眠りにつく直前、やっと気づくことができた。


 出産を(いくさ)だと揶揄した。

 それは間違いだ。




 出産は戦の反対語だったのだ。



 もう一度、泣いてから寝た。


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