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16.出産の危機 でござる

 ボーラ殿の奥方、メラク様が臨月を迎えた。


 産婆が言うに、出産予定日は二、三日後との事。産婆も城に泊まり込みだ。

 ここ数日、ボーラ殿は仕事が手に付かないらしく、城内をウロウロしている。


 城の中がぴりぴりした空気に包まれている。


 同時に新しい命、それも跡継ぎが産まれるという期待も大きい。

 何ともグラグラした独特の空気であった。


 城の使用人達は、出産準備に大わらわ。

 朝、雪が止んだ時を見計らい、お女中達が手分けして買い出しに行く。

 何度目の買い出しでござるかな?

 城に残ったのはむさ苦しい男だけとなった。


 雪が降り出す前に帰ってきて欲しい。大変心細い。


『あそこに吊って干してある黄色いの。そう、それです!』

 ミウラが料理すると言っていた。今日はその料理のお披露目である。


『まさか異世界で普及してるとは。想定外です』

 未来の料理でござる。ワクワクが止まらない!


『料理と言っても軽いおやつなんですがね』

 今回も厨房をお借りした。


『話は逸れますが、旦那は昔、男だったのに料理できるんですね? 男子厨房に入らず、って諺があるのに』


「正月料理とか、男が作る風習があったからな。あと、母上の教えで、基礎的な包丁の使い方を体得しておる。戦場に赴いたら、料理できないと困るから、というのがその理由だ」

『武闘派のお母上ですね。理解しました』


 なんだかんだ言いながら手にしたのは、摺り子木状の芯に茶色いブツブツが鈴なりに成った乾物。


『コーンです。トウモロコシとも言います。ただし、異世界のコーンは硬過ぎる。日本で食べてたスイートコーンとは別種。茹でただけでは食べられないほど硬い。だから、小麦と同じように粉にして水に溶いて使ってます』


 ああ、あの黄色い粉か。焼いたり汁物にして食べるアレ。独特の甘みや香ばしさがあって美味しヤツ。


『干すことで長期間にわたり保存が利く。それが利点ですね』  


 さて料理だが、簡単でござった。


『充分干したハードコーンの身を芯から取ります』

「取りまーす!」


『フライパンが一番ですが、底の浅い鍋を充分熱します』

「熱しまーす!」


『バターと油を敷いて身を放り込みます』

「放り込みまーす!」


『木蓋を乗せて、退避!』

「退避……え?」


 ミウラが飛んだ!

 パパパパパン! パンパン!

 大きな音が! 


「な、何事でござる! 鍋の中が爆発したでござる!」

 刀に手を置き、腰を据える!


 覗き込んでいた料理人達が、ビックリして尻餅をついた。


『軽く揺すって、破裂音が無くなれば完成。美味しポップコーンの完成です』


 ちゃっかり最後尾でお座りしているミウラ。大きな音がするならするで、前もってだな!


『皆のビックリする顔が見たかったんですよ! どうです? 強烈な印象が残るでしょう?』

 悪戯っ子のような顔をするミウラであった。狙っておったな!


 蓋を開けると……白い梅の花のようなフワフワしたつぶつぶが顔を覗かせていた。


 塩を振ってから食べると、これが美味しい!

 癖になる歯ごたえ。バターの香りに軽い塩味。


 調理人達が争って手を出す。あっという間に無くなった。

 作り方も簡単だし、出来上がるまでの時間が短い。


『事前にアナライズしてたので爆裂種で間違いないと確信してました。こいつは充分乾燥させておくことが唯一のコツです』 


 その辺を料理長に伝えておいた。いつもに増して礼を述べられた。




 女中達は何度か帰ってきたが、昼飯を食ってすぐ、出払ってしまった。

 雪が降らなければ良いが? 西の空は暗いぞ?


 昼も回って日も陰りだした。間もなく女中達も帰って慌ただしくなるだろう。

 そうなる前にヴァンテーラの部屋を訪ねた。


『まだ、日は出ていますがねぇ?』

 やっぱりいた。


『ヴァンテーラ伯爵ですから』

 で、この匂いは?


「フッ!」


 お上品な笑顔を浮かべる吸血鬼。吸血鬼ってトウモロコシも食べるんだね。


「そうか、ポップコーンを知らないか?」

『知ってます』  

「白い料理は高貴の証し!」


『未来では屑食品(ジヤンクフード)に分類されています。栄養のバランスを著しく欠いた調理済み食品につけられる名称で、高カロリー・高塩分。そして他の必須栄養素があまり含まれてない食べ物です。売値はどんぶり一杯で10セスタ』


 蕎麦の半分ほどの値ではないか! 俗に言う安物でござる!


 伯爵の地位を持つ男は、優雅にジャンクフードを摘み、口へと持っていく。それは上流階級だけが会得できる優雅で洗練された動き。


『無駄な優雅さ』


「おお! 深紅のワインによく合う! 素晴らしい!」


 喜んで頂いてなにより。



 

「さて、ドラクリアの動きだが――」


 情報が集まってきたらしい。


「皇帝が出てきそうだ。出てくれば戦争だな」

「何故そうと言い切れる? 皇帝自ら初詣かも知れぬでござるよ」


「ドラクリアの現皇帝。一年前に跡を継いだ若造だ。これがまた実績が無い。悪いことにこいつの代わりが居ない。血筋が細いんだ。だから周囲の者達も強く出られない。若い皇帝のやりたい放題。その結果は分かるだろ? 戦争、英雄、領土拡大! 素晴らしきかな若者よ! 惜しむらくは、経験が絶望的に足りないことだ!」 


 大事(おおごと)でござる!


『出方を間違えたら、西の大陸は戦乱に巻き込まれます』

「とうぜん、魔族はこの機会を逃さない。……それは理解してもらいたい」


 むぅ!

 それを言われると言い返しようがない。水掛け論になる。


 落ち着く為、深く息を吐き、また吸った。

 某の呼吸音しか聞こえない。静かな夕暮れでござる。


 窓の外を……雪が降ってきたか。


 ……お日様の日が苦手なくせに、窓が大きいのな。


 ヴァンテーラの言は某へ向けた親切であろう。敵とは言え、ヤツにも立場があるからな。

 気持ちを切り替えよう。


「貴殿、ドラグリアの聖地に関し、何か知らぬか?」

「聖地? ああ、国境の小山だな。知ってるけど教えてあげない」


 こ、こやつ!


「正確には、人に教える権限が吾輩にないという事だけだ。頭が良い者なら、これだけで察しが付くはずだ」


 嫌らしい笑い方! 意地悪でござる! こんな時は――

「ミウラ!」


『残念ながら。ただ、魔族が最高級の注意か警戒をせねばならぬ場所か、もしくは存在が過去にあった、と言う所でしょうか?』


 それをぼそりと呟いた。


「ふふっ、頭は悪くなさそうだな。この話はこれまで。二度と口にするなよ」


 ミウラに負けそうなので黙りを決めたな、このコウモリ男めが!

 なんか調子出てないか? 


『もう夜ですね。本来、吸血鬼が活動する時間ですからね』


 むー。もう一度丹田に気を込め、気持ちを切り替えた。


「その後、ヘラス王国の情報は入ってこぬか?」

「そうだな、現政権を握っているのは分家筋の若い王。先王は病死。ついでに言うと先王の兄である先先王も病死。先先王の王妃は事故死。一方、革命家達の旗印は、とうに行方知らずとなった本家、先先王の息子と称し、また、正当な王子だと主張している」


 お互い怪しい背景をもっておるのな。


「現王は政治手腕に不安がある。長らく行方不明になってた王子は本物かな? お貴族の箱入り坊ちゃまが、野に下って何年も消息不明。生きていく術はお持ちだろうか?」


『この人、わざと旦那の不安を煽って喜んでませんか?』


「そうそう、つい最近現れたという王子様であるが、なんと白馬に乗って現れたそうだ。ここ、笑う所だな」


『王子と言えば白馬! 世界一有名なユニット! 全世界の老若女子が憧れる存在! わたしもお迎えに来て欲しかった!』


 キラキラした目で部屋の天井を見つめるミウラはおいといて……。

 白馬に乗った王子様。そんなに有名な組み合わせだとしたら、偽王子でも市井の民人は迎え入れるんじゃないかな? 噂を上手く広めればだけど。


 ヴァンテーラから間合いを外す為、窓の外へと目先を移動する。


 外はドカ雪となっていた。某の背丈ほど積もっている。

 この調子で降られると、数日は外へ出られぬな。


 ……お女中方は帰ってこれたのかな?


 そんな風にボヤッと考えていたら、ドアが激しく叩かれた。


「ノックの仕方も知らぬ礼儀知らずめ! 何者か!?」


 その言葉が終わらぬうちに勢いよくドアが開いた。

 ボーラ殿だ。


「メラクが! 妻が!」


 血相が変わっている。これには某だけでなくヴァンテーラまで何事かと身構えた。


「急に産気づきました! 陣痛が短い間隔で!」


「「ジンツウ?」」

 某とヴァンテーラの声が被った。


「ジンツウってなんだ?」

 ヴァンテーラ殿、某に解るとでもお思いか?


『産まれます! 今宵が勝負です!』

「産まれるのかー!?」


 大変でござる! だが某は狼狽えない。

『狼狽えてましたが?』。


 出産は産婆とお女中達に任せ、男はどっしりと構えていれば良いのだ。

 たしかに一度は狼狽えたかもしれないが、すぐに落ち着きを取り戻した。これも日頃の精神鍛錬の賜である!


「城の女共が帰ってきてません! 急に降りだしたこの雪です。町と完全に遮断されました!」

「え?」

「え?」


 某とヴァンテーラ。共に鳩となり、豆鉄砲を喰らってしまったようだ。


「現在、城には産婆さん以外に女が居ません! どうしましょう!?」

「え?」

「え?」


「ああ、イオタ様がおられました! 城で唯一の女性です!」




「え?」



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