9.行商人でござる
「僕の奥さんの名はミーニィで、ペットの犬はグッフッイーさ!」
『てめ! ばか! やめろ! 商業至上主義のエセ慈善家め!』
先ほどから行商人のミッケラーとミウラの言い争いが続いている。
何が気に入らないのか、やたらとミッケラーに噛みつくミウラである。ネズミ帽子を前にし、ネコとして獣ケダモノの性が急かしているやもしれぬ。
……いや、それはおかしい。
どちらも相手の言葉を耳に入れず、一方的に喋っているだけだ。
ひょっとして、いや、おそらくミウラの言葉はミッケラーに届いていないのであろう。
「ミウラよ。お主の言葉は、ミッケラーに聞こえてないらしいぞ」
『なんですって? 糞ネズミ! 外道! 偽善者! 権力主義者!』
早速ミウラが試しに入った。
「ネコちゃんの声がどうかしましたか?」
方や、戸惑い気味のミッケラー殿。
「……いや、先ほどからネコのミウラが……」
ちょっと考える。
「……どうもミッケラー殿にかまってほしがってそうな鳴き声だしている? みたいな?」
ごまかした。
「ハハッ! それは気づかなくて申し訳ありません」
『ミッケラー危ない!』
「ミウラちゃん、おじさんと遊びたいのかい?」
ミウラが仕掛けたフェイントにも反応はない。
『イオタの旦那にしか、わたしの声が聞こえないって事か。これは寂しいな』
ミウラほどのお喋りが人と会話できない。辛かろう……。
『いや、逆に考えるんだ。これは利用できるのだと。そう、人にわたしの声が聞こえないなら、人前で堂々とイオタの旦那にアドバイスできる、と!』
ミウラ、どこまでも前向きな漢みたいな女! ……雄だが。
『女子、および美少年の前で性的な暴言を吐いても気づかれない。おう! これは逝ける!』
女子の前にて、大声ですけべいな言を発する。……たしかにイケそうだ。
ミウラ、貴様天才か?
「ああ、ご挨拶が遅れました。改めまして、私はミッケラー・ビラーベック。ビラーベック商会より、このルートで行商を委託されている者です」
ちゃんとした御店者であるか。とすると、あの違い鷹の羽っぽい家紋は、ビラーベックの家紋であるか。
「今年で25歳。商売は15の頃からでしたから、かれこれ10年も続けてる事になりますな」
「ほほう、十年も商売に? 既に一人前でござるなぁ」
某と同じ二十五歳であったか。
ただし、同じ二十五歳である某であるが、剣術の稽古は五歳の頃より始めており、かれこれ二十年も続けていることになりますなぁ。
さて、いつまでも村の入り口で立ち話ってのもなんだ。文字通り何もないが、村に入ってもらおう。
ミッケラー殿には、相談したい事がいっぱいある。内、幾つかは重要な案件だ。
……伊耶那美様を疑う訳ではないが、ミッケラー殿を覗いておこう。
心眼!
種族:人間
性別:男
武力:二
職業:商人(証言人)
水準:乙
性癖:状況に芽生える
運 :六
乙とは……、商人として一流という意味であろうか?
あと、「状況に芽生える」って何で御座ろうか? 意味が解らん。
こっそりミウラに相談する。
「ミウラよ、性癖の欄で『状況に芽生える』とあるが、意味が解るか?」
『それは「シチュエーション萌え」の事でしょう』
蘭語であろうか? ますます意味が解らなくなってしまった。
『やるな! ミッケラー!』
なぜか対抗意識を燃やすミウラであった。
さて、村に起こった不幸をミッケラーに伝えるとするか。
やれやれ、前世の役目でもあったが、イセカイでも同じような役割を引き当てるとはな。やりきれぬでござる。これを最後にしたいでござるよ……。
「これは参りました。ネコ耳族の奥の村で取引が出来ないとは! 予定していた売り上げが! 仕入れた商品が!」
ミッケラーの狼狽えようが憐れである。話の最中にネズミ耳の帽子を脱ぎ捨て、今、頭を掻きむしっている最中だ。
商品の仕入れに金子を使っている。その金子の回収ができない。
御店を畳む。そんな言葉が某の頭をよぎる。
賊に襲われた商家から、売掛金の回収が無くなってしまい、潰れた御棚を幾つも見ている。
短いような長いような同心生活をしていて会得した心得がある。それは――。
我が身に取りこまぬ事だ。
いちいち親身になっていては体が保たぬ。心が病むだけだ。
「ミッケラー殿。見た頂きたい『モノ』がある」
「……なんですかな?」
先ほどまでの狼狽えぶりから一転。商人の目をしたミッケラーがいた。
して、場所を村に変え――
「こいつが盗賊の首領ですか? ふんふん、なるほど。こいつは確か……」
ミッケラーは荷物の仲から紙束の綴りを引きずり出してきた。似顔絵が描かれた紙の束だ。それを一枚ずつめくりだす。賞金首になってるのか、顔を確認しているのだろう。
「これだな。『バルディッシュのオーガー』こと『バルディッシュのオーガン』」
名前にちっとも差がないではないか?
二つ名を付ける意味が解せぬ。
「賞金が掛かっておりました」
ほう、やはり賞金首であったか。
「生死を問わずで10万セスタで御座いますな。小者ではないけど大物ではないってところでしょうか」
「十万せすた?」
一セスタは、何文であろうか? 某は知らぬ。
だが、商人相手に弱みは見せられぬ。
「ミウラよ、いかほどの金額であろうな?」
懐に放り込んだミウラへの問いである。
『ヌクヌク……。わたしにも分かりません。そうですね。ネズミ男に「宿屋の泊まり賃」を聞いてみてください』
なるほど。そこからセクタなる金の価値を探ろうという事か。頭良いな!
その事を問うた所、ミッケラーはあやふやに微笑みながら答えてくれた。
たぶん、某の意図を計りかねているのであろう。
「そうですね、1泊2食つきで500セクタが水準ですね。地域にもよりますが、それより高いと良い宿。安いと用心が必要な宿。田舎だと安いし、大きな町だと高くなりますね」
十万セクタは二百日間、泊まれる計算だ。
えーと、江戸近郊だと一泊だいたい二百五十文だから……、五万文。一両は四千文であるから、……。
十二両と二千文!
大金じゃないか!
『ビジネス基準で、……日本円で……諸説有りで100万? GSX1100Sカタナが買えた値段ね!』
刀でござるか? ミウラの時代でも刀が売られていたのか? 刀を買うにこの金額はこなれた値段でござる!
「イオタ様、相談が御座います」
揉み手しつつ中腰で上目遣いのミッケラー。いたな、こういう商人が江戸にも!
先ほどの問いの意図を見抜かれたか? 金銭感覚に乏しいことを。
ミッケラーほどの商人であらば、それも仕方なし。せいぜいケツの毛まで抜かれぬよう用心して話を聞こう。
「賞金を換金するには2つの方法が御座います」
ミッケラーは指を二本立てた。だから商談は苦手でござる。
「一つは死体を役所へ持ち込む事。一番近い役所は、ここから約10日ですかな」
「死体が腐る。それは不可でござる」
ミッケラーは指を一本降ろした。
「では公証人を立て、討伐の証明をしてもらう。幸いな事に、私、ミッケラーは公証人の資格を持っております!」
『各地を回る行商人なら大概持っていそうな資格ですね。小遣い稼ぎにもなるし、信用も得られるし』
ミウラの言に同意する。
小さいことをさも大事なことのように取り繕う。だから商人相手に金の話をするのは嫌だったんだ。
フウと溜息を一つつく。
「ミッケラー殿を信用して問おう。手間賃はいかほどだ?」
待ってましたと、ミッケラーは一段階上の笑顔を浮かべる。……こやつ、あと二段階は上の笑顔を持っていそうな商人だ。あと、絶対作り笑顔!
「賞金の3割で御座いますよ、イオタ様」
三両と三千文か。某の手取りは八両と三千文。十二両六千文からすると、だいぶ目減りするのな。
『30万持って行かれるのか。残り70万。WR250を小遣い足して買えるかどうか。こす狡いぜ異世界!』
だぶるあある? が、何か解らぬが、刀より安物のようである。しかし力を感じる言霊であるな!
ここは一つ、厳しく値切って……いや、鷹揚な人柄を見せて、油断させるよう仕向けるべき場面であろう。
「それで良いが、一つ条件がある」
「何で御座いましょう?」
「その方、行商の旅を続けるのであろう? ならば、拙者を賞金が換金できる町まで連れて行ってほしい。その間、無料で用心棒の役を引き受けよう」
ミッケラーは件の作り物の笑顔を顔に貼り付けたまま、しばし考える。
……こやつ、笑顔が下手だな。
「ようございます! この村で商売が出来なくなった以上、僅かであったとしても手間賃が欲しいのが本音です。おまけに10人の山賊を倒した手練れのイオタ様が護衛についてくださる!
まさに鬼に金棒、願ってもない事で御座いますよ!」
願っても無い事、なんて言っておるが、……では先ほど考え込んでいたのはなんだ?
これだから商人は信用がおけない。とは言うものの、ここは手を結ばねばならぬ。
「こちらからもよろしく頼むぞ」
「商談成立という事で」
ミッケラーがこちらに手を出した。なんぞ意味があるのか?
『旦那、握手といって、お互い手を握り合う習慣がこの世界にもあるんですよ』
ミウラは物知りだな!
「おっふ! これは肉球?」
「肉球がどうかしたか? ネコも持っておるぞ?」
「いえいえ、肉球に触れられるのは業界でご褒美とされています。特に深い訳はありませんよ!」
ご褒美って? ミウラも似たようなことを言っていたが?
そも、業界とはいかなる業界か?
まこと異世界とは摩訶不思議な所でござるな。
*円、両、金額に関しては諸説有りです。
ご意見ご感想お待ちしております。