15.イセカイ式饂飩 でござる
この城はネコが多く住み着いている。
城主がネコ好きな為、ネコも安心して生活できるためだろう。
むしろ自由にさせ過ぎているきらいがある。
この中で、ミウラは最年少。産まれて一年経ってないからね。
小さいからって、ミウラにちょっかい出してくるオスネコも何匹かいたが、全て返り討ちに遭っていた。
『古来より伝わる接近戦秘伝書、北斗拳全巻、竜玉斉天大聖全巻、馬牙道全巻、リングにこけろFR版全巻読破のわたしにとって、ネコの10匹や20匹、息をするように指先一つでダウン! パンを食った数は憶えていない! 俗に、四つ足相手に人間は武器を持って五分と言われてますが、四つ足には四つ足で対処できると言っておきましょう!』
城のネコ共は、ミウラに制覇されていくのであった。
「ネコ共の頭ともなれば、メスネコが放っておかぬだろう?」
『興味ありませんな。むしろまといつかれて厄介です』
「スケベし放題だぞ?」
『逆に聞きますが、旦那。旦那は、大型のオスネコに覆い被さってもらいたいですか? 性的な意味で。……それも有りですが』
「お断り致す!」
『でしょう? 同じ理由です。美少年か美人さんならOK。最低でも2足歩行が条件です』
意見の一致を見た所で、ヴァンテーラの顔でも見行くかと部屋を訪ねたら、あいにくと留守だった。
いつ帰ってくるとか、何処へ行ったかとか、城の誰にも言ってない。
『伝える必要がありませんからね』
自由すぎるでござるよ、ヴァンテーラ伯爵!
依頼しておいたんだよね。初顔合わせ美少女暴行未遂事件のすぐ後に。
ドラグリアを探っているって話の際に、ヘラス王国という言葉が出てきた。
そこで、正規に報酬を払い『マオちゃんマペットですね』、調査を依頼したのだ。
居てなかったらしょうがない。
時間が余ってしまった。さっき朝飯食ったばかりだし……。
久しぶりに昼飯でも作るか!
『また飯ですが? で、何作るんですか? 味噌と醤油はまだですよ?』
収納の中に一号から七号までの小樽で味噌を寝かせてある。
「今回それは使わぬ。代用品で間に合わせる」
厨房を借りる。
料理長は二つ返事で貸してくれた。某が何を作るのか、興味津々で見ている。うん、凄い集中力。
「大した物ではない」
小麦粉に水と塩を混ぜ、コネコネ。
『ネコがマッサージしてるみたいで、こう、なんというか……』
「饂飩でござるよ」
耳たぶの硬さに……。某の耳たぶ、モチモチ感が全くないでござる!
『落ち着いて! ネコに耳たぶはありません。肉球で代用しましょう!』
ちょっと硬くないかな?
ミウラの肉球で試す。うん、まだこっちの方が柔らかい。参考にして耳たぶの記憶を思い起こす。
ま、こんなもんだろう。
「はい! 手拭いを乗っけて足で踏み踏み!」
『踏み踏み~!』
「しばらく寝かすー!」
『寝かす~!』
「この間にお汁を作ります」
『先生! 醤油も昆布も鰹もありません!』
「コンソメに手を加えます。香草は無い方向で」
『お塩中心ですね』
「たっぷりのお湯を沸かします」
『湧かします~』
「そうこうしている間に、生地が充分寝てしまいました。斬ります!」
『そこは切ります、です』
「はい、茹でます」
『茹で上がりました』
「よそって、汁かけて、完成しました」
『いただきます! あちっ! しまった! ネコは猫舌だったんだ!』
「はっはっはっ! ミウラはおっちょこちょいでござるなーアチィ!」
某も猫舌でござった!
翌日の真っ昼間。ヴァンテーラ部屋のドアを開ける。
今度は居た。
『バンパイアのくせに昼夜問わず活動してるって、どうなんでしょう? アイデンティティが崩壊しませんか?』
難しいことは聞いてくれるな! 居たから良いじゃないの!
部屋に入って……ある匂いが。
テーブルに置かれた空の深鉢。
「ああ、これはウードンといって、太めのパスタを熱いスープに浸した食べ物だ。今日のように冷える日は体が温まって良い」
ものすっご自慢げな顔。それとこんな物も知らないのか? って見下した顔!
『こいつ! 吸血鬼のくせに饂飩食べたのか!?』
「某が昨日発案した饂飩を知ったかぶりしておる!」
「依頼されたヘラス王国の内情か?」
「そうでござる」
呆れてばかりいては話が進まない。強制的に気持ちを切り替えた。
「簡潔に言えば、内戦状態に突入しおったわ!」
「ナイセンとな!?」
『お家騒動です、旦那』
な、何て事だ! 理想郷でお家騒動とは!
「公儀に知れたら、お家取りつぶしの危機でござる!」
「知らない言葉が2つばかり出たが……。存亡の危機って程ではない。知っての通り、人間は、国同士で争う事を嫌う。それは魔物、ひいては、尊きお方が率いる魔族という共通の強敵が存在するからだ。よって内政に不干渉が暗黙の了解なのだ」
マオちゃんを戦場に出したくないなぁ。だとすると各国の戦力が低下する方が良いか?
いやいや、そうなるとスベアのヘイモ達、ゲルムの騎士団長とナントカ殿、ベルリネッタ嬢達が死ぬこともあり得る。
現状維持。力の拮抗が吉なのか? 大吉では無いな。
「人間の考えはこうだ。むしろ実力のある集団に実権を握って欲しい。でないと魔獣対策で足手まといになる」
それを聞いて安心した。
まずは予定通りヘラスへ入国し、お家騒動が納まるまで、どこか安全な田舎で暮らそう。
どっちの勢力が実権を握ってもかまわない。平和になればそれで良い。
「今の殿様による政は如何な評判でござるかな?」
「殿様? ああ、王のことだな。あそこは腐敗と自由に満ち、活気に溢れた良い国だ。異国の船が港に溢れている。仕事を選ばなければならないが、上手く立ち回れば、いくらでも金儲けできる。日の光が強くさえなければ、吾輩も別荘を一つ立てたい気分だ」
某の腕の見せ所でござるな!
「一人で質素に暮らすなら簡単だ。例えば、海の近くに住めれば、魚はほぼタダで手に入る。山側だと温泉に入り放題。よかったな、お一人様の楽園だ」
これは某用の情報でござるか?
「見方を変えると放置方政治。不公平な税制。貧富の差。外国の干渉。この辺りを不満に思う国民は多い。そこを過激派に突かれている」
どの国も幾つかの問題を抱えている。お上に不満を抱く民も多くて当たり前でござろう。
「現政権の突っ込まれ処はドラグリアだな。政治の中枢にドラグリア出身者が何人か食い込んでいる。それなりにドラグリアの意向を重視する体勢だ」
国の政に異国人が参加しているとな? とはいえ、権現様も異国の者を重鎮として雇っていたが、状況は違うのか?
「国の境界線、その半分が海に面したヘラス王国は紛れもない海洋国家。輸出入と海運力が国の要。そのどちらにもドラグリア人が直接関与している。国民はそこの所を不安に思っている」
異国の為に働く者が政の中心部にいては、何かと不都合もあろう。
「ここ、つまり西大陸で消費されている砂糖の8割がドラグリア産だ。その殆どをヘラスが輸入品として扱っている。ドラグリアに離れられるとヘラスの経済は大ダメージ。西大陸に砂糖が流れなくなる。弱みを掴まれた国は惨めだ」
甘みが無くなるのは一大事でござる!
「反乱軍は、ドラグリアを追い出して、自国民だけの国作りを目指しているようだ。得てして国粋派は過激化する。革命? はっ! くだらぬ!」
人間を見る目、それ以下の目を壁に掛かった絵に向けおった。
泉に佇む白馬を描いた絵である。馬も災難だ。
『分裂して派閥抗争の末、血の終焉を迎える。革命家は即時結果だけを求め、途中道程の重要性を無視し、結果として民意が離れる。碌な事になりません』
政治のことはよく分からんが、ギルドの情報と合わせると、ドラグリアが一丁噛みしておるようだ。
『この地は雪に閉ざされています。まだ時間がありますし、ゆっくり考えましょう』
であるな!
『今度はわたしが料理を作りましょう』
それは楽しみであるな!