12.兎狩り でござる
間もなく年末でござる。
某、ちょいと前から、時折、山へ猟に出ておる。
銃の練習を兼ねてだ。
『ストラダーレ・ライフルです』
ネコは一つのことに拘る。それを執着心と呼ぶ。ネコが祟るのはこの執着心によるものだ。
ミウラがめんどくさいので、鉄砲と一回だけ読仮名を打っとこう!
『ヴェグノ軍曹にもらった魔弾は3発。1発だけ幾ばくかの魔力を補填しておきました。結構気合いを入れたんですけど、エネルギー充填率1割です。これで全体像を安全に把握できるでしょう。……落としたりして暴発させないでくださいよ!』
「弾の尻を叩かねば暴発すまい? 某、そこまでマヌケでござらぬ!」
『絶対叩かないでくださいよ! これ伏線じゃないんですからね、絶対ですよ!』
ネコはしつこいでござる。
話戻して――
年始に兎肉を食べる。これが伊尾田家の習慣であった。……もとは母の実家の風習であったのを伊尾田家に移植されたのだ。
ホントか嘘か、将軍家では、正月三が日にウサギ汁を食する習わしがあったとか無かったとか、母が言うておったようなおらぬような。
拙者、イセカイ風に料理して食べたいのでござる。汁に入れず、素直に火で炙り、滴る油と塩と香辛料だけで食したいのでござる!
『だいぶイセカイの生活が身についてきたようで』
「違うのだ。違うのだよミウラ! 肉食獣としてのネコの体と、正月に食する肉が長寿の薬となる事の相乗効果による言祝ぎでだな――」
『はいはい。兎肉を食べたいんですね。お付き合い致しましょう』
日本人としての矜持をイセカイでも守る、という高尚な理由で、ボーラ殿が有する御狩り場へ向かったのだ。
御狩り場である山の麓、丁度いい場所に小さな村がある。いつもそこを狩りの拠点として利用している。
到着して一泊。翌日、夕刻まで狩りを楽しみ、夜に、得物を肴に村人達と一杯。翌日帰途につく。
鷹狩りを嗜む貴人の気持ちとは斯様なものでござろうか?
今回で三回目ともなれば、村人達とも気心が知れよう。
特に子供達の、某への懐き様が微笑ましい。尻尾と耳を触られ、ヘキヘキしておるが。
なんとも困ったものでござる。
『旦那は子供好きですね。将来、子煩悩な結婚生活を送ってる絵が想像できます』
「うーん、理想だな……、ってどうやって子供を作るんだ? 某、とっくにチ○コ無いぞ?」
『チン子が無くなるとチン子が寄ってくる。産んでください。できれば先生との子』
「断る!」
等と、馬鹿な会話を繰り広げつつ山に入る。
山は既に雪化粧。場所によっては歩けぬほど積もっておるが、殆どの所は充分歩ける程度の積もりよう。
夏は涼しく、冬は雪が浅い。
さすが御狩り場として選ばれた場所だけある。
「イオタ様」
城勤めの下男、初老の男パウリである。狩にはいつも付いてきてくれている。この村の出なので山に詳しい。
伝助的な立場だが、ヤツより余程役に立つ。
いや、伝助が呉服屋のお良ちゃんと夫婦になった事をいつまでも僻んでいる訳ではないぞ!
「昨日まで雪が降ってました。真正面の斜面は新雪が乗っかってるだけです。雪崩が心配ですから、近づかないようにしてください」
『ああ、谷間ですね。雪崩が起きると一番あかん地形。……トラブル巻き込まれ体質の旦那は特に聞き分けよくしてくださいね』
やかましいわ!
「だが、アレは早く何とかした方がいい。あの下に村があるでござる」
某の背の方向に村があるのだ。
「大丈夫ですよ、距離がありますからね。今までも時々崩れていますが、村まで届いておりません。安全マージンを計った場所に村が作られましたから」
なら安心でござるな!
で、狩りにはこのドワーフ製鉄砲『ストラダーレ・ライフルです!』の出番……。
今回、雪も積もっていることで、パウリが橇を持ち出してきた。
某、兎を狩りに来たのでござるよ。どんな大物を期待しているのでござろうか?
林を抜け、岩場を通り越し、そこそこ山を登った。
今日に限り得物の姿が見えない。
「常に風下をキープしてますし、別段天気が悪いって事ないし、何ででしょうかね?」
パウリも首を捻っている。
「ここんところ魔物も見かけないし、ただ単に拙者の運が悪いだけだろう」
『旦那の運の悪さは定評がありますからね』
某の運の悪さは、ミウラとパウリで補填して頂きたい。切に!
『とうとう一周して、もとの雪崩注意報発令中の谷にまで来てしまいました』
「イオタ様、ここから先は雪崩が怖いです。今日はボウズと諦めましょうや。耳の萎れたイオタ様も人気がございますことですし」
パウリが何を言ってるか解らんが、無茶はできん。
ふうと白い息を吐き、山頂と村を交互に見やる。
「そうだな――おや?」
何か、音が聞こえる。いや、風の音だ。
風の音が変だ!
『鼻が利きません。音はキャッチしました。谷で反響して位置不明です』
ミウラが背負子より飛び降りた。
パウリが緊迫した雰囲気に怯えている。
「イオタ様――」
「喋るな動くな! 何かがおかしい!」
石灯籠のように動きを止めた某ら一行。どこにいる、どこかにいる!
相手の出方をうかがう。何者であろうか?
あきらかに兎ではない。動いてはいけない。ここは我慢勝負である。
結果、勝負は某の勝ち。であるが、試合は向こうの勝ち。
巨大な影。
そやつは稜線の向こう側からやってきた。
空を飛んで!
馬鹿でっかい鳥!
鷲の体にツバメの尻尾!
いかん、下の村を狙っている。顔がそっち向いている!
「青の特徴的な尻尾! 怪鳥ギャロン! イオタ様! あれは人の肉を喰らう魔獣です!」
パウリの叫び声に反応したのか、怪鳥がでっかい目をよりギョロリと剥いた。
我等をその目に捕らえたようだ。
某の方に向け、嘴を開いた。珍しい事に、歯が幾重にも生えておった。
ボゥッ!
口から赤い火の弾を噴いたぞ!
迎撃でござる!
条件反射で鉄砲を空に向け、構える。
「ミウラ、魔法で撃ち落とせ!」
『強力な魔法で短時間で発動するといったら召喚系! いでよ! 隕石招来!』
ポトンと某の掌に隕石が落ちてきた。
「これ、生姜でござるな?」
『しょうがありませんね!』
「にゃごーっ!」
もういいっ! 鉄砲を撃つ!
ズバーン!
一発目。狙いは違わず、火の玉を貫く。
空中に炎の花が咲いた!
炎の塊を割って怪鳥が低い高度で現れる。ものともせぬか!
某を敵と認識したようだ!
ボルトを操作し、乱暴に空薬莢を排する。目盛り付き覗き穴を立て、中にヤツを捉える!
怪鳥は、雪原の中腹にかかろうとしている!
顔に比べやたら目が大きい。
攻撃の為、口を開いた。真っ赤な光が凝縮されつつある!
てっ!
残弾四ツを連射!
一発目、軌道が曲がって外れ。
二発目、チョイ右修正、口の中に着弾!
三発目、閉じかけの口の中。痛かったのか口を閉じる。
四発目、目尻を抉って弾は外れた。
「ピギャーッ!」
怪鳥は姿勢を崩し、真っ直ぐ下に落下していく。
尾羽がツバメみたいに長いのな。なんて事をぼうっとした頭で考えていた。
ズシィィーンンッ!!
墜落。地響き。口元で炎系の大爆発。白くて高い柱が立ち上がる。
そして……
「あの怪鳥、藻掻いてるな。体が重いんですぐに飛び立てぬのでござるな」
『旦那、そんなことより……』
「雪崩! 山全体が崩れたぁ!! もうダメだー!!」
アワアワしたパウリは、頭を抱えて雪の中へ突っ伏した。某もアワアワしていたい。
『全層雪崩ですね。あ、いま怪鳥ギャロンが飲み込まれた』
山が爆発した? 雪煙が空まで上がってる?
視界の端、左右と上下、全て白い壁。千代田に天守が残っていたら、あれくらいだろうか?
これなんていうダイダラボッチ?
両脇の山肌から流れていった雪崩が中央に集まり、波打って身もだえ、開放部分へ、つまり某らの方向、ひいては村の方向へとダイダラボッチがごとき雪崩が、谷を転がり落ちてくる。
『即対応できる魔法は持ち合わせておりません! フライトの魔法で上空へ逃げます!』
「だめだ、ミウラ! 村が――」
背を見る。このままでは村が飲み込まれる。
『では?』
白く光る弾丸を取り出す。
「一か八か」
鉄砲に魔弾を装填。
もはや天まで届く壁と化した目の前の白い化け物に、銃口を向ける。
「不利なのは、一割の魔力で通用するか? 有利なのは――」
『的は大きいこと。外れようがありません』
「そう言うこと。南無八幡!」
引き金を引く。
ブゥオオキュォオン!!
青白い光の直線が螺旋を描いて飛ぶ!
白い壁に突き刺さった!
髪の毛とか、なんかいっぱい後ろへ引っ張られる!
右から左から上から、吹き荒れる風が!
『これが巨神の大砲。波動ガン!』
「ふせろ!」
飛んでいきそうになったミウラの首根っこをひっ捕まえ、雪面へ突っ伏す!
「うへぇ! あんな大きなの橇に乗せられませんや!」
パウリが壊れた。
体の上を何かが通り過ぎ、同時にめくり上げられ、木の葉の様に転がり、斜面を落下していく――。