10.高尚な交渉 でござる
今週の土曜日は休みなんだよね~。
「なにゆえヴァンテーラ殿がここに?」
「ち、ちがっ! 違う! 吾輩は食事会にお呼ばれされただけで他意は無い! イオタと鉢合わせになったのは偶然だ! だから魔王には、この事を内緒にしておいてもらおうか!」
台詞に前後の脈絡が喪失してござる。あと、なにげに上から目線。
某、沈黙。
ミウラ、沈黙。
ボーラ殿、何が何やら解って居らぬ模様。目が泳いでおる。
「ならば何故拙者の後ろにこっそりと立つ? 顔見て驚いてたよね、拙者の正体を知らなかったでござるな?」
マントを首の所まで引っ張って口元を隠すヴァンテーラ伯爵。
「悪戯で脅かしてやろうと思っただけだ! イオタ……様の顔を見て驚いてなんかいない!」
否定しやがったよコノヤロ!
『口元を隠す行為は自信のなさを表す心理的作業』
ほーら!
「伯爵に対し、その口の利き方は何だ!」
『怒るという行為は誤魔化すと同義語』
某には利かぬ!
対応策発動!
「ばーかばーかばーか!」
最強の暴力とは、知性の無い言葉の応酬である。
ヴァンテーラの目が人のモノでなくなった。
「くっ! イオタ……様! ここで貴様を殺し、口を封じても良いのだぞ!」
そんなに様付けが嫌ならやめればいいのに。
「その場合、目覚めたマオちゃんになんと申し開きするか考えてのことでござるな?」
「うっ、嘘付いてでも押し切ってくれる!」
『ヴァンテーラの目が泳いでいます。これは水泳自由形世界記録が出そうだ!』
「ほほう、いたいけで純粋なマオちゃんに嘘をつくと?」
「う、嘘も方便と――」
「するとマオちゃんは騙される訳だ。それで貴殿の良心は全く痛まないと申すか!?」
「魔族に良心など――」
「心の有り様の問題でござるっ! 貴殿、マオちゃんの目を真っ直ぐ見つめられるでござるか!?」
とうとうヴァンテーラが膝を付いた。
「ダメだ、目を向けられないッ!」
勝った!
魔王四天王にして不死の帝王ヴァンテーラに勝った!
不死系連勝でござる。
「吾輩の負けを認めよう。だが、今すぐこの城から出て行け。身の安全だけは保証する!」
あ、この野郎! 権力を笠に着て反撃しやがった!
今から町へ降りても宿が取れるかどうか解らんぞ!
『旦那、献策いたします!』
よし、聞こう!
『相手は魔界の実力者。仲違いのままはマズイ。ですからゴニョゴニョ……』
「ヴァンテーラ殿、拙者も少し言い過ぎた。和解致そう」
「くっ! 敵の言葉は聞かぬ!」
そう言うだろうと思って、収納よりこっそり取りだした品物を手に乗せた。
「こ、これは?」
掌にのる小さな商品が二つ。
「イオタちゃん指人形四歳版でござる。これをお揃いで貴殿とマオちゃんに――」
加速を使わねば見切れない速さで指人形が奪い取られた。
「よし和解だ。この件とは別にツートラックで有り難く頂いておく。今宵だけはゆるりとされるが良い。今宵だけだぞ! ちなみに今宵とは今夜の事だぞ!」
今更取り繕った所で修繕した穴は消えぬ。
「あ、そうそう、貴殿が一つ約束してくれた事がござったな?」
「なんだ?」
「生涯、たった一つだけ願いを叶えてくれるという約束だ」
「た、確かに。……ちょっと待てイオタ・様。それをここで使うか? 勿体なくない?」
マオちゃんとならともかく、魔族でも有名なヴァンテーラと連んでいるなどと、危なくて公にはできぬわ!
「その通り。春になって山歩きができるまで、ここに泊めさせてもらおう。三食風呂付きで。南向きの一番良い部屋でいいから」
「バカかお前! ちっ! おいボーラ! 聞いた通りだ。一番良い客室をこのネコ様の為に用意しろ! 山歩きできる季節が来たら叩き出してさしあげろ!」
ただで宿を手に入れたでござる!
「は、ははーっ! 早速ご用意を!」
平身低頭のボーラ殿。目配せされた使用人が、慌てて駆けだしていった。
――だいたい人間関係が把握できた。
『わたしもです』
ボーラ殿とヴァンテーラの間に、なにがしかの取引があった。ボーラは、ヴァンテーラに頭を押さえられている。
騒動が一段落し、それぞれがテーブルを前に腰を下ろした所だった。
「あのー、よろしければ、ヴァンテーラ伯爵とイオタ様のご関係をお聞かせ願えるでしょうか?」
ボーラ殿は、恐る恐るいった体で、下からでてきた。
「うん? ああそうだな。経緯が解らないと間違いが起こるな」
鷹揚に頷くヴァンテーラ。
「詳しくは言えないが、大事件があった。解決に行き詰まっていた所、イオタ・様の協力もあって解決した。よって、イオタ・様に一つ借りがある。そんな所だ。これ以上の詮索は無用!」
「はい、理解致しました」
「イオタ・様もマセラティ領に関し他言無用。いいな!」
「ただ宿とただ飯の代償でござる。ご安心召されよ、うわはっはっはっ!」
と豪快に笑って見せたものの、使用人達の顔色が優れない。なにせ、魔族の大物が連中の主人の頭を押さえているのだ。仲良く話している某も、魔族と同類に見られているのやも知れぬ。
ところで、なぜ故、ボーラ殿はヴァンテーラに頭を押さえられているのだろうか?
ボーラ殿がおずおずと口を開いた。
「よろしいですかな、ヴァンテーラ伯爵?」
王が小間使いに対するような頷き方で許可するヴァンテーラでござる。こやつ、いつか背中から刺されるでござる。
「なぜ、私が魔族の下に付いているのか? 疑問に思っておられることでしょう」
辛気くさい顔を通り越し、情けない顔になったボーラ殿である。事情説明が始まるのかな?
「紹介致しましょう。わが妻、メラクでございます」
ドアの脇に控えていたのだろう。綺麗なお召し物を纏った女性が歩み寄ってきた。
艶々した黒髪を結い上げた美女。まだ若い。
後期中年のボーラ殿と年の差が開いている。
そして!
『お腹が大きい。赤ちゃんがいるのですね』
「お目出度でござるか? これは目出度い!」
「え、ええ。ありがとうございます」
眉を下げて僅かに笑うボーラ殿。額の皺は消えない。歯切れも悪い。
奥方のメラク様は頭を僅かに動かすだけ。
目出度くないのかな?
ここまで心に負担をかけてはいけない。お腹に障る。
世継ぎが産まれるというのに、騎士をはじめ使用人達も浮かない顔だ。
「事の始まりはメラクが病に倒れた時に遡ります。いろんな医者に診せましたが、原因不明。妻は日に日に痩せ細るばかり」
「魔法で治癒はできなかったのでござるか?」
「イオタ様は魔法を使えぬ獣人族のネコ耳族。ご存じないのでしょう。魔法は怪我を治癒しますが、病気は治せません。病人に治癒の魔法をかけると、何故か悪化するのでございます」
『病気は殆どが細菌やウイルス、えーっと厄神みたいなものですかな。元気を与える治療魔法は厄神にも元気を与えます。だから治療魔法は病気に逆効果なのです。あ、だから細菌まみれのアンデッドに治癒魔法でダメージを与えられるのか!』
また真理の扉を一つ開いたミウラである。全く理解できぬが。
『病気の場合、命を奪う魔法を細心の注意を払って適所にかけないと。治癒の魔法とは真逆ですね。あれ? これってわたしでも病人に治療できる?』
厄神だけを殺す要領であるかな? それなら理解できる。
「いよいよ覚悟を決めたときでございます。ヴァンテーラ様が私の前現れたのでございます」
「待たれよ、ボーラ殿。この話、皆に聞かせて良いのか?」
魔族と主人が繋がっている。それを使用人に聞かせて良いのか?
「構いません。ここにいる者共は、その現場にいた者共です」
「そこからは吾輩が話そう」
ヴァンテーラが割って入った。某に聞かせたくない内容があって、それをボーラの口から出させたくないのだろう。
「吾輩がメラクの病気を治した。肺の病だった。結構乱暴な方法であったがな。治癒と引き替えに、この城を使わせてもらうことにした。反対しても力ずくで使うがな! 裏切ったら妻と子の命を頂く。吾輩とマセラティ家の繋がりも世間に公表する」
力ずくだけでなく、弱みにもつけ込んだ。実に汚い手でござる。
「なんだその目は? 人間もネズミやカラスに容赦はすまい?」
一理ある。いや、あってはいけないのだが!
「そしてメラクの懐妊。10ヶ月になります。お腹の子は……」
ヴァンテーラに気を使ってか、ボーラ殿の言葉か尻切れトンボだ。
「吾輩は、特に失礼とは思わぬ。言いたいことを言えば良い。ましてや相手はイオタ・様。全てを話した方が良い。こやつはバカが付くほどのお人好しだからな! お前の心配事をズバッと解決してくれるかもしれんて。フハハハハ!」
そう言ってヴァンテーラは、真っ赤なワインをそそるように飲んだ。
「ま、魔族の影響が無いのだろうか? それが心配ですっ!」
『集中力ロール使用。5倍掛けアナライズ! よしっ、成功! お腹の子に魔族どころか魔法のかけらもございません。吸血鬼ヴァンテーラによる治療は母胎子供とも、全く影響ございません』
某もメラク様に対し、心眼!
種族:人間
性別:女
武力:1
職業:主婦
水準:甲
性癖:ドギースタイル
運 :3
魔法、魔族云々は解らぬか。普通の人間としか判断できぬ。
使用人達は、信じよと言って信じるだろうか?
性癖の所、エゲレス語は理解できんのだが……、今後どうにかならんかな?
「うーむ、これも一宿一飯の恩義の内。拙者がなんとかしよう」
『正確には博徒の慣習でございます』
「皆を集められよ!」