9.マセラトの町 でござる
「よいなウラッコ。もう拙者の後は付いてくるな」
「解ったッピ」
「今思えば、『何処へ行く』とか『何処へ行くな』とか、具体的な言葉を口に出していた。それが悪い具合にウラッコの頭にこびり付いたのだ。だから今回は、『何処へ行く』とも、『何処へ行くな』ともいわぬ。斬られたくなかったらこれ以上聞くな。よいな?」
「解ったッピ」
「ちなみに、拙者の目的地は憶えておるか?」
船の上で話をしたことがあった。
「えーっと……」
上手い具合に忘れているようだ。
「だんだん思い出してきそうな……」
いかん! 緊急対処!
「ウラッコ、そこへ立て!」
「こうだッピ?」
「そうそう。で、三歩歩け」
「1、2、3歩」
「今まで何の話をしてたっけ?」
「……なんだっけかなッピ?」
よしよし。処置は完璧に施されたようだ。
「では拙者、旅に出る。お前らはここで好きなだけ芸を売って稼ぐが良い。さらばだ。永遠に!」
「さようならだッピ!」
こうして、ダンジョンの町を後にした。
途中、何度か鉄砲の練習を兼ねて、兎っぽいのとか、鳥を狩った。
『鉄砲ではなくストラダーレ・ライフル!』
「かっこ悪いんで、なるべく言わないようにしていたのだが」
『なんで? 格好いいですよ!』
語感が故障しているミウラは置いといて――。
器用のスキルが働いたのだろう。十回も練習すれば、百発百中となった。
『速射テクニックをお伝えしましょう! ボルトを親指と人差し指だけで操作します』
「こうか?」
『引き金は中指で。グリップは握らずに掌を密着させるだけ』
撃つのとボルト操作がほぼ同時にできる。あっという間に五発全弾撃ち尽くした。
「あ、凄い! 早い! これがあれば幕府が転覆する!」
『何百丁も用意して、十字砲火戦術をとれればですけどね』
調子が良いときなら百間先の的『約1800m強ですね』まで当てられるようになった。遠くが大きく見える小窓を取り付けたら、であるが。
『狙撃眼鏡ですね。いずれ本格的なスコープを開発せねば!』
ミウラは銃が好きでござるな!
飛ばそうとすれば倍の二百間『3600mですか?』は飛ばせる。火縄で三十間を越えると命中率が下がる。それを思えば驚異の能力。
『いつか魔弾を試してみましょう。こいつ、実弾じゃないそうですからね』
「難しいことはミウラに任せる。ややこしくなりそうな実験ならば、人気の無くなる雪が積もってからでよかろう」
『同感です。人里離れた山の中で試射しましょう。実弾と違って真っ直ぐ飛びますからね! とんでもない飛距離が考えられます!』
そんなこんなで、順調に旅が続き、チラホラと雪が降り始めた頃にボーラ殿の領地、マセラトに到着した。
ここは、西からの道と東からの道、それと北から来る道の三つが交わる。
土地としては山の中だが、交通の要衝故であろう、賑わっておる。
通行税でがっぽり儲けておるようだ。
「雲が厚いな」
冬特有の厚い雲。陰気でござる。
『降ってきそうですね。この寒さですと、雪になるかも』
「だとすれば、イセカイの初雪……か」
イセカイに降りたった頃は初夏であった。盛夏を過ぎ、初秋中秋晩秋はあっという間。今は初冬でござる。
イセカイの家屋は、どこもかしこも石造りでござる。申し合わせたように赤い屋根。
でもって、町全体を見下ろす丘の天辺にボーラ城。
そんなに大きな城ではない。曇天の影響か、なんだか暗い印象を受ける。
背の高い塔が幾つか。居住館と思われる四角くて、これも高い建物。何階建てであろうか? 窓が縦に四つ五つ並んでいる。
『あ、コウモリ!』
ヒラヒラと黒い影が舞っていた。
この城も町屋と同じで全部白い石作り。屋根もちゃんと赤い。
城壁は無いが、険しい石垣の上に立てられているので、城攻めは難しかろう。
門はこちらから見えぬ。
典型的な山城でござる。
さて、安宿で一晩あかし、旅の汚れと疲れをとる。
身支度を調え、翌日早くに城へ挨拶でござる。某の正装、茜色の細袖に紺の袴。
身分の高い者に会うときは、印象つけるように!
えっちらおっちら丘を登る。丘じゃねぇ、殆ど山。高尾山か?
雪がチラチラ降ってきた。
今夜は積もるぞ。なんとしても泊めてもらわねば。
正門は立派なもの。橋が架けられていて、その先でばかでかい門が開いている。
門番が二人、槍を構えて勤めを果たしていた。
「頼もーっ!」
すんなり応接間に通されたでござる。
噂通り、ネコの姿をチラホラ見かける。ネコの城でござる。
「拙者、ネコ耳族伊尾田松太郎、イオタとお呼びくだされ。ここのネコはミウラ。躾は万全でござる」
『ミニャーン!』
一冬の宿代がかかっておるのだ。ミウラも、腹に力が入った甘えた声で媚びる。
「なんと気品溢れる可愛いネコちゃん! それと、この季節に旅の方、ネコ耳の美しき御婦人!」
御婦人と呼ばれて首の毛が逆立つ。もう帰っていいかな?
『我慢我慢! 宿代宿代!』
であるな!
「ああ、挨拶が遅れたな。私はマセラトの町の領主、マセラティ伯ボーラだ」
貴族としての雰囲気は十分にある。だが、てっぺん禿。背が低くて貧相。中年を通り越した中年。
高位の貴族に仕えるベテラン執事長に見えて仕方ない。
そして陰気。胃の腑を痛めていそう。
陰気と言えば、護衛の騎士っぽい人に覇気が無い。お付きの執事さんなんかは顔色が悪い。何か悩みがありそうな。
冬の田舎町は辛気くさくっていけない。
「先ずは挨拶代わりに、ミウラちゃんの首筋の臭いを嗅がせてもらおうか?」
『え?』
「え?」
状況を飲み込むのに時間がかかった。その時間の中でミウラを抱き上げ、首の後ろの匂いを既にクンクン嗅いでいる。
「上品な匂いですな。頻繁にお風呂へ入れてますね? 良いことです。きれい好きなネコちゃんは病気にかかりにくいのですよ。では続いて、お腹の臭いを。クンクン」
あのミウラが成されるがまま。某も固まったまま。
「香しい! 五指に入る良き香り! 素晴らしい!」
『あっ! ああーっ!』
ボーラ殿の手から逃れ垂直に飛び上がったミウラ。某の肩にしがみついた。今、空気の壁を蹴ってこっち来たよね?
「この町で困り事でもあったのかな?」
何事も無かったかのように……今のは幻でござったか?
「されば――」
一冬の件を持ち出してみる。
「むう、普段なら長逗留を進めるのだが……実は私の上役に当たる大切なお客様が、今夕お着きになる。今晩より長逗留されるので、一緒に泊めることはできない」
歯切れが悪い。
「ご迷惑のようなので、これにて失礼つかまつる」
武士はあきらめが肝心。町に降りて安宿を探そう。領主の名前を使えれば条件が良くなるだろう。雪が積もってなければ良いが。
「いや、待て。イオタは珍しい種族だしその美貌は捨てがたい。気に入って頂けるかも……」
なんか……尻尾の毛が総逆立ちした。
『ワンチャン有りです! わたしが我慢したんだから旦那も我慢してください!』
歯を食いしばって耐えるでござる!
「夕食を共にしないか? 夕食の席で珍しい話でも披露して貰えるなら、今宵一晩だけでも泊めてやろう。どうだ? 悪い話ではなかろう?」
『ネタは売るほどある!』
「喜んでお引き受け致す!」
部屋は大きめの窓がある部屋にしてもらった。
ただし、三階。下は石垣で絶壁。実質、六階以上の高さだった。
部屋の格としては、ジベンシルで泊まった本陣並。天井が高い。
万が一の場合は、窓をぶち破ってミウラのフライト魔法で逃げよう。
日が地の向こうへ落ちようとしている。
雪が積もりだしたので、薄く広く明るい。雪明かりでござるか?
でもって執事さんが夕食の用意ができたと案内してきた。やたら目が泳いでいる執事である。
この城に女性とかメイドさんはいないのか?
腰の物は収納へ放り込んだ。食事の席に段平は無粋でござるからな。
薄暗い廊下を執事さんの後ろについて歩く。明かりは蝋燭によるもの。ギリギリ明かりが届く距離を開けて蝋燭が立てられている。
廊下の角で、ネコが! 怪しく目を光らせてこっちを見ておる!
猫が多いぞ、この城!
さて、そうこうしている間に、宴会場へ案内された。
ビラーベック商会の大食堂より小さいが、調度品は上質な物。歴史を感じる。
この部屋もたくさん蝋燭が立てられているが、どうも薄暗い。魔法の照明でパッと明るくすれば良いのに。
『貴族は、そこにこだわるんです』
やっぱり成金では貴族に勝てないってことだ。
メイドさんに案内されて席に着く。テーブルに置かれた燭台の炎が温かそうに見える。
足下に座り込んだミウラも落ち着きなくキョロキョロしている。
『ボーラ伯が真ん前ってちょとおかしいですな? 案内が間違ってるのか、イセカイのマナーが違ってるのか、……あるいはボーラ伯の席が主人席じゃないのか?』
「大事な客が来るって話だから、客が主人席に座るんじゃないかな?」
『なのですかね?』
先ずは食前酒で乾杯となった。
深紅のワインだ。透明感の赤に闇色が差していて、実に深みのある色をだしている。芳醇な香りがこれまた素晴らしい。時間が作り出した逸品でござる。
「ところで、お客人は遅れておられるのかな? まだ城に入った気配が致しませぬが?」
田舎とは言え伯爵家を押さえつける客人だ。馬車行列もそこそこの規模のはず。到着に気づかぬはずあるまい?
「いえ――」
ボーラ殿は俯いていて表情が読めない。
「もう、お見えになっています」
燭台の炎が風も無いのに揺れる。
「ではお客人とご一緒に食事を――」
「主の食事は、美女の生き血――」
『旦那! 後ろッ!』
後ろの何かに向け、飛びかかるミウラ!
某は椅子ごと横へ転がる!
収納より太刀を取りだし構える。敵と正対する!
……どこかで見たような黒マント!
「ヴァンテーラ伯爵!?」
「ネコ耳のイオタ……様!?」
幼女性愛の吸血鬼にして、魔王四天王筆頭『自称』ディトマソ・ヴァンテーラ伯爵でござる!