8.事後 でござる
その後、エスプリとヴェグノ軍曹の間で取り決めが為された。
不死王エスプリは、教導賢者ロータス・エスプリを名乗る。
エスプリの研究に広大な地下王国は必要ない。地下王国の奥の一角だけを使う事にした。
アンデッドを使うことは止めにし、大幅に数を減らした召還獣やゴーレムを代替とする。
本来のダンジョンから湧き出る魔物は、冒険者ギルドに一任する。
エスプリの知識を得たいという探求者の諸君、ダンジョンという危険を冒してエスプリの元へ来るといい。迷宮の試練を越え、たどり着けた者にだけ教授しよう。ただし、女子は優遇および救済処置有り。
「すごいッピー! イオタちゃん、すごいッピー! さすがネコ耳の勇者だッピー」
「ほんとうね! 一切戦うことなく、話し合いだけで難しい問題を解決したなんて! わたし、てっきり戦いになるんだとばかり思ってたわ!」
「はっはっはっ! 次ぎに勇者と言ったらド頭に弾ぶち込むぞ! くっつくなオカマ野郎!」
どれもこれもミウラの手柄なんだけどね。
『旦那のよく回る口が有ればこそです』
……最近、侍として、その辺どうよ? と思うことばかり。
「ま、いっか」
『それは魔法の言葉ですね。諸刃の』
一件落着後、軍曹殿の家で、茶を飲んでいるのでござる。
様々な手配は軍曹殿がすると言っていた。でないと全く動いていないことになるからと。某としては、めんどくさい実務をしてくれるのだから異存は無い。
「イオタよ、お前さんには頭があがらねぇ。これこの通りだ。ドワーフは滅多な事じゃ頭を下げねぇ。軽い頭と思わんでくれ」
「よされよヴェグノ軍曹殿。こちらは興味本位で頭を突っ込んだに過ぎぬ。そこまでの礼は必要ない」
腰を折り、片膝を地に着け、深く頭を下げる軍曹殿。思いは充分伝わったが、逆に体がこそばゆくなる。
「でも命がけだったろ? 儂やドワーフの名誉なんてちっぽけな事にさー。それに見合う礼をしたい。とはいっても儂は金を持ってねぇし、イオタ殿はそんなもの受け取らねぇだろ?」
金ならよろこんで受け取るが?
「こいつを譲る。笑って納めてくれねぇか?」
渡されたのは鉄砲でござる。それも、エスプリが持っていた近衛兵仕様の上等なの。
軍曹のより一,二寸『5,6㎝』長く、八十匁『300グラム』ばかり重たい。色調は黒く艶がある。そこかしこに精巧な彫刻が施されておる。観賞用としても充分答えられる一品。
『まさに名工の手による美術品』
「ドワーフの宝。あんたなら必殺面制圧兵器としてじゃなく、鉛玉の発射装置として普段使いしてくれるだろ? 別に制圧兵器として使ってくれても良いけど」
「大軍相手に一人で戦いを挑む出来事には、滅多にまみえぬでござるからなぁ」
『旦那の運は1』
「こいつの正式名称はストラダーレ=ライフル。古の王、ストラダーレ・ランチヤ・ラ・リー様から取っている」
「有り難く頂戴致す」
恭しく両手で頂いた。
『波動ガンを手に入れた』
「付属品と、薬莢と弾になる金属もありったけの付けよう」
『銅ニッケルの白銅と、鉛アンチモンの硬鉛が欲しい』
それを軍曹殿に伝えた。
「ほう……。用意しよう」
にやっと笑われてしもうた。どういう意味でござろうか?
軍曹殿は、戸棚の奥に備え付けられた金庫の中をゴソゴソしてる。
「それとこれもサービスでつけよう。特殊非晶質製魔晶石弾だ」
薬莢と一緒に机に置かれたのは、弾丸が装備された実包が三つ。
昨夜説明を受けた魔弾でござるか?
「もう一度言うが、コイツに魔力をフルチャージできれば、とんでもねぇ威力を発揮する。但し使い捨て。再利用はできねぇ」
『魔晶石……じゃないですね。魔晶石を加工した道具ですね。表面に文様が浮かんでいる? これは一種の魔方陣。集中ロールを使ってアナライズ! 成功。うん、ブーストですね。ちょっと計算するには桁が大きすぎて……。おや? へたすると……。特に神産みされた旦那が使ったりしたら効果が……。だとするとこの銃身は?』
難しいことはミウラに任せよう。
これは有り難く頂いておく。道中、鉄砲があると狩が便利になる。
「それと、もう一つ。受け取って欲しいのがある」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべる軍曹殿。なにやら余計なのを背負い込みそうな予感がする。
「一度だけだ。一度だけ、ドワーフの軍隊を動かしてやろう。おまえ、きっとどえらいヘマをしでかす。逃げるにしろ、戦うにしろ、軍隊を出さなきゃならねぇ規模のヘマをやらかしそうだ。使いを立ててくれりゃ、すぐに軍を編成して突撃するぜ! 上手い具合に、命知らずの戦闘狂集団が儂の配下におる」
はっはっはっ! 大げさな! 某、イセカイにとって小さな生き物でござるよ。戦になんか関われるはずなかろう?
気持ちだけ有り難く頂いておこう。その気持ちが有り難いじゃないか。
もっとも、一介の老ドワーフに本国の軍を動かす権限などないでござるよ。
茶を飲ませて頂こう。
「あれ? 言ってなかったっけ? 儂は現国王の父親なんだ。世間で言う所の前国王?」
「ブフォ!」
「ピーッ!」
ウラッコの顔面に激しく吹き出したでござる!
大変身分の高いお方に馴れ馴れしく口を利いてしまったでござる! 切腹案件発生でござる!
「今回の料金、確かに頂きましたッピー!」
これが支払いで良いのか? 安いな。
もう一回ぶっかけてやるから、某に代わって腹切ってくれないかな?
うん、だんだんと良い案に思えてきたぞ。
『切腹はありませんよ。でも権利は頂いておきましょう。あながち軍曹の予感が……いえ何でもありません』
歯切れが悪いのが気になるが、ミウラがそう言うのなら頂いておこう、どうせ使うことなんか無いし。地元のヤクザを脅すくらいはできよう。
『旦那、ついでだから程度の良い木賃宿を聞き出しましょう。もう山は雪景色。春になるまでの数ヶ月をレップビリカ国内で過ごさなきゃなりません。できる限り宿代を節約したい』
その事を軍曹殿に伝えた。
「うーん……。イオタが男だったら無償で何年でもここに泊めるんだが」
心より女の体で良かったと思う日が来るとは思わなかった。
「こんな……気持ちは初めてだ。心が熱い。まるでイオタが男に……。どうしたんだろう? 初めて女に惚れてしまったか?」
「軍曹殿には男同士の愛を貫いてもらいたい! 木賃宿の件は忘れてくれ。自力で探し出すでござる! では失礼つかまつる!」
身の危険を感じ、席を立った。一刻も早くここから逃げねばならない。
「まあ待てって! 恩人に手は出さねぇって! 条件の良い安宿に心当たりがあるんだ」
その上目遣いの目! その色を含んだ目が信じられぬというのだ!
「東の山の方へ行ったマセラトって町だ。ドラグリア国境の町の一つ手前だから、万が一の時は充分逃げられる位置だ。町の物価は安いし飯も旨い。木賃宿なんか使わんでも安宿で十分冬ごもりできる。山だからどこでも暖炉装備だ。暖炉の前で丸まって過ごせるぞ」
『暖炉の前で! 魅力的だ!』
某、ネコではない! いやネコだけど!
「ちいとばかり小高い丘の上に小さな城というか要塞というか、関税を徴収する事務所っていうか、そんなのがある。運が良ければ一冬くらい、タダで逗留させて貰えるぞ。顔出しておくに越したことはない」
「良いのでござるか? 貴族の城にネコ耳族が訪ねても?」
「その貴族はネコ好きで有名だ。城で猫を飼ってる。ミウラを連れて行くとワンチャンあるかも、だぜ! ってかよ、貴族ってのは珍しい旅人を城に泊めて、話を聞いたり、逆に都合の良い噂をばらまかせたりするもんだ。貴族の高等な戯れ? ってか?」
うむ、挑戦してみる価値はある。
「かたじけない! この情報が一番助かるでござる」
「やっと恩が返せたって気がする。そこの城主はマセラティ伯・ボーラって男だ」
マセラティ伯、ボーラ様でござるか?
改めて思い出すと、某、貴族と相性が悪いようなのだが、大丈夫でござろうか?
『嫌な予感がしないこともない』
ど、土曜日、休みじゃないんだな……