4.死霊王 でござる
「どわっはっはっ! 旨い酒だ! そうだろ? イオタ!」
下弦の目で笑うウェグノ軍曹である。
御番茶を薄めたような薄茶色の酒。僅かに果物の香りがする。
強い酒だ。薩摩の焼酎並みでござる。
『匂いからして、スモモぽいので作ってるようです。わたしはネコですから飲みませんけど』
ここはウラッコとスヴィが出演してる酒場でござる。あやつ、すこしでも安く上げようと考えおってからに!
早めの晩飯と思う事にした某は、飯も注文しておいた。
茄子っぽいのに切れ込みを入れて、そこへ肉とか野菜とか香草とかブチ込んで、まるっと焼いたの。
これ、結構旨い。
店の人が言うには、これ食った坊主が旨すぎて気絶したんだと。
「食え食え! もっと呑め! どわっはっはっ!」
「いちおう拙者のおごりという事になっておるが、タダ飯だといつもより旨いのな!」
『最高の贅沢は、人の金で焼き肉を食うこと。真理です』
真理でござる。ウラッコの金で旨い物を食う。精神の面からも健康になれそうだ。
「どわっはっはっ! ……とはいうものの、酒はこの位で勘弁してやろう。夜が辛いし」
夜が辛い? 視線はスヴィへ。……ああ、なるほど。早く話題を変えよう。
「ところで、例の魔物の件でござるが、なにか心当たりがあるように見受けられたが?」
「ん? むう……」
いざとなれば黙り込む。さっきまでのご陽気は何だったのだろう?
『歌川国芳の髑髏、こちらを待ち構えていたような? 深淵を覗く者は深淵より覗かれる。ニーチェという偉い学者さんの言葉ですが、まさにこの状況!』
さすがミウラ、言い得て妙でござる!
それをそのまま軍曹殿に伝えた。まるっとそのまま。
初めて目がスヴィより離れた。軍曹殿は某をじっと睨んで、口を噤んだ。
やがて口を開き――
「イオタに隠し事は出来ねぇか。おまえ、人間と違って頭の中に見所があるな。ドワーフの考え方に似ている」
軍曹殿の体を上から下まで見る。樽のようだ。これが土の妖精崩れドワーフ!
『あるいは、ハーレーをこよなく愛するガチムキ髭モーホー。ってか、特殊例ながら旦那も同性愛者』
ドワーフと似てると言われ嬉しいような迷惑なような……。
「イオタよ、おまえネコ耳族のくせに魔法が使えるのか? 隠しても無駄だ。あの炎の魔剣な、……ありゃタダの剣だ。ドワーフの目は誤魔化せねぇ!」
「目が肥えてござるな」
誤魔化せるかな?
「目が肥えるとかそんなんじゃねぇ。魔法を使わなくても炎の剣は作れる。ドワーフの中でも、ちょいとばかしの腕を持つ職人なら作れるんだ。魔法を使わなくとも魔法に似た効果を作れる!」
軍曹殿の目は、黄色く濁った目だ。が、けして逃さぬという鋼の決意を感じる。
思わず怯んでしまった。
『わたしの時代と同じです。行きすぎた科学は魔法と見分けが付かない。魔法を越えた技術と理論を人間は手に入れて久しい。ドワーフの技術? 鼻で笑っちゃいますね!』
うむ、某にはミウラが付いている。ドワーフの技術を越えた未来人の知識を持っているのだ! 引けを取ることは無い!
『未来人は空を飛び、海を潜り、地を貫き、海の向こうの人と話をし、遠くの鎧を着た敵を一撃で倒す術を持っている! それを科学という。科学はオバケなんかいないと証明した!』
お化けの下り以外を某の言葉に変えて軍曹殿に伝えた。
「う、むむむ、イオタ、お前は何者だ?」
『ふっ、伊尾田松太郎。ただの同心さ』
某の勘が、ここを攻め処と告げている。
「伊達にハイエンシェントネコ耳族と呼ばれてはいないでござる」
口元に薄い微笑みを浮かべた後、コップの酒をあおる。ゲホゲホ! きっつい!
「そうか。ならば――付いてこいイオタ。宴会はここまでだ」
手桶でドブへ捨てるような勢いでたらふく酒を飲んだ軍曹だが、しゃっきりとした足で立ち上がった。
「よかろう」
某も腰の物を手に、席を立った。
『食べ残しが勿体ないんですが、空気を読んで席を立ちましょう』
ウェグノ軍曹の、小さな詰め所に戻ってきた。
「入れ」
中に入ると……地下への階段が口を開けていた。
軍曹殿は窓と戸に鍵をかけた。ずいぶん複雑な作りの鍵だ。
「この下が儂の家じゃ。勝手に改造させてもらった、ふひひひひ!」
悪い奴でござる。
階段は緩やかで、歩きやすい。
歩きながら軍曹殿が話し出す。
「ドワーフは魔法が使えない。じゃが、魔道具を越えた道具を作り出す。技術でカバーするんだ。ドワーフだけができる技術でな。そんな技術は魔法とさして変わらんとは思わぬか? さあ、明かりを付けよう」
どんな技術で明かりを付けたのだろうか?
『そこのスイッチを入れたんですよ。旦那でも明かりをつけたり消したりできます』
ミウラはドワーフの技術にも詳しいか!?
地下一階は広い部屋となっていた。天井が低いだけで、見た目はごく普通のイセカイの部屋だ。水屋だのテーブルだのが所狭しと置いてある。
『ドワーフは背が低いですから、わたし達からすれば、狭く感じるんです』
しかり!
「ここでござるか?」
「いや、この先だ」
水屋を横へ動かすと、隠し扉が現れた。そこを開くと、また下への階段が口を開けて待っていた。
「地下の隠し部屋じゃ」
「用心深いでござるな」
地下二階は倉のようでござった。
真ん中に長細い机が一つ。鉄板とか、細工物が乱雑に置かれている。
それとは対照的に、区分けされた棚が所狭しと並んでいる。それぞれに書物や、見慣れぬ道具が並んでいる。
床には塵一つ無い。綺麗に整理整頓されている。
軍曹殿は、奥の長持を引きずり出し、埃を払ってから蓋を開けた。
中から取り出したのは、さらに箱。軍曹どの背丈より長い。
「こいつはドワーフの秘密兵器――を儂がデチューンして再現した物だ」
秘密兵器とな?
『秘密兵器とは――』
「秘密兵器ぐらい知っとるわ!」
ミウラは某を何だと思うておるのか?
「なあ、イオタ。お前、そこのネコちゃんと時々ニャゴニャゴとお互い猫の鳴き声で絡んでおるが、それってネコ語か?」
『え? 会話してる風に見える? ってか、旦那と喋ってるって――、ああっ! 旦那がネコ語で喋ってるんだ! 旦那ってば、イセカイの言葉が自由だったはず。だからネコ語も喋れるんだ! 本物のネコは言葉を持ってませんが!』
そうでござったか! ここは激しくきっぱりと否定の一手!
「ち、違うでござる! ネコは言葉を操らぬ。ちょっとした心のふれあいでござる。小まめに構ってやることで、拙者との信頼関係を維持しているのでござる!」
「ふーん、ま、可愛いから良いか」
『これが可愛さだけで生物ヒエラルキーのトップへ立った王者の風格!』
ふー! 危うい所でござった。
気を取り直して秘密兵器でござる!
男心をくすぐる言葉でござる!
「こいつを開ける前に、なぜ『捨てられた地下王国』に、アンデッドが住み着いたのか? なぜ立ち入り禁止にしたか? それを話しておきたい」
ごくり。何でござるか?
『お、親の因果が子に報い。巡る因果は糸車。我こそは玉梓が怨霊?』
懐に飛び込んだミウラが小刻みに震えている。元女の子だものね。恐がりさんだなぁ。
夜の便所は一緒に行こうな。
「儂が調べたところ。いまより10年前に死霊王が住み着いた」
「なんと! シリョウオウでござるか? シリョウオウとな!」
『はいはい。死霊の王と書いて死霊王。自らの意思で生きている死体になった者。
無限の知識を求める魔道士が永遠の命を目指したなれの果て。知恵を求めて知恵に取り付かれた者、等との諸説有り。共通するのは、知恵や知識。
だいたいが黒い布を纏った即仏神の様な姿形。
死霊王は肉体を持ちますが、霊体でもあるため普通の武器では一切傷つけられません。個体によっては、弱い人間だと見ただけで死んでしまうとされています』
恐ろしい! 将門公並の怨霊でござる!
「死霊王のエスプリ。元賢者だった男!」
怒りに顔を歪めるウェグノ軍曹殿。顔色が赤黒くなる。
『廃されたとは言え、古里に巣くう死霊共。思う所が幾つもあるんでしょうな。ああ、怒るとハーロック傷に何とも言えない迫力が!』
ミウラが指すのは、軍曹殿の顔の真ん中を左右に走るギザギザの傷だ。
「あ、この傷のことか?」
某とミウラの視線を感じた軍曹が、顔の傷を指し示す。
その、死霊王と関係ある傷でござろうか?
『傷をつけた戦士を知りたいですね』
「若気の至りだ――」
軍曹は遠い目をして天井を見上げた。
「若い頃、美少年を巡って泥沼の――」
「もう結構でござる!」
『痴話喧嘩かかよ! それも男の三角形!』
この話は無かったことと致す!