3.あんでっど でござる
「儂も勢いで通れと言ったものの、入り口だけの見学な! なにも意地悪で進入禁止にしてる訳じゃねぇんだ。本当に危険なんだよ」
ヴェグノ軍曹は、スヴィの腰に手を回したままだが、顔は真剣だ。
スヴィはガタガタ震えている。
一応、自己紹介だけはしておいた。
『このウブな所が何とも言えぬ情緒があって良いですね』
こっち系のミウラの台詞は、聞かなかったことにしておこう。
「情けねぇ話なんだが、50年も前に遷都してからこっちタチの悪いモンが住み着きやがって……」
軍曹の話を要約すると――
ストラダーレ・ランチヤ・ラ・リー建国王の指揮により、鉱山開発兼、王国建設の為に、この地で穴を掘っていたそうな。
『ちなみに穴掘りはドワーフの習性です。地下に町を作って住むのが彼らのライフスタイル。えーっと、人生観、価値観を含む生き様や社会の営みです』
でもって、岩山を掘ってると、外に顔を出してない小さなダンジョンを掘り当てたそうな。
『おそらく未成熟な若いダンジョンですね。ダンジョンは生物だって説があります。何せ成長したり死んだりしますからね』
相変わらず詳しいな、ミウラ。毎度の事ながら感心する。
ダンジョンを掘り当てたドワーフたちは、そこを利用。ダンジョンの機能を利し、長きにわたり繁栄していったらしい。
『ダンジョンは魔物も生み出しますが、魔石や希少素材、その他の珍しい物品をも生み出しますからね』
衰退は、最初は忍び足で、第二段階は急ぎ足でやってきた。
地下王国のダンジョン部分は、いつの頃か希少な材を産出しなくなった。ダンジョンが年老いたか死んだかしたらしい。
ドワーフの繁栄に預かる形で人間の門前町も栄え、風紀が悪くなる一方だった。
東に出現した軍国主義のドラグリア帝国が強くなり、国境紛争地帯になってしまった。
人間同士の争い事に巻き込まれるのを嫌がり、とうとう北へと国を移動させたという。
抜け殻となった岩の王国は、引っ越ししたくないドワーフたちの自由意思に任せたという事だ。
空き家になったドワーフの地下王国こと捨てられた地下王国だが、実はダンジョンはまだ死んでなかった。
さすがに強いモンスターは発生しないが、魔物の彷徨う迷宮となった。
地下王国と言ってもその殆どがドワーフの町。引っ越しの際、掃き清めるようにして、全てを持ち去った。ましてや王宮の宝物は一番先に引っ越した。よって、不届き者が潜り込んでも、ドワーフの財など既に無い。よって被害は発生しない。
軍曹達残ったドワーフも、むしろ冒険者に潜ってもらい、魔物を退治してもらいたがっていた。
そこまでは良い。
ところが、発生する魔物が、いつの間にか死霊系に取って代わられたというのだ。
刃物は元より、弓矢も通じない。火の魔法は魔力的に限りがある。
死霊はダンジョンの門より外へ、けっして出ようとしない。
ならば、聖職者も好きこのんで不浄の地に潜ろうとしない。
結果、危ないので閉鎖・様子見となった。
「ってなワケで、門をちょこっと開けるから、外から中を見るだけな。今から門を開けるから」
名残惜しそうにスヴィの腰から腕を外し(粘着質の視線は向けたままだが)、壮大な門の脇にある石造りの小屋へ入っていった。門番の詰め所でござるな。
「開けっぞー!」
窓から顔を覗かせる軍曹。視線はスヴィの腰の辺に向けられているが。
軍曹が何やら手元で操作すると、石と石がこすれ合う音がし、巨大な石門が外側へ開いていく。
人が二人ばかり並んで入れる隙間が空いて、門は止まった。
真っ暗。外が明るいので、中が見えない。東に向かって作られているから、今の時間、日の光は差し込まない。
「そっから覗けー。危なくなったら首を引っ込めろ! すぐに門を閉じるからなー! 挟まれるなよ-!」
『なんか、こう……お化け屋敷を彷彿とさせる……わたし、お化け屋敷苦手なんですよ』
「幽霊の見世物小屋なら何度も覗いた事がある。チンケな作りだったせいか、さほど怖くなかった」
ウラッコは、素早く下がって遠くから首を伸ばして覗き込んでいる。
「わたしも行く!」
怖いけどヴェグノ軍曹殿の魔手逃れる為であろう。憐れ。
「ピー!」
嫌がるウラッコの手を引いて。憐れ。
「いざ、参る!」
『さてわたしは、旦那の後ろに』
「ダンジョンを経験したいと言ったのはミウラでござるよ?」
『ね、念のため、だ、旦那のお腰の物に火の魔法をかけときますね』
恐がりだな、ミウラは。元女の子だったから、それも仕方ないか。
左手を刀にかけておいて、そっと体を闇に近づける。
ここまで近づいて、まだ目の前は闇。何も見えない。明るい所に体を置いているので夜目が利かない。
「ま、入り口近くにゃアンデッドも寄りつかないし」
軍曹殿が詰め所より出てきた。あまり怖がると軍曹殿に笑われるでござるよ。
「では、失礼致す」
体を半身、門の中へ差し込む。
暗がりに身を置くと、すぐ目が慣れてた。
ここから見えるのは、石を積み上げて作られた広大な町っぽい構造物。
そして――
目の前には、青白い横線が幾つか。
見上げると、でっかい髑髏。何も無い眼窩に、人魂のような青白い炎が。
『キャー!』
「ミャうぁーっ!」
ボッ!
炎の吹き出す音。某の刀よりの音。
無意識に加速を使っての居合い式抜刀!
でっかい骸骨を斬り付けた!
「神閃裁断!」
骸骨が明るく照らされた。
ミウラではない! スヴィが飛ばした魔法だ!
骸骨が苦しそうに吠えた!
怯んだ隙に、すばやく後ろへ跳ね、方向転換。スヴィを小脇に抱え脱兎の如く駆ける。
「門を閉めろー!」
叫ぶ前から軍曹殿は詰め所に飛び込んでいた。
炎を吹き出す剣を構えて待ち構えるその目の前で、でっかい骸骨が炎に包まれ崩れていくる。
後ろから、同じのが三匹、こちらを覗いていた。
ゆっくり、ゆっくりと門が閉まっていく。
長すぎる時間をかけて、門はきっちりと閉まった。
結局、三匹のでっかい骸骨は門から出てこなかった。
「大丈夫か! 怪我は無いか?」
血相を変えた軍曹殿が飛び出してきた。
「な、なんでござるか? あれは?」
「ふぇえー」
「怖かったッピ!」
『歌川国芳!』
炎を吹き飛ばすように刀を一振り。鞘に収める。
「アンデッドの一種だろうが、初めて見る。大物だ。大物が、何でこんな所に? イオタさん、あんたの剣は魔剣か?」
軍曹殿は狼狽えておる。某も狼狽えておるわ!
『状況が変わった? それが何かは解りませんが。ダンジョン内の都合か、旦那が訪れた事による変化か?』
某に心当たりはないでござる!
「ダンジョンの中で何か変化があったようでござるな! それとこれは魔剣にあらず。でも時々魔剣でござる」
軍曹殿が眉間に皺を寄せておる。
「中で、何かが、あった……」
「心当たりがあるのでござるか?」
「いや、なに、うん……」
喋りたくなさそうだ。
「酒を奢るでござるよ」
「よし、腹を割って話そう」
『旦那、ドワーフは酒好きの底なしですよ!』
むぅ!
どうしよう。
こうしよう!
「ウラッコ。足の指は許してやる。その代わりに奢れ」
「喜んで! だッピ!」