1.エルフの少女 でござる
間話
「暇人でござるか?
神様はおられるでござろう? 我等両名とも直接拝謁したで御座ろう?
地獄は知らぬが、魔界はあるぞ。マオちゃんはきっと良い領主になれる!
国が無いって? では人は何の元に集えば良いのだ? 公共事業は誰が主導するのだ? 飲み水や米の相場は人任せか?
犯罪は起こらぬのか? 人の考え方はそれぞれでござろう?
殺意と武器を手に襲いかかってくる盗賊の類いを斬ってはいかんのか?
主の為に、家の為に死んではいかんのか?
某のような武と名誉の名の元に生き、太平を愛する人間は、世界太平の為に矯正されるのでござろうか?
そもそも神も仏も無い世界で生きたいのでござるか?
人をただ放置しておいて太平の世は来るか? 太平の世が幸せで、争う世が不幸。それは当然。バカ以外は理解しておろう。そのバカを無くす為に教育が必要でござろう?
趣味趣向性癖が違うのだ。人は一つになんか成れるわけあるまい?
性癖がみな一様となった世界はさぞや楽しいのでござろうな?
財産が無い? どうやって生きていく? 前に聞いた共産社会でござるか?
タダまったりと過ごすだけの人生って……はっ! 共感できるでござる!」
『どんな時代背景で生きてきたか。それで解釈の変わる歌ですな。旦那の前でO崎さんの歌は、いえ! なんでもありません!』
レップビリカ王国、国境の関でござる。
某、形は冒険者だが、冒険者ギルドカードを持っていない。商業ギルドカードなら持っているが、商品を運んでいない。
仕入れできるだけの大金は持っているが、税をかけられるので収納へ隠している。懐には当面の小銭しか入ってないので仕入れはできない。
どこが商人か?
疑われること必至。
『イオタの旦那、お任せください』
頼りになる事を言ってくれるのはチャトラ猫のミウラ。
謀はミウラにお任せでござる。
「そのネコ耳、そのネコ尻尾、見事なネコ耳族! ネコ耳族のイオタってどっかで聞いた気がするが? はて?」
国境警備員が頭を捻る。
「それはおそらく冒険者ギルドのイオタ・モテスギロー殿でござろう。拙者、商人のイオタ・マツタローでござる。拙者らの国では、先に家名を名乗るので、イオタは家の名前でござる。イオタ姓は多い。モテスギロー殿とは同族と言うだけでござる故、別人でござる。ほれこの通り、商業ギルドのギルドカードを使っておる。勇者とやらのイオタ殿は、冒険者ギルドに参入していると伺っておる」
「商人にしては……商品を持ち合わせていないようだが?」
「商品や金は持ち合わせておらぬ。商品の輸送や売買だけが商売ではござらぬ。拙者、ビラーベック商会本店より遣わされた監察課、監査係長でござる」
「ビラーベックと言えば、大手の商会じゃないか!?」
「支店で不正を行っておらぬか、その調査でござる。故に内密にお願いしたいでござる」
「そういうことか。よし通れ!」
『ほーら、通行税もほんのちょっぴりで済んだ』
ミウラの手にかかれば、国境警備隊員なんぞチョチョイのチョイでござる。
さて、なんやかんやで、田舎町へと流れ着いた。
道は石畳。家は石造り。イセカイではよく見かける赤い屋根。そこそこ高い塔。山の上にまで背の高い家が建っている。その向こうの尖ってるのは城だろうか?
橋までもが石造り。なんもかんも全てが石造りの町でござる。
町の外れに赤茶けた岩山が見える。数多くの石材は、あそこから調達したのであろう。
ここは団十郎の町と呼ばれてるらしい。市川團十郎と縁がある町でござろうか?
『ダンジョンの町です、イオタの旦那』
だん……じょん?
『ダンジョンとは、主として地下迷宮のことでございます。だいたいが魔物の住み家にして、珍しい宝物が隠されているハイリスクハイリターン、危険は高いがそれだけの高収益を得られる場所。冒険の主舞台と言って差し支えありません』
「そのような危険な場所に入りたくないな。冒険者ギルドをやめて正解であった」
某、平和を愛するネコにて御座候。
『それが危険を冒す価値があるんですよね。ダンジョン内は強い魔物や魔獣が徘徊しておりますが、千両箱や、正宗村正を越える名刀、南蛮胴をはるかに凌駕する鎧が落ちてたり、珍しい魔法の道具……これは概念外でしょうから、えーっと、50間、いや100間の射程で弾込簡単連発可能、全天候型火縄銃クラスの武具が、レアな、低い確率ですが出現したりします』
そ、それはちょっと欲しいでござるな。危険を冒し、一儲けする魅力も避けがたい。
屋台で買い込んだ昼飯を食べながら、広場で高くなった空を見上げ、物思いにふける。
広場のあちらこちらでは大道芸人達が自慢の芸を披露しておる。
既に季節は冬。間もなく雪に閉ざされようとする気配が濃厚。その中、少しでも銭を稼ごうとする心意気やあっぱれ。
「……やはりダンジョンはやめよう。我等が目的はタネラでまったり生活。ギスギスとした仕事は懲り懲り。なにせ某は冒険者から足を洗い、今はタダの商人でござるからな」
『異世界名物ダンジョン。異世界に転生したからには一度は潜ってみたかったんですが……命には代えられませんしね』
賑やかな広場とは対照的に、寂しそうなミウラだった。
「入り口くらいなら覗いてみても良いかな?」
『旦那!』
キラキラした目で見上げるでない。小っ恥ずかしではないか。
ごまかす為に広場の大道芸人に目を向ける。
綺麗な笛の音に合わせて、これまた綺麗な声で歌う黄色い塊が……。
「二天一神流奥義! 岩山両斬刃!」
「ピーッ!」
『おお! 柳生新陰流真剣白刃取りの奥義!』
ウラッコぉー!!
「お前っ! 北へ行ったんじゃなかったのか? あれほど北へ行けって言い含めていたろ? 南は外せと……はっ! まさか!?」
「ピーッ! あの時は動転していて、記憶に残らなかったッピー! 後で思い出すと『南』という言葉が浮かんだっピー!」
しまった! 念を付く為に挟んだ「南」という言葉だけを拾ったか!
『既視感が半端ないっすね?』
「某のバカヤロー!」
火事場の何とやら、渾身の力を鍔迫りに込める。
「ピーッ!」
ウラッコの得意技、真剣白刃取り対策でござる。このまま押し斬ってくれよう!
「まあ、まあ、お二人とも! この場は私の顔に免じて!」
「武士の情けでござる! 本懐を遂げさせて……はっ!?」
仲裁に入ってきたのはメッチャ美人!
世にこのような美少女がいて良いのであろうか?
良いはずがない! いや、現にいる!
年の頃は十三、四。子供から大人になりかけ。ゆえに背丈は低い方。
顔の造形は神の手によるとしか思えない。
背まで伸びた髪は金髪と言うより飴の様。目は宝石のように透き通った緑色。
美しいなどといった言葉で表現なぞできまい。むしろ怖いかもしれない。
おもわず、刀に込めた力が抜けてしまった。
「みんな仲良くしましょう。武器を置いて。ねっ?」
にっこり笑う美少女。その笑顔、弁天様でも裸足で逃げ出し、天下をも手中に収めることが可能でござろう。これがヒマジンの歌でござる!
世界平和でござる!
ぜひとも友誼を結びたいでござる!
「私はスヴィ。スヴィ・マキ・ティーファ。見ての通りエルフよ」
クルリと回る美少女スヴィ様。丈の短いスカートがふわりと舞う。白くて柔らかそうな太ももが眩しい。目の置き所に苦労するでござる!
「え、えるふ?」
『森の賢者……といえばオラウータンみたいですが、えてして森の閉鎖社会に住まう賢き妖精で、特殊にして高度な文明の持ち主です。寿命が数百年から無限とされている長寿種族でもあります。ちなみに派生種族としてダークエルフとエロフがございます。諸説有り』
よ、ようせい?
『そこからですか? 精霊とか、良い妖怪魔物といった意味合いです。エルフの外見的特徴は背が低くて華奢。耳が尖ってるなどです』
ああ、ほんとだ。耳の天辺が尖ってる。
「コホン! せっかくの仲裁でござる。刀を納めよう」
「ありがとう! ネコ耳さん!」
某の胸に飛び込んできたでござる! よい子でござる! 良い匂いがするでござる!
『一度空を見上げ、もう一度見る。うおっふ! ポニテのネコ耳美少女の胸にエルフ美少女が顔を埋めて! 夢にまで見た百合の絵面! ここに可愛い子ネコが加われば竹久夢二の黒船屋が絵的に完成するはず! えいやー!』
えるふのスヴィの薄い胸元へ飛びこむミウラ。おのれ! 薄くともその美と魅力は些かも揺るがぬ! 某も飛び込みたい! 否、飛び込まれただけでも幸せ者でござる!
ここは冷静に。そうでござった。某、女の体を持つ者でござる。どうにかして一緒のお風呂へ雪崩れ込みたいでござる!
「スヴィちゃんは笛の名手だっピ。僕の役割は笛に合わせて歌うことだっピ。『ウラッコとスヴィ』で売り出してる最中だっピ!」
「うん、そうだね、『スヴィとウラッコ』に今すぐ改名しろ。それと、泊まってる宿を紹介しろ」
「喜んでッピ! 協力するッピ!」
鯉口を切る前に快く了承してくれた。ニコニコ顔で頷いている。
くくくくっ! これでスヴィちゃんとお近づきになれるでござる!
「安心したッピ。イオタちゃんも普通の女の子だったッピ」
「普通というか、なんというか? え? なに?」
某の胸をスリスリしているスヴィ嬢の可愛いつむじを見下ろす幸せしか感じませんが?
「スヴィちゃんは男の子だっピ」