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24.ジベンシル王国を後に でござる

 魔王は……マオちゃんは長き眠りについた。

 引きこもるとも言う。

『諸説あり』




 某とミウラ、そしてベルリネッタ姫は、宿屋に戻ってきた。


 一階の飯処で、力なく座り込んでいる。重たい刀を鞘ごと抜き、それにもたれるような姿勢で椅子に座っていた。ミウラは某の足下で四肢を放り出して寝転がっている。

 食卓に、湯気の上がる茶が並んでいた。ベルリネッタ姫の気遣いだ。


「500年後、魔王が目覚めたら如何致しましょうか?」


 当然の質問でござるな、ベルリネッタ姫。

 聖騎士にして騎士隊長であるなら、当然の心配であろう。

 今はそれに答える気力も無い。


「しばらく、放っておいてくだされ」


 もたれていた刀を取り上げ、腰に差す。この動作だけは体に染みついたもの。無意味にメリハリがござる。


『旦那、猫背になってますよ』

「某、ネコでござる」

『回りを騎士に囲まれてるんです。ピンシャンしてください!』


 言われるまで気づかなかった。耳と鼻が伝えてくれた。宿屋は大勢の騎士に囲まれている。

 しかし害意は感じない。ベルリネッタ姫の手勢であろう。


 階段を上り、二階の部屋へ向かう。ミウラが後をトコトコついてきた。


 当然のようにベルリネッタ姫がついてくる。


 建て付けの悪い戸を開け中に入る。ミウラも後に続く。相棒だからな。


「拙者が出てくるまで、誰も入れるな。姫もだ」

「イオタ様!」


「しばらく一人にしておいてくれまいか? 後で……話す」

 掠れた音を立て、戸を閉めた。



 

⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰




 わたしはジベンシル王国騎士隊長! 誇り高きボクサー家の聖騎士・ベルリネッタ。英雄ベルリネッタと呼ばれていたが、その二つ名は先日返納した。


 本物の英雄、いや、勇者がこのドアの向こうにいるからだ!

 我々は、廊下にただ突っ立っている。――だけで済ますつもりは毛頭無い!


「では総員、警備配置に付け! 誰も近づけるな!」


 わたしの部下は律儀だ。文句一つ言わず散っていく。

 一人を除いて。


「イオタは、また逃走するのではありませんか?」


 猜疑心溢れた、……嫌な目だ。

 それに対し、わたしは剣に手をかける事で対応した。


「ジベンシル王国が受けた恩義にかけ、騎士としての誇りにかけ、ジベンシル騎士団の意地にかけ、もう一度命ずる。その口を閉じ・静かに・おとなしく・だまって・持ち場についていろッ!」


「も、申し訳ありません!」


 そそくさと担当部署へ向かい駆けだしていく馬鹿野郎。世界情勢を理解せず、恐怖でだけで動いている。一生、昇進は無いと思え!


 その背に声をかける。


「貴様の名誉、この仕事で挽回せよ!」


 イオタ様に万が一のことがあれば、わたしの首一つでは償えない!


「長丁場になります。最初から飛ばさぬよう、お気を付けください」


 爺……長いこと付き従ってくれている有能な副官。有り難いことだ。


「解っている。ああ見えてイオタ様は存外にタフだ。すぐに戻ってこられるさ!」


 そうだとも! 

 イオタ様は一度たりとて逃げた事の無いお方。この度は我等の手に余る、つまり我等に犠牲者が出ぬよう、黙って、たった一人で戦いに赴かれたのだ。

 お優しい方ではないか! 強いお方ではないか!


 イオタ様は、負けない!




 その夜は何事も無く過ぎ、次の日も過ぎた。二日目も無事に過ぎた。

 この間、わたしは持ち場を離れなかった。床に座って仮眠を取り、立ったまま携帯食を囓る。

 マシな飯を食いたい?

 イオタ様は何も口にしておられぬ。携帯食でも食べられるだけ贅沢だ。

 寒くなってきた? 騎士なら口に出さず耐えておれ!

 他の者も同様にしている。イオタ様が戻られるまで!




⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰

 



 一晩寝たら、気持ちが落ち着いた。


『気が変わりやすい、あるいは物事への執着が長続きしないのがネコの特徴ですな』

 ……身も蓋もないでござる。


 細い棒きれを取り出し、ミウラの眼前で振ってやる。


『くっ! この! 体が勝手にッ!』

 前足で掴もうとするが、すんでの所で左右に躱す。それが余計にミウラの闘争心に火を付けるらしい。


 実にさっぱりしたもの。今は助かる。


「さてでは――」


 放り投げた棒きれにやっとの事でしがみついたミウラ。こちらも執着が無くなったのか、すぐに文机の上へと飛び上がってきた。


「作業開始でござる!」

『お手伝い致しましょう!』


「その前に、腹が減ったな。収納に入れておいた飯を出すか」

『暖めるのはお任せください。分子振動による誘導加熱! ネコニ・コ・バーン!』


「肉もあるぞ!」

『豪勢ですね!』

「食え食え! みんな食っちまえ!」


 便所? ネコだから屋根伝いに何処にでも行けるわ!



 三日目の早朝、


「500年後、魔王が目覚めたら、これを渡すでござる」


 ベルリネッタ姫に渡したのは、厳重に鍵をかけた一抱えもある木箱。


「再封印用の魔道具が納められてる。けして開けるな! 人の目に触れれば効力を無くすでござる。努々(ゆめゆめ)疑う事なかれ」

「ははーっ! 確かに頂きました」


 ベルリネッタ姫は、畏まって木箱を手に取った。


『中身は、際どすぎる布きれを纏ったイオタちゃん人形彩色可動球体関節改訂版。色違いコス付きですよ。ベルリネッタ姫』


 聞こえないからいいものの。

 見つめ合うミウラと某。

『わたしだったら、それだけでもう500年引きこもれますね』






 いつの間にか、寒さが堪える季節となっていた。

 お天道様は力を失い、鉛色の雲が空を流れる。冬でござる。


 いよいよ国境を越えるでござる。 

 目の前にはジベンシル国境の関。


『ジベンシル王国の東南方向がレップビリカ王国。小さな国です。ここの南が目的地タネラを有するヘラス王国です。山越えが待ってますから、レップビリカで冬を越し、春に大山脈を越えましょう。冬の間に大山脈越えのルート調査や装備を調えましょう』


 ここまで、色々あったが、来てみると早いものでござったな。


『ついでに隣国、ドラグリア帝国の情勢も調べなければ。今までの流れですと、高確率で絡んでくるはずですから』

「はっはっはっ! 何を言うかなミウラ。某、ドラグリア帝国とは些かの関連もござらぬよ」


 ほんと、なに言ってるんだろうね。ミウラの小心者さん!


「我等はここで見送らせて頂きます」


 国境まででベルリネッタ姫と、完全武装の部下二五名が付いてきてくれた。

 おかげで不届き者による襲撃はおろか、魔物による襲撃も一度とて無かった。

 ベルリネッタ姫とはここまでだ。

 姫は目立つ。姫を連れて関に入れば、向こうの国レップビリカの国境守が要らぬ警戒をする。

 故に見送りはここまで。


「国境警備隊のものには使いを出しておきました。充分言い聞かせております故、大手を振ってお通りください」

「お心遣い痛み入る。正面から出国できることを誇りに思うでござる!」


 真剣に関所破りを考えていたからな。御法度破りなどしてしまえば、ご先祖様に申し訳が立たぬ所でござった!


「姫にはいろんな事で世話になった。この恩、一生涯忘れることは無いでござる!」

「イオタ様、この国にとどまってはくださいませんか? イオタ様なら、伯爵の位をもって迎えさせて頂けるでしょう」


「有り難い申し出ござるが、拙者の旅には目的がござる。武士の一念でござる!」

「そうですか、……残念です」


 約束の地、この世の天国、タネラへ。その誘惑は何物にも代えられぬ!

 ……そもそも、伯爵って何?


『貴族の位ですね。一番上が侯爵。おおざっぱに言うと王の血縁者。件の伯爵は、御維新後の日本で言う所の、井伊家の彦根藩。出羽上杉の米沢藩。伊達仙台藩。京の伏見家等が伯爵相当で有名な所』

「え?」


『そうそう、大事なお家を忘れていました。徳川御三家も伯爵家でした』

「え?」


『旦那、右足上がったままですよ。降ろさないと前へ進めませんよ』

「う、うん」


 ……お、惜しい事したかなー?


「イオタ様、お顔の色が優れません。やはり、まだ引きずっておられるのでは?」

「そのようなことはない。しんぱいごむよう」

『返事が平仮名になってます』


「イオタ様、何かあればお声がけください。このベルリネッタ、全ての職務を投げ出し、イオタ様の旗の下、駆けつけることでしょう!」

「そのような事が無いよう祈っていてくれ。ではさらばでござる!」



 大勢に見送られ、国境の関へ入っていく。

 ベルリネッタ姫達は名残惜しそうに手を振っている。いつまでもいつまでも某を見送ってくれていた。


 余程きつく言われているのだろう。ジベンシル側の関守達は、指導係と間違うほど立派な騎士式の礼をもって、某を通過させてくれた。何かを要求されたり、荷物を調べられることもない。ましてや通行税を支払うこともない。


「さらば、ジバンシル。さらば……」

 二つ目は……言わぬが花でござろう。


『旦那、引きずってますよ』

 引きずっておるか?


 なにゆえ引きずるのかな?

 生あるもの故、逃れられぬ足枷でござるかな?


『わたし達は一度死んだ身。なにを拘る必要があるのやら』

「であるな」


 某は一度死んだ身でござる。

 日本にこそ未練がござるが、イセカイに未練などござらぬはず。


『未来の諺にこんなものがあります。「運が悪けりゃ死ぬだけさ」。わたし達は亡者でございます。いざとなれば逃げりゃいいんです。この世に縛られる謂われはござんせん』

「であるな!」




 さようなら――ジバンシル王国の思い出達。




「行くか、ミウラ! レップビリカ王国へ!」

『付いていきます。どこまでも!』





―― 魔王編 完 ――





『では、新しい門出を祝し、現世の歌を一曲!』

「未来の歌か? 凄く興味ある!」

『では○マジン、聞いてください』



 歌い終わって……

 世代と時代のギャップに首を捻るイオタであった。

魔王編終了です。


すこし間を空けて次の章「ドラグリアの――(未定)編」が始まります。

前にもお知らせ致しましたが、次次話「(仮)ヘラス王国のネコ耳編」で完結予定です。


後しばらくお付き合いください。


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