23.封印 でござる
マオちゃんは聞き分けのよい子でござった。
今朝は快晴でござる。
朝日が眩しくて気持ち良い!
「吾輩の進言は聞いて頂けないのに!」
ヴァンティーラ伯爵が嘆いておる。日の光は大丈夫でござるか?
「フッ、私は神祖だぞ。日の光などとうに克服している」
くぐもった声で答えるヴァンティーラ伯爵。
『全身を厚い黒マントですっぽり被い、顔は黒布をグルグル巻き。黒いフードを深く被り、目にはイヌイットのサングラス。サングラスは旦那経由で私がアイデアを提供しました。黒皮の手袋着用。秋の終わりの今日この頃でも不審者感丸出し。マジヤバくね?』
――だそうだ。この吸血鬼の性格が解らなくなったでござる。
さて、
マオちゃんには、より多くの経験をしてもらおう。某のけじめも見てもらおう。良い経験になるはずだ。
「次は冒険者ギルドでござるよ」
商業ギルドは先に行って商売の手続きを取ってきた。
「冒険者ギルド!? 行きたい行きたい!」
ピョンピョン跳びはねるマオちゃん。二つのお下げが飛び跳ねていてとても可愛い。
某もいずれは結婚して、子宝に恵まれ、マオちゃんのような可愛い女の子を――
『え? 旦那、産むんですか?』
今の無しね!
冒険者ギルドでござる。
ギルドカードを提示するでござる。
「はい……えーっと、イオタ様? イオタ様ですか!?」
驚き立ち上がる受付嬢。
『やはり通達は回っているようですね。旦那は勇者認定です。有り難うございました』
「ちょっと! ギルマスに! ご用件は?!」
狼狽える受付嬢。ここで時間は取らせない。
「拙者、冒険者ギルドを脱退するでござる。今までお世話になったでござる。ではこれにてご無礼」
クルリと背を向ける。
『殺す為の依頼を受けて魔物を殺さない。意思表明ですな』
「お待ちください! ちょっとぉー!」
冒険者ギルド退会は手続き不要。ギルドカードを渡し、脱退の旨を伝えるだけで良い。
例外は某が認めぬ。
「走って逃げるぞ!」
マオちゃんが必死の形相で走り出した。
町の広場にて。
文字通り店を広げる。
並べるのは、二枚貝でできたカエルの人形や、大理石でできた魔王城の石灯籠等々。
そして、別途用意したのは布製のとある手袋と、とある動物の髪飾りと、とある小物。営業用の装飾品でござる。
黒山の人だかり。人がゴミのように集まった。
「買って欲しいニャン!」
マオちゃんが売り子でござる故ッ!
ネコ耳カチューシャ。ネコの手手袋。ネコ尻尾。の三点組。
そこの木の陰で、黒づくめの怪しい男が悶えている。
「尊すぎて直視不能! 命が消えそう!」
『全力デ尊死セヨ!』
飛ぶように売れた。ゴミ共が争って買ってくれた。
「蛙さんも買って欲しいニャン!」
ヴァンティーラが有り金叩いて買い占めた!
「石灯籠も買って欲しいニャン!」
ベルリネッタ姫が財布を放り投げて買い占めた。
ベルリネッタ姫?
「な、なぜここに!」
真っ赤な顔をしたベルリネッタ姫。相変わらずの巨体に幼い顔。
ひょいとマオちゃんを抱え上げ、頬をスリスリしている。
『これこれ、マオちゃんは売り物ではありませんよ』
「ここは国境の町。イオタ様を待ち伏せていました。今さっき冒険者ギルドより連絡が入り、駆けつけた次第!」
行動力ありすぎでござる。
「イオタ様、魔王四天王の一人ヴァンティーラ伯爵が動き出しました。なにとぞ魔王に対し――」
「紹介しよう。あそこにいる不審者がヴァンティーラ伯爵でござる」
「ども!」
木陰から顔を覗かせ、ひょいと片手を挙げる伯爵。
言葉を無くすベルリネッタ姫。
「そしてベルリネッタ殿がお気に入りの童が魔王でござる」
「ちょ! え? ちょ!」
言葉を無くすベルリネッタ姫である。マオちゃんを手放した。
「わたしは聖騎士。魔の者であるか否かは聖別すれば……え? たしかに魔王!」
一層狼狽えるベルリネッタ姫。頭が上手く回らないらしい。
畳みかけるのは今!
「拙者、すでに魔王と接触しているでござる。姫らがモタモタしている間に、魔王軍との戦いは既に始まっておったのだ!」
『旦那が始めたとは言ってません。ですが、姫様は旦那が人知れず戦っていたと思うでしょう』
「さすがに、力に差がありすぎて倒す事は叶わぬ。だが、話し合いの結果、魔王陛下には温和しく引いて頂く事と相成った。魔王は拙者に任せて頂く」
『さりげなく殺さない宣言。そしてアイデアがあると匂わせての主導権奪取』
「顔が青いでござるよベルリネッタ姫」
剣に手を置いているが、抜くに抜けないでいる。
「何も言わなくて結構。勇者の仕事、謹んでお引き受けいたそう!」
『一人とはいえ四天王を連れた魔王。ベルリネッタ姫が魔王を殺せる自信があるならどうぞ。姫も勇者を名乗れば魔王なんてイチコロで討伐できるんでしょ? できない? ならこっちに任せておいてくれませんかね。そっちがモタモタしてる間に、仕込みは済ませておきましたから』
ベルリネッタ姫は口をぱくぱくさせ、汗を流しながら目を泳がせるだけ。
可哀想だが、一気に押し切らせて頂く!
「故に口出しは無用でござる。逆らうのなら、姫といえど斬る! 世界平和の世の為にな!」
『それから、邪魔はご無用に』
マオちゃんを守る為でござる。某の本気を見せる為でござる。
鯉口を切り、それを見せる。
ベルリネッタ姫は何度か深い呼吸を繰り返し、心を静めさせた。
「イオタ様を信じます。全権を委任いたします。ジベンシルの貴族を代表して!」
「ならばそこで控えておれ!」
上から目線は好みじゃないが、ここはこのまま進めさせて頂く。
「次はこれを売ろう」
『最強兵器ですな』
取り出したのはイオタちゃん人形三体。四頭身の量産型でござる。
「しまったーぁ! さっきのくだらねぇカエルに全財産叩いちまったぁー!」
「迂闊! ベルリネッタの迂闊者! さっきの自分を叱りたい!」
ガンガン頭を木にぶつける大人と、四つん這いでバシバシ両手を地面に叩きつける大人。
取り敢えず、邪心を内に秘めた大人を見ないことにしておいて――商売を続ける。
「マオちゃん、この人形は三千セスタでござる」
イオタちゃん人形をボウっと熱っぽい目で見つめるマオちゃん。どうした?
「三千セスタじゃダメ」
眉が吊り上がる。口元が引き締まる。
気品溢れる顔。まさに魔を統べる王!
マオちゃんが『ネコの手グローブで』イオタちゃん人形を高く掲げる。
「おお! 四天王である私には見えます! 陛下が掲げる魔王軍の旗が!」
戦場で翻る旗がイオタちゃん人形なのか?
『闇に属するはずが、何て神々しいんだ!』
それは認めよう!
大勢の客達が、マオちゃんを見つめる。
マオちゃんが大きく息を吸った。
「まずは1万セスタから!」
「ちょっ! それは高すぎでござる!」
「魔王の名にかけて! 魔界の興亡を賭けて! わたしがイオタ人形を高値で売ってみせる!」
『売れなかったら魔界と共に自爆する所存!』
これだから商売の素人は――
「買って欲しいニャン!」
「買った!」
『売れた!』
「なんででござる?」
残り二つは取り合いでござる。百人ほどで大じゃんけん大会が始まった。
「この子、凄い商才でござる」
『完売したのは初めてですね』
「さすが、我が魔王! ご立派になられて……」
ヴァンティーラ伯爵が涙していた。魔族って一体……。
日が沈んでいく。
祭りは終わった。
約束でござる。
今日一日、一緒に働こう。それが終わったら、お家へ帰ろう。
「イオタ!」
マオちゃんが泣いている。
「帰りたくない!」
「これを」
手渡したのは、八分の一イオタちゃん人形。しかも首と腰と両腕可動型。
もともと手妻の為に「器用」を手に入れたのでござるが、彫刻や裁縫の方面でしか能力を発揮していないでござる!
「着せ替えができる、この世でただ一つの逸品でござる。下着も袴も筒袖も取り替え自由。いまなら旅人の服がついてくるでござるよ」
小さな手で、人形を大事そうに受け取るマオちゃん。
「下着……これがあれば、500年は引きこもれる! ありがとうイオタ!」
天使のような笑顔のマオちゃん。さすが魔王でござる。
『邪な笑みにしか見えませんが』
「では、イオタ様。お世話になりました。このご恩、再び会うことがあるとすれば、1回だけお返し致します」
魔族四天王はイシェカ婆を上回る吝嗇家でござる!
ヴァンテーラ伯爵がマントをワサリと翻す。一瞬、悲しい目をしたマオちゃんと目が合う。
「良き王になれ!」
マントが回り、マオちゃんと伯爵が消えた。
日が山の向こうへ沈んだ。
町の中が暗くなっていく。
「魔王は?」
一緒に見送ってくれたベルリネッタ姫だ。
これはたぶん、勤めとしての確認。某の答えを正式な決着として報告するのだろう。
「ほぼ500年の眠りについた。封印したと言って良いだろう」
「ボクサー侯爵家三女。聖騎士ベルリネッタが、魔王封印をしかと見届けました」
「姫はいい女でござるな」
ベルリネッタ姫は、複雑な表情をその可愛い顔に浮かべた。
闇が町を被う。明かりがあちらこちらの窓で灯されだした。
温かい光でござる。
マオちゃん、領内の安寧に傾注するのだぞ!
領民に教育を施し、文化活動を奨励し、商売を活発に、税を安く、己は質素に、それからそれから……
『旦那、こういう時は泣いてもいいんですよ』
「何をぬかすかミウラ。武士は人前で泣かぬものだ」
『なら、旦那の目から出ている水は、汗という事にしておきましょう』
「ミウラッぅぅう!」