22.決意 でござる
片羽根を斬り落とされた小さな蝙蝠が、体を引きずりながらヴァンテーラ伯爵の足下へたどり着いた。
爪先で弱った蝙蝠をつつく。するとどうだろう。伯爵の靴と同化し、吸収された。
剣を下段に構える伯爵。
体は再び動き出すも、某の戦意は消えてしまった。
ここで斬られるのも一興か。
「ディトマソ! イオタとの争いは永劫にこれを禁止とします」
マオちゃんだ。
「ははーっ!」
ヴァンティーラ伯爵は剣を背に隠し、跪いた。その姿、隙だらけ。
『旦那の刀に炎のエンチャント! こちらはまだ戦う力を保有している!』
某の刀が燃え上がる。その熱は、戦うのに邪魔なくらい熱い。
ヴァンティーラ伯爵が顔をゆがめた。こやつも炎の熱を迷惑に思っているのだろう。
第一、最初から伯爵は殺気を放たなかった。一回だけ怒気を放ったけど。
纏っているのは、人ならざる気。妖気でござろうか?
全く相手にされなかった。斬られるがままに、某を見つめていた。
だいいち、伯爵は斬られたという意識を持ってないのかもしれない。
そして一撃を食らった。
某の負けでござる!
どっかと座り込み、地面で胡座をかいた。
「もうよい。ミウラ」
炎がぷつりと消えた。
二階の部屋へ戻った。
驚いたことに、破壊した窓が元通りになっていた。
「この程度のことで感心してもらっては困る」
じゃ、感心しないでおこう!
「さて、事情を聞こうではござらぬか」
『魔王の名が出てきましたが、マオちゃんは魔王のお知り合いの隣人の従姉妹か何かで?』
二人の視線は自然とマオちゃんへ映っていた。
「わたしが……わたしが魔王なの」
うつむくマオちゃん。
マオちゃんがマオウとな? マオウって何だっけ?
マオウ……魔王かッ!
「そう、このお方こそ、恐れ多くも魔族を束ねる王にして、闇の母神。ルギーニ・カウンタ陛下であらせられる。者ども頭が高い! ……ひょっとして知らずに一緒してたんですかな?」
ウンウンと頷いておく。知らなかった。
「あああああ」
ヴァンティーラ伯爵の体から妖気が消えた。何故でござろう?
『なんでマオちゃん……あ! マオウの頭から2文字だけ聞こえたんでマオちゃんでしたか!』
「まさか! そんな馬鹿な! こんなに可愛いマオちゃんが魔物の王なはず無かろう?」
「吾輩も可愛いのは認めますが、魔王の文字面が悪いのなら、魔界のアイドルとでも――」
『案外とポンコツなバンパイヤの言葉を途中で遮って、旦那! マオちゃんに心眼を一発!』
「よかろう! 心眼!」
種族:魔++
性別:+++
武力:+++
職業:+++
水準:+++
性癖:イオタ(性的な意味で)
運:+++
読めない!
某よりはるかに上の存在!
『魔王様確定ですね』
限定でござるが――。
「だが性癖だけ読めるッ! 性癖:イオタ(性的な意味で)、ってなんだそりゃー?!」
『そこが唯一防御の薄いところで……はっ! 新たな発見です! 魔族は一様に性癖に対する防御が弱い種族特性の持ち主なんです!』
「マオちゃんが魔王とは……一緒に風呂に入ったが全く解らなかった!」
「魔王陛下とネコ耳美少女イオタ殿との共同入浴――」
「そこ! それ以上想像すると斬るでござる! 二人で風呂に入って洗いっこしている絵を想像するなよ! 絶対に想像するなよ!」
『いけない! それは逆効果!』
ヴァンテーラ伯爵の鼻から、ツツーっと赤いのが垂れた、
「うっ! 尊すぎて血が足りない。ちょっと補給に行ってきます」
『鼻血を出すバンパイヤって絵にならないどころか、血液を補給って洒落になってないですよ!』
あれだけ斬り付けて血の一滴も流さなかったのに、突然の出血。どういう事でござるか?
妙に緊張感が抜けてしまった。
マオちゃんに首の後ろをトントンされている神祖。
「尊さがっ! 一日の許容量を超えてしまった! ああぁー! このまま背中に乗って! お馬さんゴッコしましょう陛下ッ!」
トントンされる度、より一層血が噴き出しておるが、大丈夫であろうな! 敵ながら心配でござる!
「フッ! 不死身の神祖を殺せる力を持つ者。それこそ魔王!」
ヴァンティーラ伯爵は、鼻血を流しながら貴族的微笑みを浮かべておる。
こやつ、本当に魔王四天王でござるか?
「ヴァンティーラ伯爵、何用で参った? まさか拙者らの部屋を血で汚す為だけではあるまいて?」
「え? ……あ! モチロンだとも!」
心配顔のマオちゃんを振り切り、すっくと立ち上がるヴァンティーラ伯爵。
その姿、鼻血の跡形が一切無い。あれだけ血に染めた襟元胸元が洗濯したてのように!
さすが不死身と謳われる神祖。ばんぱいあの王でござる!
「陛下、お迎えに上がりました」
手を前にして頭を下げる。いつか某大店でみた執事のような礼。王に仕える貴族ではなく、使用人のような立ち振る舞い。
『あるいは、躾の行き届いた奴隷のような振る舞い』
「ルギーニ陛下がお目覚めになるには、500年あまり早うございます。今しばらく、せめて300年ばかりは魔王城でお力をお蓄えください。いえ、私どもだけが陛下を愛でていたいとか、かような不遜を考えおるものは一人とておりません! これこの通り、伏してお願い申し上げます」
チラリと本音を漏らしたヴァンティーラ伯爵は、さらに頭を下げた。
「わたし、もう少しここにいる。イオタといる! 城は暗いし、つまんないもん!」
某の足にしがみつくマオちゃん。
そうか、マオちゃん寂しかったのか。外を見たかったのか。
「今お外に出られても悪いことばかりでございます。中途半端に増えた眷属が、人間共に撫で切りにされるだけでございます」
『結果的に戦力の逐次投入、各個撃破されまくりとなってるんですね。軍幹部がもっとも頭を抱えてしまう問題です』
そういうことか。
「イオタ様と旅をなされてお気づきになったはず。中途半端に強い魔獣が指揮系統より外れ、各個に暴れ、討伐されている今の状況を! 彼らの死が如何に無駄であるか、聡明な陛下であらば、お気づきなったはずです!」
「嫌なの! 下がりなさいディトマソ!」
「下がれません! イオタ様も何か……何してる!?」
「え? いや、二人の会話には入れなかったんで、ミウラ相手に遊んでいる所でござるが、それが何か?」
棒きれを取り出して、ミウラの前で振ってやる。そうすると――、
『なぜか体が反応して! くっ! 心は嫌がってても体が反応してしまうんですぅー!』
ミウラが言う所の現実逃避でござるよ。
うむ、脇腹の怪我はすっかり治ったようだ。
「イオタ様! このままでは人間の被害が甚大になります! 人間社会に属するイオタ様は、この事態に何とも思わないのですか? 人間の貴族や冒険者が危険をおかして戦いに身を投じ、戦う力の無い下々の者達は怯えるばかり! あなたは何とも思わないのですか!」
『誰が為に戦うのかサイボーグ戦士』
「そんなこと言われても、困るでござる」
伯爵の弁にまったく熱意を感じられない点は置いといて――
某に何ができる?
某は迷っておる。
魔獣が暴れまくる現状を何とかしたい。だが、マオちゃんの辛さ、寂しさも解る。真実を知った以上、このままではいけない。
……正しい解は既に持っておるのだが、それを行動に起こすことができない。これが実情であろうな。
某は弱い人間でござる……。
『旦那、マオちゃんも解っているはずです。切っ掛けを欲しがってるんです。人間界で確かに過ごしていたと。イオタの旦那と一緒に生きていたんだと。青春なんです』
「それは……」
ミウラは某より大人でござる。大人でござるが!
『あと一日、マオちゃんと一緒に過ごしましょう。そうだ! マオちゃんと一緒に商売しましょう。一生懸命に。在庫全てを売ってしましましょう! これを交換条件として出しましょう!』
某も二十五。いや、二十六になったか。充分大人でござる。
家光公は二十で公方様になられたと聞く。
某は、大人でござる! 伊達や酔狂で江戸市中を守る同心になった訳ではない!
「マオちゃん、お話があるでござるよ」
素直でよい子のマオちゃんなら、きっと解ってくれるさ。
後2話で「魔王編」終了の予定です。
次回「ドラグリアの――(未定)編」まで、しばらくご猶予ください。
次次話「(仮)ヘラス王国のネコ耳編」が最終章になる予定です。
ようやくヘラス王国入りです。運=1のネコ耳がw。




