21.魔王四天王筆頭 でござる
「吾輩は魔王陛下の四天王。その筆頭にして貴族、ディトマソ・ヴァンティーラ伯爵。万の軍に匹敵する男。以後お見知りおきを」
どこかコウモリを連想させる男。
高い背。男前。青白い肌。赤い目。品の良い鷲鼻。全て後ろに撫でつけた黒髪。……額が後退しておるな。
襟の高い黒マント。裏は赤い羅紗。黒い夜会服。全部パリッとしたおろしたて。
闇を背にして闇を生きるモノ。闇の中にありて、闇よりなお暗き者。
キザな男であるが、ただ者ではない。キザな男であるが!
こういうときは心眼!
種族:+++
性別:+++
武力:+++
職業:+++
水準:+++
性癖:幼女性愛異常心理者(唾棄すべき)
運:+++
……久しぶりに使ったから錆び付いておるのかな?
『対象の防御力が高すぎて、計測できなかったのでしょう。旦那よりレベルが上過ぎるんですよ!』
「でもでも、性癖だけが表示されてるよね?」
『……そこが唯一防御の薄いところでしょう』
「幼女性愛異常心理者ってなあに? 後ろにカッコして、唾棄すべき、って書かれてござるが? 心眼さん、過去に何かあったのでござろうか?」
『心眼さんって子供に対する人権原理主義者なんでしょうか? こういった手合いに逆らってはいけません。アニマルライツの例がありますし!』
恐るべし心眼様!
「それはこの際置いといて、何者だこやつ?」
『バンパイヤ。吸血鬼。それも神祖と見ました。このような場面ですと、だいたい神祖と相場が決まっています』
相変わらず博識でござるな、ミウラ!
「その方、神祖殿でござるかな?」
「いかにも。吾輩は不死の帝王!」
隙だらけのお辞儀。ヴァンティーラ伯爵が優雅な一礼をかましてくれた。体に染みついた動作。よほど生まれが良いのであろう。
礼儀正しき貴族でござる。これは! 下に置いては武士の名折れ!
「拙者、元北町奉行所定廻り同心、伊尾田松太郎でござる。お見知りおきを」
礼には礼を。それ相応の対処をせねば、某の品格を疑われるでござる!
「さすがイオタ様。伊達にハイエンシェントネコ耳族ではございませんな!」
嫌みな男でござる。伊達にとな? 褒めておいて落とすか?
この借りは必ず返すでござる。こやつ、斬る!
『バンパイヤは不死身です。すぐに怪我が再生するんです。中には脳天唐竹真っ二つに斬ったとしても、服にすら傷跡が残らないなんて化け物もいます。蝙蝠に変化できます。弱点は日の光は致命傷。流れる水は渡れません。ニンニクが嫌い。心臓に白木の杭を打たれれば死ぬ。これは人間もです。主食は人の血液。血を吸われた者は下位吸血鬼となって吸った者の僕になり果てます。ウリィ!』
これを一息で言うか? ミウラ博士、ご苦労でござる。
……ほぼ無敵だな。
そんなのが、鍵をかけたはずの戸から堂々と入ってきた。
マオちゃんを後ろに庇い、刀を構えて勝てそうに無い相手と対峙している所である。
「吾輩めの用があるのは、イオタ様の後ろにおられる、いと尊きお方でございます。そこをどいて頂けましたら、イオタ様には一切の危害を加えないと、貴族の名においてお約束いたしましょう」
「交渉は決裂でござるな。宿から火が出たとしても、ここで引き下がるわけにはいかぬ。マオちゃんは安心して下がっておるがよい」
宿から火が、の下りはミウラに向かっての言。魔法に制限を設けなくてよいとの意味。聡明なミウラであらば、某の意を汲み取れる。
それが証拠に、某の股下をくぐり、マオちゃんの前に居座ってくれた。前傾姿勢の攻撃態勢で。
「それは困りましたな。いえ、手加減が難しいという意味で」
あ、カチンと来た!
「日の光、大蒜、白木の杭! さあ、どれを選ぶでござる?」
「うっ! なぜそれを?」
ヴァンティーラ伯爵が怯んだのはちょっとの間だけだった。
「……よく考えれば、それは全部ここに無いでしょう?」
「さすが貴き血の一族を略して貴族! よくぞそこに気づいた」
「よろしい! その決闘受けましょう!」
ヴァンティーラ伯爵は、どこからか細身の刀を取り出した。綺麗な作りの高そうな剣でござる。流れるような剣捌き。独特の流儀で構えた。
ふふふ、怒っておる。これでさっきの借りは返した。
『結果、最悪の事態になってしまいましたが。まあ、それもイオタの旦那と一緒になった事による運命! 今生は充分楽しめました。魔法自在開放!』
ミウラも腹を括ってくれたか。すまんなミウラ。どうやら二人の旅はここまでのようだ。
いたいけな美少女を守って死ぬのも一興。
……二人とも一度死んだ身。お互い、常から死を考えていたようだな。
「ミウラ、礼を言うぞ」
『それは言わぬ約束です。でもわたしはまだ足掻きますよ! うちの弁護士もやる気満々です!』
弁護士ってなんだ? どこにいる?
「イオタ様、吾輩がその子を欲しがる理由はお聞きにならないのですかな? この戦いの真の理由を知りたくないのですか?」
「貴族と侍。互いに抜いた者同士。斬り合う理由が必要でござるか?」
「フッ! 嫌いじゃないで――」
「隙有り!」
がら空きの右胴を薙いだ!
某、フッとか鼻で笑う輩は大嫌いでござる。参考、エラン。
切り口から血のように……小さな蝙蝠の一団が飛び出した。
「うわっぷ!」
部屋をぐるりと一周し、伯爵の背中に激突! と見えて、全部体の中へ入っていった。
『我が師の一人、敬愛するヴァン・ヘルシング教授曰く、怪力無双、変幻自在、神出鬼没の怪物』
ミウラの師匠でござるか? さぞや立派な方でござろう。
もといして。それなりに戦い方はござるよ!
「とー!」
横っ飛び。窓を蹴破って外へ飛び出す。そこは空中。二階の窓から飛び出したのだから、当たり前!
宙でクルリと腰を回し、体勢を整え、両足から着地。膝を軽く曲げて、衝撃を和らげる。
『キャット空中三回転! たー!』
一回転して着地するミウラ。いま三回転と言わなかったか?
「やりますな。でも逃がさぬ!」
マントを蝙蝠の羽のように広げてふわりと着地。片手を腰に当て、真横に剣を構える。西洋剣術か? エランのと似てる!
『いよいよ大詰めだな、伯爵!』
体を伸ばし片手斬りで振り下ろす。これは軽く受け止められる。
すでに間合いを詰めている。こいつは内懐へ飛び込む為の目くらましだ。
本命は密かに取り出した脇差し。これを逆手斬りで伯爵の胴を撫でる!
エランを叩っ斬った術でござる。こいつにかかれば――。
「キキキキキ!」
斬った部分から蝙蝠の集団が飛び立つ。今回は伯爵の体が全部蝙蝠となって旋回する。
「チッ!」
眼前、手頃な位置の蝙蝠を一匹斬って捨てる。ポトリと地面に落ちたが、一匹斬ったところで大勢に影響は無しか!
『音と気配を遮断する魔法障壁が張られている! 何て高レベルの障壁だ!』
全天を飛ぶ蝙蝠。スッと消えた。首後ろの産毛が逆立つ。
『後ろ!』
前方へ身を投げる。耳の上すれすれに剣が走った! あぶねぇ!
背を丸め、クルリと一回転。足で立つ。ネコ耳族万歳!
牽制の為、剣を横に薙ぐ。上手い具合に突っ込んできていたが、マントを羽根のように広げて急停止。
後ろへ飛ぶ伯爵に向け脇差しを投げ、懐に手を突っ込む。
伯爵は僅かに体を反らし、右へ逃げるが、某も踏み込んでおる。
懐から取り出した縄の鉤を伯爵の胸元に引っかけ、後退。ピンと張った縄を足で踏みつける。
どうと倒れる伯爵。がら空きになった背中。心臓に刀を差し込んで――あ! 間違って右を突いてしまった!
「キキキキキ!」
くそぉ! また蝙蝠で逃げるか!
鉤縄を頭上でくるくる回して牽制しながら左右と背後を探る!
「もういいかな? ネコ耳!」
うぉっ! 真正面に堂々と出現!
後ろに下がるも左右に逃げるも凶!
手を緩め縄を伸ばし、伯爵と某と纏めて絡め取る。伯爵の後退を防ぐ為だ!
刀を手の中で逆手に持ち替え突貫! 伯爵も背を低くして突っ込んでくる!
切断された縄が宙を舞う中、二人が交差!
確かな手応え。同時に脇腹に走る痛み!
振り返る。
腹を中心に蝙蝠を大量出現させる伯爵。
ドロッと血が出た。某の腹から。
『旦那! 腹の傷を意識して! 再生力を信じて!』
信じるでござるよ!
蝙蝠の出現が納まりきれない伯爵。好機到来! 血を流しながら、もう一度突っ込む。
「ディトマソ、控えなさい!」
「はっ!」
マオちゃんが、部屋から出てきたのか?
伯爵が一歩引き、軽く手を上げた。
「我が主の命だ、イオタ。お遊びはお終いにしよう」
そして手を握る。
ギシッ!
突撃体勢のまま、体の動きがゆっくりとなっていく。
『これは無詠唱! 伯爵が放つバインド系の魔法? 解呪できない!』
マオちゃんは……マオちゃんは!
「加速!」
僅かに動く。
「加速!」「加速!」「加速ッ!」
少しだけ、少しだけ動く! もう一息で!
止まった!
加速でも進めぬ!
骨がきしみ音を上げる!
『旦那! 無茶だ!』
「無茶じゃない! 無茶じゃないんだ! マオちゃんはコイツから逃げてきたんだぞ! 某が助けずに、誰がマオちゃんを助けるんだ!」
「もう、やめて。イオタ! ディトマソ!」
マオちゃんは手に顔を埋め、泣き出した。
泣く子には勝てぬ……。
良いので明日、もう一回投稿します。
頑張ったと褒めてください!