7.迎撃その二 でござる
ギシリ!
突然!
雨が降り方がゆっくりになった。ゆっくり落ちてくる雨粒を目で追える!?
頭領が振り下ろす長槍もゆっくりになった。
どういう事だ?
考えている暇も、ゆっくり眺めている時間も無い。
立ち上がりざま、長槍を避ける。
ゆっくりと槍の切っ先が地に突き刺さる。それを某の目がしっかりと追えていた。
頭領の上半身はがら空きとなっていた。余裕を持って首筋にむけ、刀を振り切る。
サクッ!
雨が元通りの速度で降り出した。
「やりやがったなー!」
大声で怒鳴り散らかしながらも、噴水のように血を吹き出した体は沈んでいく。
何がこの身に起こった? 頭の中が謎で溺れているみたいだった。
とにかく、この機を逃す事はない。
「敵の頭領、討ち取ったりー!」
勝ち鬨を上げる。
敵は怯んだ。
怯まぬやつもいた。
「このやろー!」
秋刀魚顔の小男が片刃剣を横に薙いでくる。
また、雨粒が目で追えるほどゆっくりになる。
秋刀魚男の動きも、まるで鳥餅に絡められたようにゆっくりとなる。
世の中全てが鳥餅に絡められたかのよう。
こうなっては試し切りと同じ。秋刀魚男の横腹を薙いだ。
雨粒が速くなり、目で追えなくなった。
「痛いでぇー!」
脇腹から血を吹き上げ、臓物を溢しながら秋刀魚男が転がった。
妙な気配に振り返る。頭巾の妖術使いが怪しく腕を動かしていた。
「アイシクルランス!」
良くわからん呪を唱えられてしまった!
妖術使いの手が光る! 凄い殺気だ!
『そうはさせない! エレメンタルジャマー!』
ミウラだ! 倒壊した家屋の中で経を唱えたのだ。
途端、妖術使いの手から光が消えた。
「なにー!?」
『四大精霊の動きを封じる魔法です。旦那、これで魔法使いはただのおっさんになりました!』
「でかしたニャ!」
後は無我夢中。切られた脇腹の痛みも忘れ、妖術使いを逆袈裟に切って捨てる。
勢い、陣に突っ込む!
接敵の瞬間、また雨の降りが緩やかに!
一人斬った。
雨が元通り降る。
また雨の降りが緩やかに。
これを六回連続で繰り返す。
体の目に飛び出してきたのは、もう一人の大男。上半身が鎧で覆われていた。こいつも脅威だ。
既に振りかぶっている。この身長差。防具で覆ってない首に切っ先は届かない。
雨粒が空中で止まる。
考えている暇は無かった。ネコ耳族の体が勝手に動いた。
股の間に滑り込んで背後に抜ける。
股抜きの最後に刀を振るう。
「アーッ!」
太い血管ごと玉と竿を切断した模様。男でも女でも無い生物の誕生だ。大怪我を負い、生き残ればの話だが。
これで全員だ。
肩で息をする。
静かだ。雨の音しか聞こえない。
いや、弱々しい唸り声と、弱々しくあがく物音が聞こえる。
とどめを刺して楽にさせてやるつもりは毛頭無い。
せいぜい苦しむが良かろう。村人の無念を思い知れ!
柄と手に血が付いていた。雨が降っていて良かった。血が付いた尻から雨で流れ落ちていったんだろう。
もう刀は必要ない。柄を離そうとして指が動かないことに気づいた。
強く握りしめすぎて筋肉が固まってしまったようだ。
ゆっくり剥がしていく。親指の付け根が小気味よい音を立てた。薬指と小指を動かせば、痛みが走る。
あ、切られた脇腹の怪我は?
某、血を流しすぎて死ぬかも知れぬ。腸がこぼれ落ちているやもしれぬ。
出血を止めようと脇腹に手を置く。
「あれ?」
血の跡が無い。雨に流されたのか? いや、傷口が塞がって薄皮が張っている。
痛みも小さいものになっていた。
こんな短時間で?
思い出したのは伊耶那美様との約束。「怪我がすぐ治る体」。
『想像以上に高性能ですね。その自動治癒能力』
自動? 治癒能力というのか?
『旦那が斬られた時、一時はどうなるかと思いましたが、いや、すげえわ。ライカンスロープ並の快復力。レベルが上がれば不死身も夢じゃない』
不死身とな。伊耶那美様、盛りすぎじゃないですか?
『にしても、恐るべき剣技ですね旦那。歴代最強剣士と名高い山根伸介様よりお強い!』
聞いた事無い名前であるが、後世の歴史に登場する有名剣士なのであろう。山根伸介、しかと憶えた!
賊共の死体は放りっぱなしにして、夕べの廃屋へ引き上げた。
疲れた。回復しつつあるとは言え、怪我の手当もしておきたい。喉が渇いたし、腹も減った。体も清めておきたい。
わんぴーすとやらも、血や泥で汚れた上、あちこち切り裂かれている。使用には耐えられない。
明るくなった今、改めて家宅捜査である。この家の主、叩けば叩くほど埃が出てくる。
案の定見つけた。
浅葱色の筒袖前合と小豆色の筒袖前合、紺の袴。どちらも女子が使う物だ。
早速着てみる。某の体にぴったり合った。なんか怖い。
『ほほう、女子が弓道の試合で見せる袴姿そっくりですな! 凛々しいですよ旦那!』
「草履はないのかな?」
『草履はありませんが、ブーツ、えーと、西洋式長靴ならここの引き出しの中にありました』
膝下まで覆う茶色い革靴だな。足底が厚いので、長旅が楽になりそうだ。早速足を通してみた。
『おっふ! 破壊力抜群!』
何を破壊するのか?
これ! そのように捻れてはネコといえど背骨が砕けるぞ!
だがしかし、美少女に西洋式長靴は似合うでござる……。精神を破壊する力を秘めている。
ミウラの言ってることは、いちいち理にかなっているでござる
「そう言えばミウラ。夕べ伊耶那美様から伝言があるとか申しておったな?」
『そう言えばそうでしたね。すっかり失念してました』
ペンと前足で猫の額を打つミウラ。これ、伝助の癖だ。
『いえね、旦那と落ち合う予定の翌日。つまり今日ですが、街道を進むと行商人に出会う事になってまして。この村の現状を話せば、急遽折り返して近くの集落まで連れて行ってくれるって仰ってました。
だから昨夜の内にこの村から脱出する予定だったんです。今となっては、この村にとどまって行商人がやってくるのを待つ方が良いと具申致します』
伊耶那美様におかれましては、せっかく手段取りを組んで頂いたのを無視する格好になったが、結果としてどうにかなりそうだ。
「では、現状に驚いて引き替えされる前に出迎えに行こう」
『それが良いですね。行商人が来るのは、山と反対の街道ですから、あっちです』
某達は村の入り口へと向かった。いつものように腰には刀を一振り差しておく。
どうも、これがないと落ち着かん。
お昼過ぎに雨は止んだ。
待つ事しばし。幌の掛かった荷車がやってきた。幌には違い鷹の羽を簡略化した家紋が入っている。三井の井桁家紋みたいなのだろう。
御者はまだ若い男。ネコ耳族ではない。人間だ。
そうだな、生前の某と同じ二十五歳前後と見た
某の前で止まり、御者が声を掛けてきた。
「やあ、一体どうしたんだい?」
男にしては高い声の持ち主。黒い上着に赤黒い細袴だ。異人の格好をしている。
『上着はシャツと呼んでます。袴はズボンです。異世界じゃ普段着ですよ』
解説有り難う、ミウラ。
……すると、やはりイセカイとは和蘭や明国の近場にあるのだろう。……江戸からは遠いな。
村の惨状がここからも見えるはずだが、この男、ひどく落ち着いている。
経験は豊富か。油断できない商人と見た。
やや出っ歯で……頭には一対の丸い耳が付いた黒色の……頭巾?
『あれは帽子です。ネズミ耳の帽子ですね。嫌な予感が……』
ネズミは災厄を招くだけの生き物だが、ネコに狩られる生き物でもある。この村はネコ耳族の村。上には立ちませんよと言う意思表示であろう。
まずは、この村を襲った悲劇を説明せねばなるまい。
「無残な事に、この村は賊に襲撃を受けた。拙者が駆けつけた時には、既に全滅してしもうた後でござった。拙者は故あって生き残った者。伊尾田松太郎と申す。イオタと呼んでくだされ」
「へぇ!」
ネズミ耳の男は大げさな動作で驚いて見せた。
そして甲高い声で、
「僕の名はミッ――」
『ストーップ! それ以上はやらせないっ!』
何をとち狂ったか、ミウラがネズミ耳男の口に張り付いてしまった。これでは自己紹介が出来ぬではないか。
「落ち着けミウラ!」
『モガッ! モガッ!』
ミウラを引きはがし口を押さえる。
「やー、酷い目にあってしまった」
甲高い声で己の不幸を嘆く。
ミウラは一体何を恐れておるのだ?
「僕の名前は――」
『もがー!』
「――ミッケラー。ビラーベック商会の商人だよ!」
『お、驚かさないでよね!』
ミウラは一気に脱力した。糞とか尿とか漏らすでないぞ。
「略してミッキィって呼んでおくれ。ハハッ!」