19.魔王(マオウ) でござる
「ディーノ殿は、赤以外に金色も持っておられたな。この分だと、青とか白とかも出してきそうだ」
『金色で思い出すことが一つございます』
「なにかな?」
『わたしが生まれる少し前に、黄金三頭竜が地球を襲ってきたことがありましてね』
「黄金三頭竜とな!?」
『そうです。尻尾が2本』
「尻尾の数が問題なのか? 多い方が偉いとか? あ、猫又は尻尾が二本だとか? ……その顔は……違う?」
『……結局、黒竜相手に戦って、2時間あまりで倒されたんで、そこは問題はなかったんですが、旦那、金星って知ってます?』
「知っておるぞ。天文の偉い先生が言っておった。地球儀も見せてもらった」
『そういえば、地球儀は信長公の時代に伝来してましたっけ』
「なんで丸いのに落っこちないのかと教えを請うたら『この世を作ったのは人にあらず。神様だぞ。さすが神様だ、と感心するだろう?』と言われ、得心したでござるよ」
『当時の人にはこっちの方が納得しやすいんでしょうね』
「金星も教えてもらった。なぜ、かように星々がお日様の回りを回る世界になったのか? と、教えを請うたら『神様の深いお考えを人間が知り得ると思うか?』と逆質問され、それもそうかと納得したでござるよ」
『妙に説得力がありますねぇ』
「神も仏も無いと言う輩もいるが、この世をお作りになっただけでも凄いと思うが良い」
『えーと、話し戻しますが、黄金三頭竜がどれほど凶暴なのだいうと、金星の文明を3日で滅ぼしたほどなんです』
「なんと! たった三日で!」
『金星の一日は地球時間で243日ですから、729日、ざっと2年かけて滅ぼしたのか? っと、日本でもツートップの由緒ある学術誌、ファソロードにて研究成果の発表が行われ、激しい論戦が巻き起こりました。それは一夜の間違いではないか? それでも121日だぞ! いずれにせよ金星文明は頑張った! ってな具合で』
「間抜けな話しでござる。ところで、もう一つの未来の学術誌とは?」
『○UTです。超人オンザロックやスターシマッタが掲載されていました。スペーフ・スカノレを打ち切り終了したのが返す返すも。超能力を封じられたあと人で――』
ミウラの長話は続くが、全くついて行けないので、そのまま放置しておいた。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「さすがに徹夜は堪えた。山歩きに続いて休み無しの徹夜軍は堪えた」
『逃げ足のスキルばっか伸ばしてますね』
「風呂も入ってねぇし」
東の空が白みだした頃、いよいよへたり込んでしまった。
加速もたくさん使ったしな。……加速の経験値って、戦いで稼いだことあったっけ?
上手い具合に、街道の下で小川が流れている場所を見つけた。そこへ降りて休憩だ。
小川の水で手拭いを濡らし、首筋とかを拭く、ああ心地よい。
女の体故、汗をかいてもそれほど粘っこくならない。便利でござる!
『旦那はポジティブでございますね』
背を木に預け、よっこらしょと腰を落とす。街道からの視線を隠せるよう、これまた上手い具合に生えていた。
ミウラは盛んに来た道、つまり西を気にしている。
「ディーノ殿が飛んできた方角は西から。途中で魔王を見かけたんだから、魔王は西にいるはず」
『わたしらが向かうのは東南の方向。これから南下していくことになりますから、どんどん魔王と離れていきます。ジベンシル王国のことなど関係ありません。命あっての物種です』
「ベルリネッタ姫なら何とかするだろう。知らんけど」
『リックドムは優秀なモビルスーツですから』
時々解らぬ単語が出てくるのだが、……未来の文化は複雑でござる。
水筒の水を分け合って飲む。
水が空腹を呼び覚ました。昨日は晩飯らしい晩飯を食べなかったからな。
「飯にしようか?」
ミウラは言葉で答える代わりに、腹の虫をぐうと言わせた。
「ここまで来たら大丈夫だ。ちょっとの間なら火を起こしても良いだろう」
『木切れを集めて頂ければ私が魔法で。そうそう、そんな風に石を積んで竈にして頂ければ御の字です』
ライ麦パンとハムを取り出す。
フライパンで輪切りにしたハムを焼いた。
フライパンという鍋は、グレートベアリーンであちこち行き来してた時に、ミウラが作ったのだ。
錬金術の一種だとか言ってたな? 鉄ですら自在に操るネコでござる!
この鍋、煮ても吹きこぼれることがない、便利な鍋でござる。タネラへ行ったらフライパンを作って儲けるのも良いかな!
ミウラはパンなしでハムだけを食べる事を好む。
某は、ライ麦パンを薄く切り、さらに切れ目を入れて焼いたハムを挟む。
胡座をかいて座り、パンを口に運ぶ。
うむ上手い!
ハムの塩気と油がパンに染み込んで、外はパリっと中はじゅわっと。
『うまうま!』
「うまうま!」
ほっとするでござる。
『えーっと旦那、ちょっとウンウンをひねり出してきます』
「飯時にッ! だからさっき、あれほど一緒に連れ野グソしようと誘ったのに!」
『あの時はあの時! 上から詰め込んだら下から出る。自然の摂理でございます』
えーい! ああ言えばこう言う!
『あ、もうダメ! ネコの括約筋は緩いんです!』
「風下でいたせ! 離れてからクソをヒリ出すのだぞ!」
『クソだの野グソだの、旦那が美少女だって事を……あっ!』
内股で走っていくネコって初めて見た。
ガサリ!
「誰だ!」
食べかけのパンを放り投げ、鯉口を切る!
「いいにおい……」
枯れかけた草をかき分け、顔を覗かせたのは、黒髪の少女だった。
「こんな時間にこんな場所で。迷子か? それとも怖い人に追いかけられているのでござるか?」
年の頃は……十を少し過ぎたばかりか?
長い黒髪を左右に分けている。イセカイの髪型は小難しいでござるな。
ぱっちりした目なのに、力がない。
体を小刻みに震わせている。
お腹をすかせているのであろう。
「ここに来て食べるがよい。――ほれ!」
ハムパンを手渡してやった。
大きく目を見開いて、某とパンを交互に見る。
大きく口を開け、パクリと噛みついてモグモグと咀嚼する。ほっぺたがぷくりと膨らんで上に下にと動いている。
うむうむ、ミウラ系の可愛さであるな。
上質な黒いワンピース? に黒いお靴。黒は女を引き立たせると言うが、この年からこれか! やるなイセカイの少女!
さて某も、先ほど放り投げたハムパンを拾い上げ、口に放り込む。
すこし冷めても旨い!
「うまうま!」
「うまうま!」
某の口を真似おって!
にっこりと笑いおった。
可愛いじゃないか!
実際、可愛い顔をしている。良いとこのお嬢様風?
肩幅が狭い。華奢の中の華奢。抱きついたら二つ折りになりそう……いま、ちらっとベルリネッタ姫の必殺技を思い出して背筋が寒くなった。
まさかベルリネッタ姫の血縁者であるまいな?
「お嬢、なにゆえここに来た? 迷子か?」
プルプルと首を振る。
「では家から逃げてきたか?」
反応が無い。
「お嬢、名は何という?」
「……」
名を聞くと、俯いてボソボソと呟いた。
かろうじて反応があった。もう一歩だ。
にっこりと笑って話しかける。
「名がわからんと、話もできぬ。お嬢の事をどう呼べば良いのでござるかな?」
「…………」
俯いてボソボソ。かろうじて聞こえたのは――
「マオちゃん?」