18.報告会 でござる
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山からの帰り道、ベルリネッタ姫が小用で外した。
頃合いを見計らって、ウラッコと肩をがっしり組む。逃げられないように。小声の会話が聞こえないように。
「なあウラッコ。この仕事が終わったらお前、北へ行け。拙者らは南へ行くから、南は外せ。北だぞ。いいか? 北へ行けば、猫頭巾の権利をやろう」
「本当だっピ?」
「ああ本当だ。このまま顔を合わせなければ、拙者はウラッコのことを忘れてしまうであろう」
「わ、解ったッピ。北へ行くッピ!」
「よしよし。この町で一生暮らしても良いぞ。今度会ったら確実に斬るからな!」
「ひぃぃぃー!」
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冒険者ギルドへ戻ってすぐ。
「ベルリネッタ様、グラエム閣下がお待ちです!」
「うむ、大義である」
貴族の顔をしたベルリネッタ姫。ギルドマスターと一言二言会話を交わしている。
某らは控え室へ通された。ここでしばらく待つようにとのこと。
旅の垢を落とす湯と手拭いが出され、身を拭った。さっぱりできて気持ちが良い。
そのあと、簡単な飯が出てきた。温かい飯は二日ぶり。有り難く頂いておく。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
ギルドマスターの部屋へ通された。
凛々しい口ひげを蓄えた初老の男が待っていた。
背筋がピンシャンと通っておる。武人として鍛え抜いた体と見た。
「この者はジベンシル王国宰相グラエム・コーワン伯爵である」
「よろしくお願い致す」
目は某に向けたまま、顎を僅かばかり引いてそれを挨拶とした。考えようによっては無礼であるが、相手は一介の冒険者。武士を貴族、冒険者を浮浪者と読み替えればその理が解る。
元木っ端役人の某に、僅かばかりでも礼を見せてくれただけでも破格の扱いであろう。
さて――
『宰相とは……大老ですかね?』
「よくこのような所へ足を運んでくれたな」
『ベルリネッタ姫を待っていたようですね? 宰相は期待して送り出したのでしょう』
さて報告会でござる――。
「なんですと! イオタさんがドラゴンを退けたぁー!?」
ギルドマスターが吠えた。これ以上無いという位の大口を開けて。
「いや、退けたというか、和やかな雰囲気の中でお話をして……」
「肉体言語です! 技と技、力と力のぶつかり合い。悔しいけど私の目で追えなかった!」
追うも何も、目を回して寝ていたでござろう?
「ドラゴン準討伐相当! 成功報酬以外に、さらに多額のボーナスを上積みせねば!」
『ボーナスとは別途支払われる特別なお手当のことでございます。大抵が高額!』
「……まあ、だいたいそういうことでござるかな?」
くっ! 銭の力に折れてしまった!
「そのドラゴンはディーノ。聖竜ディーノです!」
某の話にベルリネッタ姫が割り込んできた。
「聖竜と戦っては不味い事に……」
ギルドマスターが及び腰になった。特別手当は!?
「イオタ様は、ディーノとお知り合いだったのです!」
「なんと! なぜイオタ様がB級冒険者なのか理解できません! Sクラス相当のはずでございましょう! やはりボーナスを出さねば納まりますまい。うーむ!」
とうとうギルドマスターが丁寧語を使い出した。
先ほどより、某の耳が戸の外の物音を捉えておる。十人以上の冒険者が、戸の外で聞き耳を立てておる気配がする。
よろしくない傾向でござる。
また誤解が誤解を生んで噂に尾ひれが付いたうえ、飛び立っていきそうでござる!
「では最重要報告を」
ベルリネッタ姫の顔が騎士隊長の顔になった。幼い顔との差が何とも……体さえまともならば……。
「その前に――」
ベルリネッタ姫が目配せをする。
ギルドマスターがドアを乱暴に開け、外に群がっていた野次馬共を蹴り倒した。
「二階に上がってきたら殺す!」
うむ、めっちゃ怖い。
ベルリネッタ姫の報告は続く。
「魔物の異常繁殖の原因は魔王と判明しました」
「まことですか?」
グラエム宰相が目を剥いた。
『情報の元が聖竜ですからね。これ以上確かな情報源はありません』
「グラエム殿! 聖竜より聞き出してくれたのはイオタ様です。これを疑うは、イオタ様をお疑いになる事。ジベンシルはイオタ様より受けた恩を仇で返すか!」
ベルリネッタ姫がピシャリと言い切った。幼い顔付きだが、体が凄いので怒るとめっちゃ怖い。
「申し訳ありません。イオタ様、どうかお許しを」
一国の大老、もとい、宰相に頭を下げさせてしまった!
「あ、いや、宰相殿もあまりの事に我が耳を疑ったのでしょう。拙者は何とも思っておらぬ。姫、どうかここは穏便に!」
「イオタ様がそう仰るなら」
なんやかんやで丸く収まったが……。
某、この国でどんな扱いなの? どんな立ち位置?
某の困惑を余所に、ベルリネッタ姫の話は進む。
「魔王はジベンシルの近辺にいるらしい。方角はおそらく西。全ての力を覚醒させている訳ではない。イオタ様なら魔王と戦えると聖竜ディーノが言っていた」
『旦那! 否定の念押しをしてください!』
ボーとしていた某にミウラの檄が飛ぶ。そうでござる!
「それに関して、念を押しておくでござる。あくまで! よいか? あくまで、今の覚醒していない魔王に対して、でござる! しかも、現状で互角。某が負けるやもしれぬ。過大な期待は無しにして頂く。しばらくすれば、魔王も覚醒しよう。そうなると、某では倒せなくなる! そして某は温厚なネコ耳族。争い事より昼寝を優先する習性がござる。そこを巌と強調しておくござるよ!」
これだけ言えば勇者に祭り上げられることはあるまい。
『まだ甘いです! 責任の所在を貴族達政治家にかぶせておきましょう!』
軍師、ミウラ。……はっ! 嫌な予感がする。
貴族が全員軍師のつもりだったら、誰が実働するのか?
「魔王対策は世を預かる貴族の義務。某のような流れのネコの骨に全てを託すはお門違い。貴族の名誉にかけ、存在意義にかけ、その足で行動し、その腕で解決すべきでござる! そうして初めて貴族の中から勇者が産まれるのでござる! でないと――」
一端言葉を句切る。
「でないと?」
宰相殿が食いついてくれた!
「もし、下々の中より勇者が輩出されれば、貴族の立場がござらぬ! 支配体制にヒビが入る。内戦の危機が発生するやも知れぬ。そうなると諸外国にもつけ込まれる隙が出る。王国興亡の機会でござる! 逆を言うと、国政に発言力を増す機会! これは看過できぬでござるよ!」
考えられる限り焚きつけてやった。
宰相の顔が引き締まる。
ベルリネッタ姫の顔も引き締まっていた。
某らを放っておき、二人の間で、話し合いが始まった。
この隙に――
「ミウラよ、ディーノ殿がミウラに聞けと言っておった。某と魔王が出会う確率は、『こんま二桁以下』だと。これはどういう意味か解るか?」
『それは確率がゼロと同義。えーっと、「決して会うことはない」との意味です。安心です。よかったですね!』
「た、助かったー!」
もう安心。全てが片付いた。
安心して茶が飲める。いやっもうホント。
いやー、お茶が上手い。宇治茶でござるか? もうね、もう余裕ですよ。
「話し合いは済んだでござるかな?」
宰相殿とベルリネッタ姫に問いかける。余裕の産物。他人事の気安さでござる。
「そう、そうですね。ここで話す内容ではございません。宮廷で御前会議を開かねば!」
立ち上がった宰相殿。挨拶もそこそこに部屋を飛び出していった。
『ベルリネッタも追い出しましょう! わたし達はこの足でトンズラです!』
激しく同意でござる!
「ベルリネッタ姫。あなたも宰相殿と行動を共にすべきでござる。ここで力を発揮せねば、ボクサー家の恥にござるよ!」
「ううっ!」
うなるベルリネッタ姫。何か迷っている?
『旦那と離れるのがお辛いのでしょう。何かサービスしてやれば宜しいかと』
では。
「短い間でござったが、お世話になった。ベルリネッタ姫。一言助言致す。貴女は最初の一太刀に全てを賭ける剣術が相応しい。二の太刀いらずの剣でござる」
「わたしに剣のご指導を頂けるので!?」
ぱぁーっと顔を明るくさせるベルリネッタ姫。……ちょろい。
「誠でござる。騎士の中の騎士。ベルリネッタ姫は剛剣がよく似合う」
ちょちょいと耳をパタパタさせ、尻尾を大きくユラユラさせる。
こうすると、あのエランですらホッコリとした笑顔を浮かべるのだ。
『尊い!』
「あああ、尊きお方! イオタ様は神!」
『よし! 尊死を許可する!』
ミウラとベルリネッタの間で会話が成立したッ!
某には理解できぬ言葉の羅列だったが。
「命をかけて働きますぞー! トヤーッ!」
応急修理した戸を蹴破って、出ていくベルリネッタ姫。戸は丁寧に扱いましょう。
「ではミウラ」
『報酬を頂いて、宿屋に引っ込むふりをしてそのまま町を出ましょう。今宵は徹夜の行軍です』
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イオタ、逐電!
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