17.ああ、謎が解けていく でござる
三連投!
ううっ! 左肘が!
スマホの見過ぎで!
『旦那! 旦那!! 旦那!!!』
「ピーピピッピッピ! ピービビビビー!」
「ドラ、げっふんごふぉっ! ゴホン! ゴボホォ! ゲボォオー!」
「これ、何を怯えておる!?」
ディーノ殿に対し、失礼でござろう?
この巨躯のトカゲもどきはリザードマンのディーノ殿。怖くなんかないんだよ。
以前、ミウラからリザードマンだと教わった。こやつ、姿を言えば、どんな種族も言い当てると自慢していたでござるからな。
『イオタ、まためんどくさい連中を連れているのな?』
「面目ない。この者達は皆……もとい、一人を除いて皆、拙者の縁者でござる。失礼の段、ご容赦願いたい。一人を除いた皆に代わってお詫び申し上げる」
土下座でござる。
まったく! 見た目だけで人を判断するとは!
憤懣やるかたなし!
首一つで――、ウラッコの首一つで勘弁してもらおう。
『ふむ、どうやらイオタは面白い経験をしてきたようだな。どれ、我によく見せてはくれまいか?』
見る? よく分からんが、神通力のようなものでござろうかな?
うーん、特に後ろ暗いことはしておらぬし。
「どうぞご随意に」
『開けっぴろげというか、後ろ暗さがないというか。……ふんふん、なーるほど。これはこれは! はっはっはっ! 楽しいネコ耳だな。ここ500年で一番心躍るストーリーだ!』
ディーノ殿の口の端が捲り上がり、大きな牙がニュッと顔を出した。
笑っているのだろう。……自信ないが。
『お主、トラブルに巻き込まれる天才か? しかも、面白ろ、もとい……解決する才を持っておる』
どーでもよいわ!
「ところで、ディーノ殿はなにゆえ北の山より、はるばるここへおいでになられたでござるか?」
『あそこって、冬は雪が積もって寒いのだ。毎年冬の間は南の山で過ごすことにしておる』
トカゲだからね。しかたないよね。
「ディーノ殿も寒いのが苦手でござるか。拙者らもでござる。拙者、南の国を目指しのんびり旅をしている道中でござる」
憧れの保養地。楽園タネラ。
一年中暖かく、浜には魚が打ち上げられ食う物に困らず。温泉がポコポコ湧いていて、そこに住む人々は大らか。ネコ耳族を差別しない。
「ディーノ殿はここで越冬なされるか? でもここはまだまだ冬の厳しい地域でござるよ」
『心配痛み入る。それは知っておる。南の山へ向かう途中の一休みだ。今年は趣向を変えていつもと違うコースを飛んできたのでな。ここに降りたのは偶さかだ』
「昨今、魔物が異常繁殖しておるでござる。気をつけられよ」
『魔物か……そう言えば……』
ディーノ殿の瞳孔がすうっと縦に細くなった。
『ちょっと前に、僅かに魔王の匂いをかぎ分けた事があった。原因はそれだ』
うわっ! やはり魔王か!
「どこででござるか?」
『うーむ、ここへ来る途中でチラリとであったからな。位置までは憶えておらぬ。しかし――』
ディーノ殿の顔がニュッと近づいた。
気持ち、いたずらっ子ぽい顔付きに見えるのは気のせいか?
『イオタなら、そこそこ魔王と戦えるのではないか?』
「なっ!」
ボフォーっと鼻息をかけられた。
髪の毛が全部後ろへ持って行かれそうだ。
「冗談ではござらぬぞ! 拙者、命は惜しいのでござる!」
『魔王は未だ全てを覚醒しておらぬ。二人が巡り会うことがあれば……ふふふ』
いやいやいや、ふふふじゃなくて! その先を話していただきたい!
ディーノ殿が鎌首をもたげた。こうやって見ると、こやつ背が高いのな!
『現在の魔王なら戦い様があるだろう。だが、時が過ぎれば戦わぬが良い。たぶん死ぬ』
「当たり前でござる! どうやったら魔王から逃げられるか教えて欲しいでござる!」
『それもこれも巡り会うことがあればの話だ。この広い世界で、お互いウロウロしておるからな。出合う確率はコンマ2桁以下だ』
「出合うこともあると!? こんまに以下で?」
出合っては困るのでござるよーっ!
『ふふふ、この数値について詳しいことは、そこのネコに聞け』
ミウラに?
見ると……ミウラはネコなりに真面目な顔でウロウロしている。
さっき、赤いディーノ殿に軽くあしらわれたのが……ミウラのことだ。先ほどの戦いで、何ぞ感じ入るものがあったのだ。知らんけど。
ブワサと大きな音が聞こえた。
ディーノ殿が翼を広げたのだ。
『この地にて長居は凶。我は今より旅立つ。イオタとは縁があるようだ。また会えるであろう。さらばだ』
「うむ、お気を付けて」
ディーノ殿は、翼を羽ばたかせることなく、すーっと上に上がっていく。天女が飛ぶとこんな感じかな?
空の上でバサリとひと羽ばたき。矢のような速さで飛んでいった。
ディーノ殿からは見えぬと知りながら、手を振って別れの挨拶とする。
「イオタ様!」
「イオタちゃんッピー!」
『旦那!』
ディーノ殿が飛び去ったら緊張が解けたか?
「今のっ! 話を! 戦いがっ! イオタ様っ!」
ベルリネッタ姫が何を言ってるのかわらぬ。混乱しておいでのようだ。
もう話しても良いか。
「今のはディーノ殿。ちょっと前に知り合った御仁だ。根は温厚なトカゲ人間でござる」
リザードマンでござるな。
『旦那、ひょっとして?』
いち早くミウラが冷静となったか。さすがである!
『今の生物がドラゴンなんですよ! ご存じありませんでしたか? っていうか、旦那、何か別の生物と勘違いしてましたね?』
「え? トカゲのでかいので二本足で歩くことができると言えば、リザードマンだとミウラは言ったよね?」
『ああーっ! 言いましたがっ! 大きさを話しておいででありません! ドラゴンなんて究極的超大物! 転生してすぐ物語の序盤に出合うはずないでしょう!?』
「またまたー! 膨大な知識量を誇るミウラのことだ、例の一つや二つは知っとるだろう?」
『そんな話は……あっ! 真っ新タウン出たてのサト坊が、伝説のファイヤーに出合ったっけ!? 薬物モンスターのシャブチュウを連れて! くっそう! 知ってたよ!』
それごらん。
「それ以前にミウラよ、ディーノ殿はどう見ても龍ではござらぬよ。体が蛇でない」
『竜……いや龍ですかい! そこからして! ああっもう! 同じリュウという生物ですがっ! イセカイでは龍を担当するのが竜なんです! いやこれはわたしの迂闊!』
頭を掻きむしるミウラ。
うむ、ミウラとの会話から推測するに、ディーノ殿はドラゴンで、竜で龍でござる。っと?
『いち、に、さん。ほら気づいた』
そ、某、えらい生物に砕けた口をきいていたでござる!
刀で斬り付けたでござるよーっ!
ディーノ殿ができた人物であったから無事に済んだようなものの!
ガクガクガク!
ちょっとぉ! ここ危ない場所だったんだぁー! 早くここから……いやまてまて、ディーノ殿が飛び立ったんだから、逆にここは安全なはず。
『ディーノさんとやらはコメディー映画を一本見たような満足顔でしたが?』
「さすがイオタ様! 聖なる竜・ディーノとお知り合いだったとは!」
「え?」
「しかも、この地を去るよう説得して頂いた! 拳による語らいで! 嗚呼、美しきかな肉体言語! 熱き友情!」
「はっ?」
『面白そうだから、このまま静観してましょう』
ベルリネッタ姫が目を輝かせながら某を見つめておる。殴りタコが美しい手を組んで、乙女の眼差しで某を見つめているでござる!
「あれは、まごう事なき聖竜ディーノ様です!」
ベルリネッタ姫の様子が、いつもに輪をかけておかしくなった。
「または調整者ディーノ。伝説の竜ディーノとお知り合いだったとは! まさに勇者! ああ! ああっ! 神よ!」
ベルリネッタ姫が複雑な印を胸元で結んでおられる。まさかバテレンの秘技ではござらぬな?
「イオタちゃんが伝説の竜とお友達? これは書き留めておかなければ! ああー僕の覚え書き帖が!」
覚え書き帖など一刀両断にしてやったわ!
今だ! 返す刀でっ!
『おお! 真剣白刃取りの極意!』
無駄に腕を上げよってぇー!
「イオタ様、ディーノとはいつお知り合いになったので? どのようなご関係で?」
ドオォォーン!
おおふ! ベルリネッタ姫の体が二倍に膨れあがった!
『気です! 闘気が敵を大きく見せ、遠近感を狂わせる、あの現象です!』
意味は解らぬが理解できた!
「えーっと……」
イセカイに転生して裸でウロウロしていた頃に知り合って――
この辺、話すと出自なんかの話に飛ぶだろう。めんどくさいことになるな。
そうだ! ディーノ殿より「この事他言無用」と言われていた。よしよし!
「その件に関し、ディーノ殿と約束がござる。軽々しく話す訳にはいかぬ。言えることは……、そうでござるな。親しく話をできる間柄、でござるかな?」
誤魔化せたか?
「よかった……イオタ様に何事もなくて……」
ベルリネッタ姫の体から力が抜け、膝を付いた。今、地面が揺れたよね?
「わたしは……イオタ様を守ると誓っておきながら、逆に守られる始末」
「いや、あの、姫」
ベルリネッタ姫の目から涙がこぼれ、受け取った下草が葉に沿わせ流し落とす。
「騎士道不覚悟! 情けない。……いっそ死んでしまいたい」
「そう気を落とされるな。拙者は無事。姫も無事。ミウラも無事。残念ながらウラッコも無事。原因も究明できた。良かったではないか?」
これでは慰めにしかならんか?
「せめて、イオタ様を庇って死んでおれば……父母に合わせる顔がない」
ああ、そういうことか。忘れておった。姫はイセカイの武士、騎士でござる。
某にも覚えがござる。
しからば!
「愚かなりベルリネッタ!」
大声で怒鳴ってやった。
「拙者を守り、みごと死んで見せたとしよう! ご両親もお喜びになるだろう。だがそれはご両親の本心か?
家臣の前では、上役の前では気丈に振る舞うでござろう! だが、二人きりになった時はいかがであろう? ここまで育て上げた自慢の愛娘の、物言わぬ亡骸を前にして!
ご両親のお気持ちはいかがでござろうや? 姫と親しくしていた者のお気持ちはいかがでござろうや!?」
ぐいと襟を掴み、体を引き上げ……
重くてできなかったので引っ張るだけにして――
「拙者にも覚えがござる!
拙者もっ! 公方様を守る為、この身を捨てた!
その結果、この世界へ! イセカイへ飛んでしまった!
元いた国で、拙者は忠義者よと褒め称えられておるだろう!
だがな! 母上を残してきた! 弟二人も残してきた!
父につぎ、拙者もいなくなったのだ! 母に逆目を見せた。これ以上の親不孝があるか?
親不孝を望み、何が恥だ! 何が面目だ!
それこそ恥を知るがよい! この痴れ者め!」
母上っ! 某は元気でやっておりますぞ!
遠い遠い空の下で、ミウラと共に!
元気で……。それを伝える術がない!
それが口惜しい! 悔恨の力で世界をまたげぬのか!
『旦那! イオタの旦那!』
ミウラが胸に飛び込んできた。
『泣かないで、旦那』
泣いて等……。
某は一人でござらぬ! 親友のミウラがここにおる!
「イ、イオタ様ぁー!」
「おおーうふ!」
ベルリネッタ姫が、某の足に食らいついた。勢いでひっくり返ったでござる。
そのまま腹の上に乗られ、わんわん泣きじゃくられた。重いでござる!
「よしよし、どうどう!」
「イオタ様! イオタ様! 何という! 何という!」
「で、できれば、どいてほしいかな?」
『旦那の評価が鰻登りどころか天井知らずでございますな』
ちゃっかり、逃げていたミウラ。人ごとのように言うでない!
あ、アンコが口から出そう。
それ以来。何かというと鯖折り、もとい……抱きついてくる癖がついたベルリネッタ姫。
うーん、ディーノ殿が何者でどうして聖竜と呼ばれるのか聞きたかったのだが……。
次に抱きつかれれば、きっと背骨が折れてしまうことだろう。
気は進まぬが、一件のカタが付いてからウラッコに聞くとしよう。
くっ! それまでウラッコの粛正はお預けか!
で、なんやかんや。念のため残り二つの地点を回ったが、あれ以降は全く事件もなくて……。
無事、町へ戻ってきたでござる。
魔王の情報を手土産に。
『冒険者ギルドが大騒動です』