14.有名人 でござる
なかなか話が進まないでござるッ!
「さて、お話の続きですが――」
テーブルを挟んで向こう側にギルマス殿。隣に、ちっこくなったウラッコの馬鹿。
なぜか某の隣に、体をくっつけるようにしてベルリネッタ姫。テーブルの上に香箱を作るミウラという陣形。
なんやかんやあって『ややこしかったですな』ギルマス殿の説明が始まった。
「先ほども申しあげたように、竜の目撃例が幾つか報告されています。これを踏まえて――」
ギルマス殿の説明を聞きつつ、目はウラッコに向けたまま殺害の機会をうかがいつつ、でござる。
「昨今の魔獣の異常繁殖、ならびに上位種の誕生。これらの原因が竜ではなかろうか、という説がございます。そこでイオタさんに竜の確認をお願いいたしたくこの場を設けた次第です」
やたら丁寧なのはベルリネッタ姫がおられるからだ。某とウラッコだけだったら、ぞんざいな口をきいておられただろう。
「そのりくつはおかしいでござる。海向こうのスベアの町では、龍が魔物を遠ざけると聞いたが?」
彼の地とこの地で話が真逆である。
「それは竜の種類に因ります。そこら辺の魔物とは違い、竜には個々に個性がございます。大きく分けて、邪悪な竜と聖なる竜。邪悪な竜は魔物を呼び、聖なる竜は魔物を遠ざける」
なるほど。龍の存在を確認する以外に、その正邪を見極めるのが真の依頼内容でござるか?
だけど、それには気づかぬふりをするのが吉であろう。某が利口であるところを見せてはいけない。勇者に祭り上げられてはたまらない。
「そして、その昔、魔王が復活した時にも同じ現象が起こっていたと公式の文献に記載されています。異常発生の原因が竜によるものなのか? 噂通り、魔王復活によるものなのか? 可能性を一つ一つ確かめていかねばならないのです」
『竜と魔王の二択ですか? 事が大きくなってきましたね。どちらが原因にせよ、討伐に巻き込まれたら命が幾つあっても足りませんよ』
もっともだ。
「ならば、なぜ騎士団を動かさぬ? 上級冒険者を動かしても良いのでは?」
「それはわたしから説明を」
横入りしてきたのはベルリネッタ姫である。
「ご存じかと思いますが、川オークを始めいろんな魔物に王種が誕生し、それぞれ数を増やしています。一方、騎士団は先の天国の門攻防戦で消耗し、対応できる数は少ない。動ける者は全て動かしていますが、川オークに機先を制されたので後手に回り泥縄となっております――」
ベルリネッタ姫の話とギルマス殿の話を纏めると――
・数を減らし、疲弊した騎士は目の前の緊急案件に人手を割かれ、確率の低い調査に回す手がない。
・冒険者ギルドも然り。王種発生の魔物対策に上級冒険者を全て突っ込んでいる。
・騎士隊長ベルリネッタ姫は、先の天国の門攻防戦の責任を取るという形で騎士の枠から外れ、龍対策に向けられたが、一人での行動は、地位の問題もありさすがに無謀。
……といった経過があったようだ。ここに来るまで、政治も絡んだ紆余曲折があったらしい。某が主で解決する等、説明が穴だらけなのは、それが原因だとのこと。
「どうでしょう?」
ギルマス殿が愛想笑いを浮かべた。
「事が事なので無理強いは致しません。危なくなったらイオタさんの判断で撤退してください。ベルリネッタ様のお命最優先! 私としても優秀な冒険者を減らすことは、最大限の努力をもって避けるつもりです」
ギルマス殿の眉間に皺が寄る。権力と職務に挟まれ困っておるのだろう。どこぞのギルマスとは大違いでござる。
ベルリネッタ姫が、可愛い顔に真剣な眼差しで某の顔を上から覗き込んでおる。
ウラッコは、居眠りを開始した。斬るなら今だが、空気を読める某は手を出さない。
今回、無事に事を進めたとしても、大事に巻き込まれそうな予感がする。できれば関わりを避けたいのだが……。
某は、危険を上回る好奇心を持っておる。
「イセカイに来た以上、龍に会ってみたい」
『ああ、やはりそう来ましたか。実はわたしも異世界名物、竜をこの目で見てみたいと思っていました』
二人の意見は合致した。
だが、聞いておかなければならないことが一つある。
「引き受けることを前提で、一つ質問がござる。なぜ拙者が名指しで選ばれたのでござろうか?」
キョトンとした顔のギルマス殿。
かわってベルリネッタ姫の菫色の目が爛々と輝く。
「何を仰せですか、イオタ様! イオタ様の武勇はかねがね伺っております!」
「いや、あの、武勇などと――」
「北の町で、凶状持ちの一味50人を素手で殴り殺し、王種を含むオーク100頭のコロニーへ突撃をかけ、見事これを討ち取る勇猛さ。不正を働いたスベアのギルドマスターを懲らしめ、組織を改編した正義の心。まことあっぱれ!」
「いや、あの、それは幾分――」
「こちらに渡る船にてセイレーンを軽く一蹴。なんでもイオタ様はセイレーンを食しておいでだとか。ゲルム帝国では世界規模の誘拐組織を相手に大立ち回り! 一つの商会を助け、二つの悪徳巨大商会を潰し少女を助けた。それはもう、物語の世界!」
『ダメだ夢見る少女の目をしている!』
「隣のレブリーク帝国では、国を挙げた討伐に失敗した騎士団に代わり、たった一人で川オークキング率いる川オークの大軍を撃破。川に生きる人々の為、ダヌビス川を下りながら各地の川オークキングを撃破し続け、最後は我がジベンシルを窮地に陥れ、かつ一連の騒動の源である、川オークエンペラーを討ち取り、名も告げず去って行った英雄!」
美少女の唾がビュンビュン飛んでくる。
「いや、あの――」
「それがイオタ様! わが心の英雄! 憧れの女性!」
ベルリネッタ姫の目がキラキラしています。
『ここまでくればもはや手遅れ。旦那はこの子の勇者です』
頭が痛い。頭が痛いでござる
「その話は膨らみすぎてござる! だれからその話を聞かれたか?」
「そこのウラッコ殿から」
抜刀! 大上段より切り下ろす!
「ピーッ!」
『おお! これぞ柳生流真剣白刃取りの極意!』
必殺の斬撃を両手のひらで挟み込んで止めるウラッコ。無駄に腕を上げよって!
「あのー、話を続けていいでしょうか?」
揉み手のギルマス殿。困った顔をしている。
仕方あるまい。刀を鞘に収めた。
「達成目標はドラゴンの棲息確認とその種別確認です。遂行不能な場合はお支払いできませんが、相手が相手だけにペナルティは無しです。金額は――」
『金に目が眩んで命を売り飛ばす愚か者はここにいない!』
同感でござる!
「イオタ様お一人で、この辺りで……」
出された額は……。
『成功報酬でハイブリッドの小型車が買える!』
「駿馬を買えるでござる! お引き受け致すでござる!」
急ぎの案件なので、出発は明日となった。
用品準備はギルドの案内と世話で。準備にかかる費用はギルド持ちとなった。
相当に焦っておるのな!
『わたし達が思っている以上に、事が重要性を帯びているのでしょう』
責任重大でござる。
いつの間にか、渦中にどっぷりでござる。
さて、駆け足で準備も終わり、次は宿だが。ギルドの近くに取りたい。
「ご一緒致しましょう」
「お断り致す」
鼻息の荒いベルリネッタ姫。何を考えているのでござろうか?
男とか女とか、考える以前に骨接ぎ金瘡的な身の危険を考えてしまう。
頭の中がぐちゃぐちゃになったせいか、やけっぱちのダメ元で、本陣のような立派な旅籠に入った。
『賑やかですから人が多く泊まっていそうですね』
やはりダメかな?
受付に若い男が立っていた。
「御免! 部屋は空いておるかな? 一人と猫一匹でござるが」
若い男は胡散臭そうな目で某を見た。
「あいにく部屋はいっぱいでして――」
「猫? ちょっとお待ちを!」
カウンターの奥から年配の親爺が小走りでやってきた。
「この宿の主でございます! お部屋はいっぱいなのですが、一つだけお部屋が空いています。最上級のお部屋なのですが、そこしか空いてませんので特別に普通部屋の価格でご案内差し上げます。如何でしょうか?」
最上級が普通部屋の値段で泊まれるのか!? どこかで聞いたような?
『それを既視感といいます』
いずれにしろお徳でござる。
「お世話になるでござる」
「では宿帳にサインを」
イオタ……っと。
主は神妙な顔付きで宿帳に目を落としている。
「やはり『ネコ耳の勇者』イオタ様……」
ネコ耳の勇者って何でござるかな?
勇者などという貧乏くじを引いた覚えはござらぬ!
『旦那、どうやら旦那は有名人になってる模様です。そしてわたしは鈍感キャラじゃない』
うむ。某もそこまで鈍感ではない。
ウラッコを斬ればすべてが解決すること位には理解している!