13.お姫様 でござる
「ち、ちなみに……、ベルリネッタ姫は可愛いお方でござろうか?」
そこ、大事ね。
「鎧姿のベルリネッタ様しか見たことないので、マルコさんの具合は知らないが」
「いや、そうではなく! つーか、そちらを知ってたら神通力持ちでござるよ!」
『そのスキルは誰を倒せば貰えますか!?』
落ち着けミウラ! 倒しに行くのは全てを聞き出してからだ!
「お年は確か17才。お顔の方は、どう見てもデビュタント前。幼い。可愛い!」
「ほほう、でびゅたんとまえでござるか?」
『デビュタントとは、乱暴にまで簡単に言えば、男女込みで元服の儀式のこと。イセカイでは13才から15才でしょう」
子供じゃないか。顔だけは。
見た目は子供。体は大人。好みでござる!
「国でも1、2を争う美少女。国民にファンが多い。くりっとした目。長い睫。蜂蜜色の金髪。まさに天使降臨!」
ギルマスの押しが強い!
『童顔巨乳は確定事項!』
「胸はどうでござる? 大きいのでござろうか?」
「失礼ながら、イオタさんより大きい」
『セクハラ発言です』
巨乳でござる! もはや断る理由は無し!
「よし参ろう! すぐ参ろう!」
『こっちもセクハラだから対消滅してパワーが発揮されました』
「仕事依頼に強烈な熱意を感じます。有り難い。では、二階の応接室で、お顔合わせと行こうか」
『応接室とは客間のことです』
うむ!
ギルマス殿に案内され、階段を上ろっていく。
上がりきると……。
応接室前の廊下に金色の髪をした女が立っていた。腰に剣を佩き、上等そうな服を着ている。鎧の類いは身に纏っていないのだが……。
「ベルリネッタ様!」
ギルマス殿が驚いていた。
「イオタ殿!」
ベルリネッタ姫が某を認めると、満面の笑みを浮かべ、ドスドスと足音を立てて走ってきた。
『え? 二階の廊下が揺れるんですけど?』
目の前に立たれるとスゲー背が高いの。
某より頭二個分高いの。
肩幅広いの。胸板厚いの。
紫色の目が怖いの。
詐欺でござるの。
『まさにラヲウの体にリンの顔。ザンギエフの体にバルログの顔! そうきたか!』
二の腕は某の太ももほどの太さ。太ももは某の腰ほどか?
そんな仁王様の体に、幼い顔が乗っかっている。
『Hカップでしょうか? ただし中身は脂肪じゃなくてタンパク質』
「初めまして! ベルリネッタです! 17才です!」
『その声、まさに幼女の声を当てる声優!』
「お、おほう!」
この女、手練れの者! 視線誘導を使って某の死角を作り、潜り込むような体裁きで抱きつかれた。
おなごに抱きつかれるという憧れの情景でござるが、思っていたのとちょっと違う。
太い腕でギリギリと締め付けられ、息ができない。
「や、やめ……らめ……」
声を出せない。
『声だけ聞いていれば最高のシチュエーションですが、痛て! イテテテ! 骨が折れる! 爆縮死する!』
懐に入っていたミウラが悲鳴を上げた。
某も、「あ、死ぬって、この延長にあるんだな」って思った。
その時である!
「ヒャッハー!」
「冒険者共は皆殺しだー!」
「うわー! ライカンスロープだー!」
「助けてくれー!」
戸を蹴り破り乱入してきた者がいる。
さすがに状況判断はできている。ベルリネッタ姫は力を緩め『緩めただけですけど』、階下を覗き見た。
某にも見える。狼が二本足で立った怪物。魔物である!
でかしたぞ魔物! これで戒めが解ける!
『狼人間ですね。鉄棒をねじ曲げる怪力。狼並みの素早さ。そして再生能力は旦那を上回るというか、旦那の最終モデルですね! バンパイアとならぶ、刀で斬っても死なない不死身の怪物。Aクラスの魔物です』
こ、これは強敵でござる!
下の冒険者達が混乱しておる。某も参戦せねば!
「ちょっとだけお時間くださいね」
某を放り投げたベルリネッタ姫。二階から飛び降りた。
床に着地。「へぶぅっ!」らいかんすろーぷの一匹を踏みつぶして。
『いまギルドの建物が揺れましたね』
下敷きにされた、らいかんすろーぷはピクリともしない。……らいかんすろーぷって簡単に死ぬんだな。
呆気にとられている残り一匹の首に丸太のような腕を回し、ギリギリと締め上げる。
「俺は無敵のライカンスロープ。力で俺に勝てると? すぐに抜け出して……」
抜け出せなかったでござる。
「俺は不死身のライカンスロープ。首を絞められたってキュボッ」
首の骨が外れる音だ。
ベルリネッタ姫『そうだね、プロティンだね』が、首のグラングランしたらいかんすろーぷを軽く放り上げ、落ちてきた所を両腕で抱え込む。
『腕を巻き込んだベアハッグですね』
骨の折れる心地よい音が連続で……いつまでもいつまでもいつまでも続く。
両腕とあばら骨と背骨をやったな。あと内臓も心臓ごと潰したな。
体格的に変になった、らいかんすろーぷをゴミのように放り投げる。
『ああっ! 不死身のライカンスロープ様が!』
「やあ、お待たせしました。えーっとお礼の途中でしたね? 何か仰ってましたが?」
「……いえ、特に何も」
そう答えるしかないでござろう!
ここで「心眼!」
種族:たぶん人間?
性別:女!
武力:十二以上。知らん!
職業:元騎士隊長
水準:超甲
性癖:可愛い物好き
運:五
たぶん人間って、何でござるか? 鑑定である心眼がそのように自信なさげで良いのでござるか?
性別、女性の後ろに強調句が添えられているのだが、某、疑ってはござらぬ!
武力は見た目通りでござるが、十を越えた人は初めてでござる。知らん、ってなんでござる?
その他にも色々突っ込みたいことが山ほどあるでござる!
ほんとうに姫でござるか?
『姫と呼ぶにはあまりにも筋肉質ですが』
「昨日は危ない所を助けて頂きまして有り難うございました。城に詰めた者ども一同を代表して礼を申し上げます!」
笑顔が可愛い。子供から大人へと移りつつある年代特有の美しさと儚さ、純真さ。
それが仁王の体の上で……。可愛く微笑んでいる。
『ギャップ萌えという言葉がございます。ですが、さすがにこれはカテゴリーエラーでございます』
意味不明の単語が並ぶが、言いたいことは理解できた気がする。
「では、お礼の続きを」
何事もなかったように。ちょっと肩に付いた綿埃を払っただけのような落ち着きぶり。
両手を広げて近づいて来た。
間合いを取る為に、すり足で後ろへ下がる。
『えーっと、ここさっきライカンスロープの奇襲攻撃を受けましたよね?』
ミウラよ、それは幻でござる。
「イオタ様、このご恩、いつかきっと我が命にかえてお返し致します!」
ああ、言葉によるお礼ね。よかった。命拾いした。
『我が命と引き替えにって、何と戦って相打ちになるんでしょうかね? 魔王?』
魔王が可哀想でござる。
いやいや! 雰囲気に呑まれてはいけないでござる!
「拙者、何のことかさっぱりでござる!」
事を大げさにしたくない。天国の門で暴れたのは正体不明の頭巾侍。某ではない。
「なんと奥ゆかしい、……解りました。ではそう言うことで」
目がキラキラしてるの。この姫様。
完全に誤解したまま忖度されたでござる! いや、誤解ではないが!
『相当旦那に惚れ込んでますね』
あれー? おっかしいなー?
女から惚れられている気が全くしないんだけどー?
「えーっと。じゃ、挨拶も済んだことですし、中へ入りましょうか?」
困った顔のギルマス殿が、話を進めようと仕切りだした。ある意味助かったでござる。
「案内致します。こちらが応接室です。汚い所ですが、どうぞ」
ベルリネッタ殿が自分の家みたいに案内しだした。なんなの、この人? 何か怖い。
中にいたのは既視感溢れる黄色い塊。
「えー、こちらが山の案内人で、ウラッコさんです」
「ウラッコー!」
居合抜刀!
「ピーッ!」
ウラッコの喉元に切っ先が触れる。両手のひらで刃を挟むウラッコ。
洒落臭い! 真剣白刃取りのつもりか?
委細かまわず力一杯、刀を差し込むッ!
「ピェー!」
動かない! ウラッコめ! 火事場の馬鹿力か!
腕を上げたなウラッコ! これで遠慮無く斬り殺せるというもの!
「あ、案内人とはグギギ! そこ元でござったか? なにゆえここにおる? ぬォォー!」
「さすがイオタさん。稲妻の如き抜刀術。わたしの目では捉えることができませんでした」
「ピギーッ! こ、ここは僕の古里だから、ピギーッ! あ、あんまり力入れないで! あの山は遊び場みたいなものだっピ!」
この馬鹿力め! 押し返してきよる! だったら体重を乗せて押し切ってくれよう!
「ぬふーん! そこ元、拙者から逃げるべきではないか? グリグリ! なんで拙者の旅する先、東へ向かったのでござるかハァーッ!」
「この位置からでも動いたことしか見えなかったんですから、ウラッコさんから見えるはずありません。わたしが当事者だったとしても斬られていたでしょう。さすがです!」
『なんか、関係無い台詞が混じってませんか?』
「どうしようどこへ逃げようパニクってたら、頭の隅に『東へ』というワードが出たっピヒーッ! 東は僕の古里だから天恵と信じて走り出したっピーッ!」
徐々に某が力勝ちしだしてきた。
「バカヤロウ! 『東』は拙者が向かうって言った方向でござる!」
「し、しまったっピー! 後先忘れ『東』という単語だけで突っ走ってしまったっピー!」
「三歩歩いたら忘れる鳥頭か!」
「トリ羽族の種族的宿痾だっピー!」
「宿痾だったら仕方ないなっ!」
また盛り返して来たがった!
「おやおや、案内人とお知り合いでしたか?」
ニコニコ顔のベルリネッタ姫。
状況を理解してだな――、某の手首とウラッコの顔面をがっしりと掴む。人外の腕力で。
「喧嘩はいけません」
「喧嘩ではござらぬ! 粛正でござる!」
「ピーッ!」
「仲良く致しましょう、仲良くね」
無理矢理引き離された。
「うおぅ!」
「ピーッ!」
弾き飛ばされた!
全力のぶつかり合いをこれほどまで簡単に弾け飛ばすとは!
某は壁ギリギリで踏ん張ることができたが、ウラッコは……窓際の壁にめり込んでいた。
『えらい濃いのが現れてしまいましたね』