10 ジベンシル王国の飯屋 でござる
てくてくと歩く某の横で、トコトコと歩くミウラ。
「ちなみにミウラよ」
『何ですか? イオタの旦那?』
川港より町の中央へ向かう道すがらでござる。
「タネラに着いたら何がしたい?」
『そうですねぇ……』
おおぅ! 久々に見るミウラ博士の顔でござる!
獣を越え人を越え、神に至る道を歩むのか!?(ミウラのパクリ)
『猫を飼いたいですね』
……。
うん。まあ、いいか。
最初の目的地は飯屋だ。
『冒険者ギルドで地元の情報収集をする予定だったのでは?』
「よくよく考えると、ギルドでも突っ込んだ情報は金が要る。ならば飯屋で飯代を払って噂話を集め、気になった噂話があったら、それこそギルドで確かめれば良い」
『与太話が多いと思いますよ。メディアは信用が第一ですからね』
高級でもなく小汚くもなく、それなりの飯屋を見つけた。
「地元の名物を求めるつもりである。ミウラは食べぬか?」
『しょうがありませんね。お付き合い致します』
こうして食い意地の張ったネコ族二名が、飯屋に吸い込まれていった。
昼前というのにテーブル席は七分が埋まっている。中も落ち着いた雰囲気だし、それなりに砕けた服装の者と、小綺麗な服装の者が混在している。なかなか良い雰囲気の……。
なんか空気が暗い。うーん、客の表情が暗いな。
カウンター席に腰をかけると、即座に大将が注文を取りに来た。
「お客さん、ネコ耳族ですかい? ここいらじゃ珍しいですね。旅のお方かな?」
これは店選びをしくじったか? 古傷だらけの坊主頭に、鋭い目つき。左目を縦に走る三筋の傷跡。前掛けよりも大型鎧が似合う体格が、何ともいえぬ迫力でござる。
「そうでござる。えーっと、躾の行き届いた猫も同席させて良いでござるか?」
「なに? 猫ぉ?」
眉毛が……眉毛無いけど、眉毛の位置であろう筋肉が吊り上がった。
『ニャ、ニャーン』
カワイコぶるミウラであるが、こやつ噛みおったわ!
「ネコちゃん大丈夫ですよ!」
顔をクシャッと歪める大将。た、たぶん笑ってるんだ、この顔は!
「注文は何にします?」
超怖い笑顔で接客された。
傷と豆だらけのゴツイ手が、ミウラの頭に伸びる。猫の頭蓋骨など卵の殻より簡単に割りそうだ。
『にやあぁん』
「可愛い! 可愛いでちゅねー!」
どこか棒読みのミウラの頭を撫で、スリコギのように太い指で喉を撫でる。
旦那、助けて! そんな目で某を見ておる。
耐えよミウラ!
「ちゅ、注文はこの地の名物を……ご主人のお勧めで」
「じゃあ、ジバンシル名物のチマキなんかどうだい?」
「ほほう! チマキがござるか? それを頼む!」
「へい毎度! ネコちゃんにも何か作ってあげまちょうね?」
見た目より赤ちゃん言葉が怖いでござる。
さて、出てきた料理はチマキに似てチマキにあらず。
「手前が葡萄の葉で巻いたの。次がキャベツで巻いたの。向こうがチャードの葉っぱで。中身は味を付けた穀物と小麦の練り物とか、挽肉だ」
すっげー怖い顔で皿を出してくる。
「かっ、かたじけない」
「ネコちゃんは豚肉の挽肉を固めて焼いたのでちゅよー。おいちいでちゅよー」
すっげー怖い笑い顔で皿を出してくる。
『ニャッ、ニャー』
ミウラでもガチガチに固まる事ってあるのだな。
料理の味の方は――
「初めての味でござる! 美味しいでござる!」
中からジュワーと出てくる汁が、なんとも旨い!
『いけます! これはいけます! 実に肉食獣向けの料理です!』
しばらく料理を堪能してから、大将を呼ぶ。
「お勧めの酒はござらぬか? 多少高くても良い」
高い酒と聞いて、ギラッと……もとい、にっこりと笑う……たぶん笑っている大将。
「いいワインがありますよ。地元の名産でございます」
出された珍陀酒、――ワインであったな――、を前に、情報収集を始める。
「ところで大将。最近、この辺りで冒険者にまつわる噂話はないでござるか?」
「ありますよ。これは暗部……もとい、私とは全く関係のない客が冒険者ギルドの高速連絡網より抜き取った情報なんですがね」
大将、その方、過去に何をしていたでござるか?
「天国の門の砦が川オークの軍団に落とされそうなんです。あそこを落とされたら、もうダヌビス川は使えない。川の流通でもってるこの町も、お終いです。お客さんも早くここから離れた方がいい」
より一層静けさが増す店内。よくよく見れば、客は皆、酒を飲んでいる。未来を悲観して自棄酒の類いだろうか?
まあ、アレは今朝方カタが付いたので、さほど心配する必要はないが。
「川オークの数は万を超え、川オークキングどころか、エンペラーまで現れる始末。精強を誇る騎士団も押されまくって、今や落城寸前とか。砦を捨てるか玉砕するか、……ボクサー伯家のベルリネッタ様はプライドの高いお方。きっと砦を枕に……。陸の上なら私達も戦う方法がありますが、水の中は手が出せない」
ごっつい大将が力なく首を振る。
「おいたわしや!」「ベルリネッタ様」
「ベルリネッタ様とはいかがなお方でござるかな?」
「ジベンシルの羊蹄騎士団団長で女騎士。今回の件で急遽、天国の門の守備隊長として詰めております。腕がたち気品に溢れる孤高の女騎士。騎士の鏡とも言うべきお方。侯爵家の姫君ですので、身分も格別。いやー、お付き合いしたい!」
「「「お付き合いしたい!」」」
『くっ! 殺せ!』
息の臭そうな男共の唱和は気味が悪い。
あと、ミウラ。ドサマギで何を言ってるのか?
もといして――、
ベルリネッタ殿とやらは皆に慕われておるのだな。嫋やかな花が鋭い棘を持つ。女性の身ながら良き侍、ではなく、良き騎士である!
「川オークだけじゃなく、ここ直近、魔物や魔獣が急激に数を増しています。魔王出現の予兆ではないかと噂する者もいます。この現状を見ると、あながち否定はできません」
「なんと、魔王とな! 魔王とな! ミウラ、魔王とな!?」
『……えーっと、分かんないんですね? 魔物達を統べる実力と戦闘力を持った魔族の王、殿様ですね。魔物達の中でその権限は、幕府開闢当時のショーグンに匹敵します。仮想敵は人間社会です』
魔族藩の殿様! 恐ろしい! イセカイは恐ろしい所でござったか!
「と、同時に勇者出現の噂も流れています」
「なんと、勇者とな! 勇者とな!」
『次は勇者ですね。えーっと、魔王と戦える戦力を有した人外の決戦兵器ですな。鬼に対する頼綱公や桃太郎のような?』
勇者とは、小型の愛玩動物だけを連れて鬼ヶ島へ突っ込んでいく無謀な男でござるか?
某が桃太郎だったら、鬼ヶ島上陸前に叩きつぶされる自信がある。くわばらくわばら。
「なんでも、レブリーク帝国には、川オークを1人で撃破しまくってる戦士がいるって話を……えーっと……冒険者ギルド高速通信網担当者の知り合いから聞きました。その知り合いは昨日ここを旅立ってしまって今はどこの空の下か知りようがありません」
某が額に汗を浮かべたのは、大将の出自ではなく、話題の戦士が原因である。
「そんな強い戦士の方が、うちに来てくれないですかねぇ? 天国の門を抜かれると、私達も疎開しなきゃならなくなる」
そうだよなー、とか、逃げる所も金もねぇよ、とか、店の中がざわつきだした。
「おーいみんなー! 朗報だぞ!」
ドアを開け、これまたむさ苦しい男が飛び込んできた。だが、顔は明るい。
「川オークエンペラーとキング四天王ごと、大量発生した川オークが退治されたぞ!」
「なんだって!」「本当か!?」
『え? ホントに四天王だったの?』
「助かった!」「失業しなくて済む!」
うん、知ってた。でもここは皆と一緒に喜んでおこう。
「俺さっき知り合いの騎士さんに聞いてきたぜ! 謎の覆面戦士が、万に上る川オークエンペラーの軍団を一撃で始末したってさ。なんでも、どこからともなくふらりと現れ、見たことも聞いたこともない大魔法を放ち、風のように去って行ったって話だぜ!」
「レブリークの川オークハンターがこっちに来てくれたんだ!」
「きっとそうだ! 彼こそ勇者に違いない!」
「勇者万歳!」
イセカイの万歳は拳を突き上げるのな。某も並んで突き上げておく。
「ミウラだよね、魔法ぶっ放したの?」
『旦那ですよね、放ったように見えるのは?』
……脱出準備でござる。
「なあ、ネコ耳さん! 勇者が出現したってことは、魔王出現も現実味を帯びた話だよな!?」
興奮した大将の顔が近すぎて怖い。
「大将、良い話しを聞かせてもらった。お代を置いておく。釣りは要らぬ」
「ヘイ毎度おおきに!」
そそくさと席を立ち、ミウラを懐へ放り込んだ。
「そういやお客さん」
ドキっ!
「な、何でござるか?」
「旅をしているというのなら、逆になにかご存じありませんか? 勇者のこと」
「さ、さあ? 何も知らぬ。ではこれにて御免!」
何食ったか記憶に残らぬまま、飯屋を後にした。
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おっきがるにっ!