7.逃亡中 でござる
落ち武者狩り、ではなく、もはや戦場荒らし、または乱取りである。
数の暴力でござる。これが正義でござる!
『これが民主主義の原点!』
瞬く間に川オークは刈り取られ、律儀にも討伐部位が某の足下へと積み重ねられていく。
もう一度言う。律儀者でござる!
「その方らもいくらか持ち帰るがよかろうに」
討伐に協力してくれたのだから、それくらいの権利はあるだろう。と思っての事だ。
「なにおっしゃってんでさぁ! 憎っき川オークを討伐していただいた大先生のお手伝いをするのは自然の理でございまさぁ!」
「荒くれ者揃いのダヌビス川衆でやんすが、不義理者は一人たりともいやしません!」
なんというか……気持ちの良い人々だった。
日が暮れるまでに後始末は終わった。いやはや、数の力は凄まじいと痛感する次第。
「ネコ耳族の分際で余計なことを!」
「我等の立場を考えて行動せよ!」
「使者を出す。礼をしたいから城に上がれ!」
見学側に回っていた騎士から、苦々しい顔で賞賛を頂いた。
「この感じは不味い。典型的なアレでござる!」
『何がですか?』
「よく考えてみよ――」
近在の騎士をかき集めて放った渾身の一撃を粉砕された強敵。それをたった一人の冒険者が蹴散らしてしまった。
騎士の面目丸つぶれ。権力者の権威を地に落とす行為。
現に、ダヌビス川衆の中には、騎士や領主を役立たずと罵る者もいる。
その数は少なくない。
「領主に招かれたら、押し込められてお終いでござるな」
『では、とれる手は一つ』
「うむ!」
招かれぬよう逃げ回るとしよう。
どさくさに紛れて船頭を捕まえ、斯く斯く然々で明日朝船を出せるか? と問うてみた。
「確かに! イオタさんのピンチでさぁ! 川で働く者にイオタさんの窮地を見て見ぬ振りする恩知らずはおりませんて! たとえ親の死に目に会えなくても船を出しますぜ!」
「親の死に目には間に合わせような」
ついでに急ぐ理由を説明した。
船頭の目が好奇心で輝いている。まるで少年の瞳だ。
「イオタさん、その辺のことは我等ダヌビス川衆にお任せを」
「大丈夫でござるか? 命がけでござるよ?」
「なーに、こういったことは密輸で慣れてまさぁ」
大・丈・夫・で・ござろうな!!
打ち合わせを済ませてすぐ、ダヌビス川衆の集団に紛れ冒険者ギルドへ。顔を見られぬよう、頭巾を被っておいた。
危険を冒して冒険者ギルドへ向かったのは、討伐の成功を申請するためだ。
報酬は無理を言ってその場で頂いた。
これも数の暴力で何とかなった。
頂く物を頂いたらここに用はない。
受付嬢がポイントが充分たまったとか、Aクラス申請だとか、金切り声で叫んでいたが、相手にしている時間は無い。
次は宿の始末なのだが、ここまでで相当な時間が過ぎている。
もう宿に手が回されていると考えておくべきだろう。
『代理の者を立てて、宿を引き払う手続きを済ませましょう』
ミウラの案に乗ったっ!
「これで二・三日遊んでこい。川に近づくな!」
近くにいた男に宿賃と小遣いを渡したら、喜んで走っていった。
たのんだぞー。
その夜はダヌビス川衆に庇われて、たくさん並ぶ船の一つで夜を過ごした。
陸がなにやら騒がしい夜でござった。
「イオタ様、船の用意ができました」
「おっ? もう朝か」
顔なじみの船頭に起こされた。いつの間にやら様付きの身分でござる。
「案の定、領主側がイオタ様にちょっかいを仕掛けてきやしたぜ! 貴族連中が物騒なことを考えているって、上のモンも血相変えていやしたぜ!」
船頭さん、なんだか楽しそうだな。昨日の興奮が抜けきれていないとみた。
「イオタ様が冒険者ギルドを出た直後に使いの者が現れやした。宿の方はとっくに見張られておりやしたぜ! 丘の上はもうダメです」
「やはり予想は当たっておったか」
「上のモンからも、イオタ様救出に全力を尽くす様指示がでやした。そういうことですんで、ご案内致しやす!」
「では、遠慮無く世話になるでござる」
朝霧が晴れぬ視界の悪い川面。船頭はそのような状況にもかかわらず、乱暴に船を操る。
「危なくないでござるか? あー! ほらそこに船の舳先が! ぶつか――あー!」
「イオタ様、でーじょうぶですからお静かに。目をつぶっていてもぶつかりゃしませんて。ほらほら!」
『馬鹿! ほんとに目をつぶるな!』
「あーっ! にゃー! にゃー!」
ダヌビス川衆の仕事は丁寧の一言に尽きた。
某が乗った小舟が動き出すと時を前後して、同じ型の船が一斉に動き出す。
それぞれが、てんでバラバラの方角へ漕ぎ出したのだ。
監視しておる者どもへの目くらましでござる。
実に念入りでござる。凝りに凝ったでござる。そこはかとなく趣味の香りがするでござるが、きっと気のせいでござろう!
ダヌビス川衆に頭が上がらなくなったでござる。
「瀬取りの要領でさぁ。手慣れた仕事なんで、お気になさらずに」
お気になるでござる。こやつら、普段から何をしているのでござるか?
二回ばかり船を乗り換えて、三回目に本命の船に乗った。
一回目は川上へ。二回目から川下へ。尾行を撒くための常套手段だ。どうしてこいつらその手管を?
さて、目的の船についたでござる。
「超・豪華でござるな」
『樫の木で作られている? 戦闘にも使える頑丈な船ですね』
こしらえが頑丈で綺麗な装飾が施された中型の船だ。
梯子を使って乗り込んでみると……
中は外より豪華であった。
「これはブレダの町で実力者の一人が持つ個人所有の船でさぁ。領主に押しが利くえらいさんの一人なんで、間違っても騎士なんざに乗り込まれませんし、船を止められることもありませんぜ!」
「まさに大船でござるな」
「ちげーねー!」
大笑いする船頭。面白かった? 面白かった?
『さほど……』
心が貧しいミウラはおいといて、いよいよ出港でござる。
「イオタ様。このご恩は忘れません。あっしらブレダの川に生きる者は全部が全部、感謝しております」
「大げさでござる。……そこもとも元気でな」
旅をすれば別れを知る。
出会いと別れ。それは生と死にも似ている。
『次はレブリーク帝国国境、ギドンの町を経て、ジベンシル王国入りです』
「順調でござる」
『命がけを繰り返しているのに、日程にさほど変化が無い。不思議ですね』
そうかな? しらんけど。
某らが乗った船は、大きな貨物船と船団を組んでいた。
これも目を眩ます為であるとか。
船頭達が嬉々として参加しているとか。
……こやつら楽しんでおるな!
……こやつらを敵に回してはいけないでござる!
「おや?」
回りの船全部から、踏みならす足音と、手を打つ音が聞こえる。
どんどんぱん! どんどんぱん!
別れは賑やかなものとなった。
『どこかで誰かが、ロックは癌に効くと言っていましたが。あれは嘘なんです』
過ぎゆくブレダの町を見つめながら、ミウラがなにか言い出した。
『やっぱ演奏しなきゃ』
ああ、いつもの戯言でござるな。