5.ダヌビス川の決戦! でござる
翌日、冒険者ギルドにて。
有り難いことに、「川オーク討伐」の依頼用紙が依頼ボードに貼ってある。
「どれどれ?」
一匹当たり千セスタ。通常以上の川オークは五千セスタ。
川オークキングは五十万セスタ。
そして、成功報酬。かわりに違約金は無し。
騎士団敗退につき、依頼を受ける者がいない。一気に規制が緩和された。
ヤケクソともとれる。
『100頭は下りませんから全部殺って10万セスタ。メイジもざっと20頭で、これも10万セスタ。キングは50万で、合計70万セスタ。718ケイマンが買える!』
「大金でござる! 太夫を身請け出来るでござる!」
やはり昨日の白いのは川オークキングと認定されたようだ。
『旦那、これ集団クエストですよ』
「なに?」
依頼用紙の最後の方に「集団クエスト」と書いてある。
『一つの依頼に対して人数制限無し。少しでも川オークの数を削ろうと考えているのか、藁にもすがる気持ちなのか、あるいはヤケクソか?』
元々賞金度外視で受けるつもりであった。依頼が無くとも、勝手に討伐するつもりでもあった。冒険者ギルドへ寄ったのは依頼が出ていればなぁ、と淡く期待しただけのこと。目的を同一にする者が何人現れようと関係無い。むしろ心強い。
受付の前に立つ。
「川オーク討伐を受けるでござる」
「宜しいのですね? 昨日の戦いをご覧になってのクエスト受注ですね?」
「武士に二言は無い!」
「……では、早速本日正午の鐘と同時に、討伐スタートです。現在、あなたを含めて21人が集まりました。集合場所は桟橋の袂です」
「心得たでござるよ」
時間は流れ、正午の少し前。
集合場所である桟橋に到着。
大勢の見物人も集まっていた。町の住民全てが集まっているのではなかろうか? という大賑わい。
見物人は、見たところ八割方、川で生計を立てているダヌビス川衆だ。残り一割九分は町の人々。最後の一分は騎士の者。
野次馬共に分け入って桟橋へ向かうと、すでに20人の冒険者が集まっていた。
刃物に舌を這わす者。鼠色のローブの下で怪しく目を光らせる者。どいつもこいつも、ヤクザか野盗かといった連中。どう見ても冒険者に見えない。
まもなく攻撃開始だが、だれも作戦を立てようとしない。互いが互いを牽制している。沖で遊泳する川オークを睨み付けていた。
……金に目の眩んだ亡者共めが!
『旦那もね』
某はいいんだ!
人と人との繋がりを何よりと考えている義の人だから。……考えているネコ耳だから。
先ずは挨拶からでござる!
「えーっと、拙者ネコ耳族のイオタと――」
「やかましい! すっこんでろ!」
禿頭の大男に怒鳴り返された。顔が蛸のように真っ赤である。頭まで真っ赤故、どこまでが顔でどこから頭かが……
「テメェ! 今、失礼なことを考えていただろう!?」
絡まれてしまった。
その時、ちょうど正午の鐘が鳴った。
「いくぞー!」
「俺が先だー!」
てんでに突っ走っていく冒険者共。
バラバラに魔法が飛び、矢が散らかって飛ぶ。
スッポンと潜る川オーク。冒険者の攻撃はまるで効果が無い。
剣や槍は言うに及ばず。っていうか、剣や槍持ちはなにを考えて参加したのだろう? 昨日の戦を見てなかったのだろうか?
足手まとい決定。勝手に疲れるまで戦っているがよかろう。
某は下がって高みの見物と洒落込もう。
『冒険者の攻撃で、砦を包囲していた川オーク達が、こちらに布陣し直しましたね』
砦の包囲を解き、続々と集結する川オーク共。
桟橋のこちら側と向こう側へ、二つに割れて布陣を終えた。
『こちら側に向かってくる隊が先鋒攻撃要員。向こう側の隊が予備兵力兼、砦対処部隊といったところでしょうか?』
「その通りだな」
相変わらずキングの統括がとれているのな。
無意味に、そして水音だけ勇ましい冒険者の攻撃が続く。戦士組は言葉による挑発を繰り返している。……はたして、人の言葉が川オークに通じるだろうか?
中州から川オークキングが現れた。ボチャンと水音を上げ川に飛び込む。
挑発が利いたのか? 意味は解らずとも、馬鹿にされているのだけは理解したか?
キングが水中に没して間もなく、川オークから攻撃が始まった。
といっても、昨日と同じくウオーターランスの遠距離攻撃。
バチバチと冒険者に命中していく。
『岸近くに川オークが潜んでいます。ほらあそこ。着弾位置の補正を伝えているようですね。頭良いなー!』
冒険者はなすすべも無く敗退した。
「あーあ!」
「情けねーの!」
「金は払えねぇな」
見物人から容赦ないヤジが飛ぶ。こやつらはオマンマの食い上げなので、気が荒ぶっているのだ。
「おい、ネコ耳の嬢ちゃん。あんたも早いとこ引き上げな。命あっての物種だぜ」
昨日の船頭さんだ。
「ふふふ、真打ち登場でござる」
「おい止めろって!」
静止を軽く振りきり、川べりへとゆっくり歩いて行く。
川面をびっしりと埋めた豚面の視線が某に集中する。
『旦那、呪文の構築に入ります』
心得た! ミウラが使う奥の手の魔法は、準備に時間がかかるらしい。よって某の役目は、昔取った杵柄による口上で時間を稼ぐ事でござる。
「ニャ……やあやあ! 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
丹田に気を込め、大音声で名乗りを上げる。
帰りかけた見物人が何事かと振り向いた。
「我こそはネコ耳族の侍! イオタ! いざ、参る!」
手を前にかざす。
「get.are.(ゲツター)バルディッシュ!」
合図の掛け声で足下に光るだけの魔方陣。これは呪文構築とやらの片手間でできるらしい。
中央に開いた収納ボックスよりバルディッシュを引きずり出す。
頭上で振り回し、時間を稼ぐ。
「むーん、くりすたる、ぱわー! めいく、くろすぼーん・ぎがんてぃす!」
ミウラに教えてもらった古式ゆかしき呪文ばーじょん三。
青白く輝くバルディッシュ! ぶんぶんと振り回す。
通常なら、恥ずかしい口上をもう一つ述べるのだが、以前黄色いのに無断で使われた経緯があったので、盗作防止の観点から省略とする。(ミウラ談)
さらにぶんぶんと振り回す。
どんどん光が先端の刃に集約されていく。青い光が斧部分を覆う。
「何だ!?」
「何だ何だ!?」
観衆より驚きの声が上がる。みな、某の派手な動きに気を取られ、ミウラという存在は目に無い。
『準備完了です!』
ミウラより、奥の手の発射指示が来た。
「波動爆圧! バブルパルスー・バルディーッシュ!」
正面、桟橋のこっち側の川面に向けてバルディッシュを振り下ろす。
斧部分の青い光が飛ぶ。
水中へ避難する川オーク、全ての豚面が水中へ消えた。
後を追い、青い光弾が、川オークが潜った手前の川面に着弾。
”ジュン!”
魔法の光は水中に没した。
「なんだ? 見かけ倒しか?」
「だから火魔法は水に浸かると消えちゃうとあれほど――」
”ボキュルン”
川の底の方で赤く鈍い光が発生。赤い光は広範囲に渡る。そう、水中に潜む川オーク全てを包み込む広い範囲で。
モサリと低い音を立て川面が盛り上がり、盛り下がる。川辺に激しく波が打ち寄せられた。
プカリと川オークが水面に浮かぶ。腹を上にして。
「あれを見ろ!」
船頭さんが指をさす。
そこには三十頭ほどの川オークが腹を上にして浮かび上がってきた。
皆、血だらけで。殆どが激しく傷ついた体で。
「効果覿面でござる!」
『さあ、狩りの時間が始まりました!』
次週「続・ダヌビス川の決戦!」
お楽しみに!