2.異世界の事情 でござる
ダヌビス川に浮かぶ客船で一夜を明かした。
夜でも船は進むんだと思ってたら、おっきい岩の下で碇を降ろして停泊してた。まあ、当然だわな。危険だし。
『夜に湊へ入らないだけでもさすが異世界。魔法によるナンヤカンヤがあるのでしょう。ちょっと調べてきます』
動き出したのは空が白みだしてから。
持ち込んだ朝飯を掻き込み、白湯を落ち着いて飲み、暇に飽かせ肉球の掃除に勤しんでいた頃。第一の目的地にして中継地、ウインドボアに付いた。
ここはレブリーク帝国の帝都でもある。
この客船はここまで。ここで下船。この地でまた新たに東行きの船を探さねばならぬ。
帝都の外苑を流れるのが偉大なるダヌビス川。帝都の堀も兼ねておるようだ。
川の運用は町に繁栄をもたらす代わりに、災厄ももたらす。
『江戸時代の人の考え方として――、道の整備は、活発な商業活動が促され、繁栄をもたらすという表の顔と、悪意有る敵より攻められやすくなる、つまり防備が弱くなると言う裏の顔がありました』
……そう言うことである。
『このイセカイでは驚くほど国同士の仲がいい。それは共通する外敵、すなわち魔物・魔獣の存在があるからです。いわゆる敵の敵は味方という思想』
「へー」
『まさか旦那? それに気づいてないとか?』
「まっ、まっさかー! あはっ、あはあはあは!」
『でしょうね』
解説、ご苦労でござる、ミウラ。
……そんな冷え冷えとした目で某を見るではない!
官吏による簡単な身元確認があり、入国税を払って上陸した。
背景が緑で、所々先っぽの尖った建物が幾つか固まっておる。総じて石造り。
それがウインドボアの第一印象。
町の中を散策するも、皇帝が住まいする居城が見当たらない。
『おそらくですが、居城というより宮殿かと。やたらめったら広大な敷地にさして高くない建物。人同士の戦いが無いのですから、居住性や役所に適した、あるいは効率的な思想による建造。たとえるなら京の都の宮殿かと』
さすが、ミウラでござる。言ってることの半分位は理解できた。
さっそく冒険者ギルドに顔を出し……。
「なんというか、大都会にしては寂れておらぬか? ここの冒険者ギルドは?」
たむろする人も少ない。受付嬢も少ない。
依頼ボードに貼り付けられた依頼も、ショボイ。ドブ掃除とか、ネズミ駆除だとか、人捜しだとか、E級F級ばかり。
商隊の護衛すら無い。
「どういう事だ?」
『おそらく……いえきっとそうでしょう』
「心当たりが有るのかミウラ?」
男前な顔でじっと物思いにふけていたミウラである。
『大都市、それは巨大な戦力と綿密な巡視力を持つという事。その戦力は同族である人間国へ向けられたものではない。共通の敵、魔物に向けられたもの。ならば大都市近辺に魔物は少ない。いても冒険者の手を借りることなく公的武装戦力がカタを付ける。そこに冒険者の出る幕は無い』
……なるほど。
「ということは、僻地の都市の方に仕事が多いと?」
『その通りでしょう』
いわれてみれば確かに。
帝都周辺を魔物に荒らされているようでは、王侯貴族の誰も傅かぬ。
中央の手が届かぬ地方僻地に冒険者の武力が必要とされるのだろう。
「む? ならば、都会に冒険者は必要なかろう?」
『その件に関し、わたしども未来の研究者は、予てより考察して参りました』
「おお! 素晴らしい。それでは研究結果を発表してもらえるか?」
ミウラはコホンと咳払いした。
『農家にしろ貴族にしろ、家や財産を継げるのは長男だけ。次男は養子要員。女も1、2人程なら嫁要員として残せますが、三男以降、三女以降は余り物。
計算できず文字も扱えない者が商人になれるはずもなく。寺に放り込めばいいかというとそうではない。この世界の宗教家は、聖魔法を使う才能が必要。これも狭き門。むしろエリート。
ならば盗賊になるか? ……盗賊になるかしかありません。
現世の中世で、貴族崩れに盗賊貴族なる厄介なジョブがあったほどです。
そこで! 異世界は、余剰人員の受け皿として、冒険者という職業が必須となったのです。
中央の権威が及ばぬ地方の魔物を相手に戦う組織。並びにサポートとしての薬草摘み等々。
そこでは、死んでもかまわない人だけど、社会に害を成しては困る人が必要とされるのです』
……冒険者ギルドって深い。イセカイに必要な組織であるのな。
魔物が跳梁跋扈しない日本では考えられぬ組織であるが、イセカイだと需要がある。
さすがにここまで洞察できなかった。
「ミウラが知らない事など無いのではあるまいか?」
『たくさん有りますよ。例えば、3回転サルコウと3回転トゥループの違いが分かりません』
ミウラに解らぬ事など、某には一生かけても解らぬであろう!
「となれば――」
話し戻して。
「この地で働くより、先の田舎町にこそ、割の良い仕事があるという事か」
『でしょうね。この町は英気を養う程度で軽く飛ばし、その分、本命の田舎でがっつり働きましょう!』
で、ござるな。
「では、昼飯食ってから、宿を探そう」
『サンドイッチみたいなの無いかな?』
町並みは優雅の一言。
江戸のようにセコセコと狭い土地に立ち並んでなどいない。
広大な敷地に広い屋敷。小さな家でも庭が広い。日本なら一角を畑にして青菜の一本でも植えている。
家々の壁は白っぽい石で出来ていた。
『近くによると、汚れた薄い灰色ですがね』
屋根が赤い。朱色の瓦が乗っている。
それっぽい木の看板を吊している店の戸をくぐる。
ネコ耳だと申しても、分け隔ての無い気さくな店であった。
ここでもお勧めの昼飯を出してもらう。
パンに挽肉を固めた物体? が挟まれている。
「挽肉に香味野菜とスパイスを混ぜて捏ねて焼き上げたミートだ。パンで挟んで食うと旨いよ!」
気さくな親爺さんが解説してくれた。
『サンドイッチ……みたいな食べ物ですね。わぉ!』
口を大きく開けて食べなければならぬところが野性的でござるな。
では一口。
「んまい!」
『あ、ほんと美味しい。スパイスは申し訳程度ですけど、薄味に慣れた舌には丁度いい。むしろ、食材のうまみが引き立てられて美味しく感じます』
スパイスとは、唐辛子や山椒の類いで、総じて舌にピリリと来る味付けの材料にござる。
なに、イセカイで学んだ知識の一端でござるよ。ふふん♪
『ああ、現代の正式愛称マクドが! ……なにもかもみな懐かしい……』
まくど? なんだそれ? ミウラが言ってた高級れすとらんとであるか?
『健康上は、どっちもどっちですけどね。さて、腹もふくれたことですし、船を探しに行きましょうか、旦那?』
まくど、気になる。まくど!
明朝出発の貨物船で、丁度いいのを見つけた。夕方には次の河港、ブレダというダヌビス川の畔の町に着くという。
夜は町中の飯屋で済ませた。
「ヘイお待ち! 鶏肉を揚げた料理でさぁ! 熱いうちに食ってくんな!」
若い兄ちゃんが料理を持ってきてくれた。
きつね色で表面がザクザク。これも掌大の大きさ。芋が二つばかり添えられている。
『いわゆるファミリーなチキンですね』
肉はしっとりとしているのに、外はパリパリ。
うん、いけるいける。ビールに合う。
『レブリークは肉料理が多いですね。肉食獣としての本能を満喫させてくれる良き国です。うまうま!』
食って飲んで……ダヌビス川の旅に出てからこっち、食って飲んでばかりな気がする。
『食い道楽記になる羊羹』