1.出発の町ビエナ でござる
『しかしまあなんですなぁ。ゲルム帝国では皇帝にかかわらなくて幸いでしたね』
「なにを言ってくるかと思えば、ミウラ。いくら何でも皇帝と絡んだり出来ないでござるよ」
『いやいや、イオタの旦那だから、皇帝以上の存在と絡んだとしても、なんら不思議はありません!』
そんなこんなで、ここはビエナの町でござる。
この大陸を東西に横断する大河、ダヌビス川運送の要衝。それがビエナ。
多くの人と物が行き交う交易の町。
日本でも川を運送の主手段として用いてきた。
ダヌビス川は日本の川と違って、とてつもなく巨大だ。対岸が霞んでいる。
『瀬戸内海っぽいですね。どこかに小豆島が浮かんでませんか?』
流れが緩やかで、岸辺に波がよせておる。まるで海岸だ。
行き交う船も猪牙舟のような小さな船じゃない。千石船と見まごうばかりの大きさ。
『ただし、縦に長い』
ここで船を仕立て、レブリーク帝国を抜け、ジベンシル王国へと一気に抜ける予定。
ジベンシル王国よりレップビリカ王国を経由してからら南下。山越えすれば、そこはヘラス王国。憧れの町タネラがある国!
というわけで、かねてからの調べを元に目を付けていた、レブリーク帝国行きの客船を予約した。
明日朝出発である。
となると、ゲルム帝国も今夜でお別れ。今宵は、ゲルム料理を堪能することにしよう。
『ゲルム帝国でもずっと南部ですからね。レブリーク帝国の文化も一部が混じってますよ』
細かいことを言うと、昼間は旅に向けて諸々の品々を買い込んで収納ボックスへ放り込んでおく。
宿を安くした代わりに、夕ご飯を豪華に。
小ぎれいで流行ってそうな店へと入る。
「おや、ネコ耳族のお嬢ちゃんかい?」
気っぷの良さそうな年増……もとい、看板娘でござる。
「お嬢ちゃんは置いとくとして、ネコ耳族でござる。この店は拙者でも大丈夫でござるかな?」
ネコ耳族は言われない迫害を受けているからね。一応、断りを入れておく。
「ああ、躾の行き届いたネコも同伴でござるが」
『ニャーン』
小首をかしげて甘ったれた声で無くミウラ。ネコが猫を被るとはこれいかに!
「あら、可愛いネコちゃん! 大丈夫だよ。さあ、空いてる所へ座っておくれよ」
カウンターに近い所が空いていたので、そこへ腰を下ろした。
「なに食べるね? あとなに飲む? ネコちゃん、かわいい!」
「すまぬが、旅の者故、詳しい料理は解らぬのだ。郷土料理があればそれを。男が食べる量で。飲み物もお任せで」
「ふーん、じゃお勧めでいいかい? ちょっと、手を見せて?」
注文時に手を見せるとは? 地方の風習なら仕方ないが?
「こうでござるか?」
ギュッと手首を握られた。力強い。この手で槍を振り下ろされたら、騎馬武者といえど落馬確実でござろう。
「ふーん、そんなにちっこくないね。じゃ、ちょいと待っててね」
待つこと暫し。
「あい! おまっとさん!」
太い腕、もとい……引き締まった腕で運んできたのは二品。右手にジョッキ。左手に皿料理。
ジョッキがガンと置かれ、料理皿がゴンと置かれた。
食べ応え有りそうな肉が、バンと皿の中央に。周囲を芋がゴロゴロと転がり、申し訳程度に野菜が鎮座する。そんな豪快な料理であった。
「皮付きで焼いた豚肉と芋と野菜を香草入りビールで煮込んだ料理だよ!」
『肉がステーキサイズですね』
「この料理の肉はね、食べる人の掌より大きくなくっちゃいけないって決まりがあるのさ! あと2品続くよ!」
これは旨そうだ。
口を湿らせる為、ジョッキの酒を口に含む。
ふむ、麦の香りも香ばしい。シュワシュワ感が口に楽しい。
『ビールですね。常温だから香りが引き立つ』
もはや箸より取り回しが上手くなったナイフとフォークを使って肉を口へ運ぶ。
軽く咀嚼するだけで肉がほぐれていく。焼け色の入った皮が香ばしい。
『イモにも味がしみこんでますね。ジャガイモのようでないような?』
小皿に分けた肉片と芋をがっつきながら、したり顔のミウラである。
「はい、おつぎは白ソーセージの茹でたヤツね。一本はネコちゃん用だからぜんぶ食っちゃだめだよ。あと皮は固いから食べないほうがいいよ」
ソーセージとは肉の腸詰めでござるな。
小さな壺状の容器に入られて来たのは、お汁に浸かった白い腸詰め肉が二本。
「こうでござるかな?」
滑る腸詰めに四苦八苦しながら、肉料理の皿へ移す。ナイフとフォークを使って腸詰め肉の皮を剥ぎ、中身をつるりとだす。
「ほほう! 香草が利いていて、旨いぞ!」
『開闢当時のソーセージにして元祖ソーセージ! 感動です! 豪快銀河十文字斬り! 輝く流星タウミサイルです!』
料理の合間に飲むビールが旨い! 麦の香りとシュワシュワ感が料理の残滓を流し、料理の味が酒の苦さを消してくれる。
「ハイ最後のお待ち。芋団子だよ」
一見、芋団子の煮付け。
味の方はというと、芋だな。
すり潰した芋と小麦粉を混ぜて団子にしたのをなんらかの汁で煮た?
『これはこれで素朴な味わいというか。ご飯の代わりですかね?』
僅かな粘りがあるものの、歯離れはあっさり。ミウラの言うようにご飯の代わりであろう。これで腹を満たすのだな。
「うーむ旨かった。腹もくちた。イセカイの料理もなかなかでござる。爪楊枝はないでござるかな?」
『旦那は幸せ者ですね。現代日本の人間がこの世界に転移したら、一月とかからず飢え死にしてしまいますよ。シーシー』
ミウラはしれっとした顔で、歯に挟まったらしい肉の繊維屑を掻き出している。
「どういう意味で?」
『旦那が舌鼓を打っていたこの料理。人間だった頃のわたしじゃ、口に出来ませんね。不味い。臭い。薄い。不衛生。ネコになって正解でした』
この料理が?
卑下する訳ではないが、江戸の食い物と比べ遜色ないぞ。……もっとも、某のように肉に対して忌避感を持たぬ事が前提であるが。
「未来の日本人は口が肥えすぎてしまったのではないか?」
『でしょうな。有り難いことです。わたし達はあの社会で幸せに暮らしていたんですよね』
意味深でござるな。ミウラの言を額面通り受け取ってはいけない。
ミウラは自分のことをあまり話さない。
親は? 兄弟は? 友達は?
某にも話したくないのであろうか?
話したくなくば話さなくても良いが。……ちょっぴり距離を感じて寂しいでござる。
「はいはい! 食べ終わったら店を出る! 長居しないのがビエナ料理の特徴だよ!」
「食後の一服をだな――」
『それが客に対して――』
ニュイっと太い二の腕を見せられては、戦意も喪失しようもの。
「ごちそうさまでした」
『美味しかったです』
某とミウラはそそくさと店を後にした。
あれだけの量を食べられた割に、あの料金はお徳であったことを付け加えておくでござる。
『魔法が一般生活にも相当な規模で浸透してるんでしょうね。火魔法とか、ナントカ魔法とか。でないとここまでの料理は出せませんよ。値段にしろ、出てくる速さにしろ』
「それなら見たことある。なにやら赤い石を竈に放り込んでおった。あれが火の魔法とやらになるのであろう」
『旅ばっかで一般家庭を覗き見したことありませんでしたからね。竈なんかは、昭和のガスコンロ相当まで発達してないと説明できません。タネラで生活する際は、そこんところを注意です』
「うむ、難しいことはミウラに任せた」
薪や炭以外の火は手に負えぬでござるよ。
さて、明日の朝は船の上の人となる。
翌翌朝はレブリーク帝国の帝都、ウインドボアへ入れるだろう。
「……川にはセイレーンはおらぬでござろうな? おらぬでござろうな?」
『……出てこいと?』