19.さらばグレート・ベアリーン でござる
秋の足音が聞こえてきた今日この頃。皆様いかがお過ごしでござろうか?
いよいよ、けったくそ悪いグレート・ベアリーンを出立でござる。
出発前に、挨拶をすべき人物がいる。
気が進まぬ相手だが、エラン先生でござる。
会おうとすると見当たらない。難儀な男である。某の勘が商館の裏だと告げていた。
勘を信じて裏に回ると、何やら話し声が聞こえてきた……。
「何度でもお願いします。どうか、お戻りください!」
「何度言われても……。だれだ?」
「拙者でござるよ。取りこみ中なら後にするが……といいたい所だが、もう出発する。エランとはこれでおさらばだ」
前に見た男と話しておったわ。
「そうか、ここを出るか。で、どこへ向かう?」
どれ、謎かけでからかってやろう。
ミッケラーから仕入れた情報でござるよ。
「ふふふ、米という美味しい食材を使った料理を知らぬのか?」
「パリジャだ。海の幸と米を煮込んだ鍋だ」
ほうほう、パリジャという食べ物か……。
あれ?
「……何で知っておる?」
「うむ、アレだ。前に働いていた所にソレが好物の者がいた。そいつから聞いたことがある」
頬を掻きながら人と喋るのは、礼儀に反するでござるよ。
謎かけが謎かけにならなかった。興ざめでござる。
「むう、拙者が向かう地はタネラでござる。ご存じか? ヘラス王国の光り輝く理想の大地!」
「へ?」
エランのポカンとした顔を初めて見た。このキザ山キザ吉も、かような顔をすろ時もあるのだな。
さては、タネラを知らぬな、こやつ!
『後ろの男も間抜けな顔をしてますよ、旦那』
ほんとだ。
なにか不味いこと言ったかな?
「フッ」
また気障な! 息を抜くような笑い方が気に喰わぬ!
「そうだな、いい町だ。だが遠い所だぞ」
いまさら優しい顔をしても某の心象は変わらぬ!
「もっとも、ネコ耳なら何とかしそうだ。……元気でな」
「言われるまでもない! ……デイトナ殿によろしくな」
くるりと背中を向ける。
「あいつに挨拶しないのか?」
「拙者、湿っぽいのは性に合わぬ」
「お互い、女の涙には弱いか……って、ネコ耳も女だったっけ。忘れていた」
それっきり、エランとはお別れとなった。
さて、タネラへの道は気が遠くなるほど遠くて長い。
行程をざっと流してみると……。
大陸を東西に流れる巨大河川ダヌビス川を東へ下り、ジベンシル王国へ出る。
乗りっぱなしで五日の距離。乗りっぱなしは不可能なので各港町で船を乗り継がねばならないが。
それでも陸上を行けば何ヶ月かかるか解らない。
ジベンシル王国からレップビリカ王国へは歩いて移動。そこから南下。やがてブチ当たる何とかいう山を越えたら、そこはヘラス王国。最終目的地タネラがある国だ。
なんとか見えてきたぞ!
さて、当面の目的地はダヌビス川の畔、ビエナという町。
ここからダヌビス川下りの船が出る。
ビエナまで向かう商隊の護衛について経費を節約する。ここ最近で学習した常套手段でござる!
『もちろん、冒険者ギルドの紹介です』
さて、当日早朝。集合場所の関所前へ向かう。
おお、既に幌馬車が何台も集まっておる。
ここで護衛の割り振りと顔合わせがある。
……なにゆえ冒険者ギルドは、毎度毎度ぶっつけで本番に望ませるのでござろうな?
『異世界の風習でございます』
風習なら仕方ないな。
ガヤガヤと聞こえてくる声。問題発生の予感!
「おう、ここはこのAクラス冒険者、チーム『壊し屋ジョー』が仕切らせてもらう!」
「初にお目にかかる。拙者――」
「うるせぇ! 頭数はこっちが一人多いんだ! 俺たち『重巡コワルスキー』が仕切らせてもらう!」
「拙者も、護衛の依頼を受けた――」
「久しぶりだなジョー! 俺らのチーム『早耳バード』はジョーを押すぜ!」
「ほうれ見ろ! この俺様、ジョーが仕切るぜ!」
「何だとコラ!」
「これ! 仲間割れはやめろと――」
「んだと?! だったら実力で来な! 最後まで立っていたらアワビュ――」
「人の話を聞かんかー!」
あまりに酷いんで、ジョーの兄貴とやらの後頭部をめいっぱい殴った。
「ジョーのカタキャヤァアガァアアアアッ!」
「テメェなに割り込んで来やがんでぇああああああ!」
その場にいる冒険者全員が某を見て指をさしている。
「ああ、そのネコ耳! その尻尾!」
「ほんまもんや!」
「ほんまもんのイオタさんや!」
「わし、三回見ましたわ!」
「グッズに全財産つっこんだったわ!」
「俺が買い支えたんねん!」
「ちょっと待ったリーヤ!」
「喧嘩やめテーナ!」
『関西人かイタリア人かはっきりしろよ!』
喧嘩は収まったが、グダグダになったままだ。もう出発の時間だというのに。
「ええーい仕方あるまい! この場は拙者が取り仕切る!」
「異議あらへんで!」
「ワシら従いまっさ!」
『ああ、これがアイドル誕生の瞬間というものか! あうっ!』
ミウラの頭を平手で叩いておいてから、指示を出す。
「護衛部隊長は拙者。副隊長はジョーの兄貴。質問は許さぬでござる!」
「賛成ですわ!」
「こっちも異議あらへんで!」
『なんで関西弁なんですかね?』
某の献身的な努力の結果、商隊は定時に出発することができたのであった。
隊列は続くよどこまでも。
某とミウラは先頭幌馬車の屋根に乗っかっておる。これ見よがしにバルディッシュを肩に担いで。
『旦那!』
居眠りしていたミウラが首をもたげた。
某の耳も盛んに動き出す。
「うむ!」
すくりと立ち上がり、副隊長に指示を飛ばす。
「ジョー殿! 左手に魔物っぽいのが五つ! 部隊移動、対処!」
「コワルスキー隊! 左前方へ展開! 武器を構えろ! バードは商隊長へ連絡。騒ぐ必要はないと伝えろ!」
ジョーがニコニコ顔で、いかにも褒めてって顔をして某の方へ寄ってくる。
こやつ、なにかと理由を付けては某に話しかけて来るのな。
「いやーイオタさん。魔物も『怪傑ネコ頭巾』のファンじゃないですかねぇ? イオタさんを見て襲いかかるのを止めてるみたいだし」
それだとしたら、魔物ごとこ奴らを殺して某も腹を切る!
こんな感じで、襲撃を未然に防ぎながらの旅は続く。
『さて、旦那。ぼちぼち仕込んでおいた大豆の発酵具合を見てみましょうか』
「うむ、楽しみであるな」
幸いにもグレート・ベアリーンで大豆モドキを手に入れた。
イセカイチート内政学を学んだミウラの監修・指導の下、味噌と醤油造りに手を出したのでござる。
手頃な木樽を幾つか買い込み、そこへ下拵えをした大豆を放り込み、収納ボックスの一番暖かそうな場所へ安置しておいた。
『ここで時間が経過する出来そこね収納ボックスが、その真価を発揮する時が来ました』
だから、時間が停止する収納ボックスの存在意義が解らぬのだが?
『まずは、味噌麹1號樽から検証してみましょう』
墨痕鮮やか。味噌一號と書かれた小樽を取り出してみる。
『麹がありませんでしたからね。似たようなのを見つけるのに苦労しました。さあ、蓋を開けて――臭っさ!』
「納豆の匂いでござるな」
急いで蓋を閉める。幸いにも風が吹いている。誰にも見つかることはない。
『これは足の裏の臭いですね』
「きつめだが、納豆臭だ。足の裏はもっと臭い」
『わたしは生前、関西に住んでいましたが納豆はよく頂いておりました。でも、ここまで足の裏臭はしませんでしたが?』
「普通に納豆なんだがなぁ?」
『麹1號樽は失敗と。次、味噌麹2號樽に行きましょう。これは違う麹カビもどきを使いました。自信作です』
味噌麹二號と書かれた小樽を取り出し、蓋を開ける。
『臭っさ! 足の裏2号を作ってどうするんですか?』
「納豆だと言うに! 先ほどよりまろやかな匂いだ」
『次行きましょう次!』
麹5號まで開けたが、なぜか全て納豆になっておった。
試しに試食してみたが、麹3號樽がもっとも美味しかったでござる。
『江戸の人々、ひいてはトウキョウの人々は靴下を食べていたのですね。解ります。トンボリへのバイオテロですね。良かろう、では戦争だ。猛虎軍団をなめんじゃないわよ!』
何を言っているのか理解に苦しむ。
『味噌が造れねば醤油も作れません。味噌造りは、引き続き研究開発するという事で、問題を先送り致しましょう』
「拙者、ご飯が無いと納豆が食べられない人間でござるから。宝の持ち腐れでござる」
やれやれと空を見上げる。
空には昼行灯、昼の月が出ていた。
「未来の世界では、人が月に到達したと言っておったな?」
『はい、ほんの数回ですが、人が月面に降り立ちました。空を飛ぶ乗り物の行き着く果てなのでございましょうね』
「乗り物と言っても、某が生きた時代は……駕籠か馬か、大八車か荷馬車か、イセカイでも馬車か、ここの幌馬車か? そのくらいしか無かったがなぁ」
『駕籠は馬無し車のタクシー。大八車は馬無し車のトラック。馬車も馬無し車のセダンに進化しました。商隊の幌馬車は列車でしょう。同じ人が考える事って、さして変化有りませんよ。結局チューブカーは実現できませんでしたしね』
前にも聞いたが、馬が魔法のような技術によって置き換えられたのだったな。
『小型車で130馬力あちこちでした』
「馬力? 一馬力が馬一頭分だというのか? 信じられん力だ!」
『1馬力が馬1頭は荷馬車を引っ張る力を元にしたらしいので、間違ってはいないはず。知らんけど』
ってことは、未来の馬無し馬車は百三十頭立の馬車に匹敵するのか? 飼葉の手配とか糞の処理とか大変だな!
『異世界転生にかかわるとされる妖精の名を冠したトラックで175馬力』
「175馬力有ればイセカイの壁を突破できると申すか?」
『いえ、それ以外にも多種にわたる条件が必要ですから、一概に馬175頭に引かせればイセカイへいけるとは……誰も検証していませんよ。……もしそんな馬鹿がいたとしてもニュースにはなりません』
元の世界へ戻る手は無い……か。戻ってもこの姿ではなぁ……。
『先にお話しました、超戦艦で1万5千馬力です。たしか』
ハッハッハッ! 一万五千頭でござるか? それらを養う飼葉なぞ、海の上にはなかろう?
またミウラも大きく出たものでござる!
「だとすると、馬はもうおらぬのであろうか?」
『競走馬だとか、車が走れないような僻地、あるいは狭い階段や山道が続くような土地ですと、ロバと一緒に使われていますよ』
「馬で遠乗りする生活に憧れていたんだがなぁ。そうか、馬は廃れたか」
それは寂しい。
『無理くり馬と言える乗り物として、タイヤが2つの乗り物、バイクが使われています。たしか、鉄馬と呼ぶ人もいましたね』
ほほう、二輪とな? タイヤはミウラに教えてもらって知っておる車輪のことであろう?
二輪では支えが足りぬ。転けてしまうぞ。
またまたミウラの例の妄想でござるかな?
某をからかって遊ぶつもりでござるかな?
その手には乗らぬでござるよ!
『日本で有名な製造メーカーとしては、赤社、青社、黄社、緑社の四大メーカーがあります。日本は世界に冠たるバイク王国なんですよ。海外はややこしいので省きます』
与太話だと思うが、……与太で世界に名を轟かす日本の商店名とやらをすらすらと言えるだろうか? まあ、しばらく付き合ってみよう。
『それぞれ特徴がありましてね』
「ふむふむ」
『赤社は技術の赤と呼ばれ、青社は芸術の青社と呼ばれています。凄いでしょう!』
現実的である。これは本当の話しかも知れぬな!
「ほうほう! では、黄と緑は?」
『赤社は別名、優等生とかチョーク知らずとか呼ばれ、壊れにくく扱いやすいのが特徴です。一方青社は、別名デザインの青と呼ばれ、お洒落で綺麗です。ともに整地競争や荒れ地競争で覇権を争っておりましてね――』
「いや、ミウラよ、黄社と緑社はなんと呼ばれておるのだ? そこが知りたい」
『やれやれ、旦那は、嫌がる所を攻撃するのが得意なお方だ』
何が嫌な所なのか? ちょっと解りませんね。
『えーと、黄社は、変態の黄』
「それで商売として成り立つのでござるか? 世界に名だたる四大商店として?」
『そうですね。不思議ですね。黄は誰が買うのか解らないデザインを採用したり、どの購買層を狙ったのか頭を捻るバイクを世に出しました。東京タワーがデザインコンセプトだったり、オイルショックの最中にロータリーエンジン積んだりしてる製造商店です』
ほーら、技術面と意匠面で代表されたバイク商店を最初に出したものだから、ネタが尽きたんだ。苦し紛れに「変態」なんか出したんだ。
此処を先途と追い詰めてやろう!
「で? ……緑は?」
『漢緑』
「……そのオトコとは? サンズイの漢か?」
『正解!』
なんというか、よく次から次へと造語が飛び出してくるものだ。我ながらミウラの切羽詰まり感が切なく、見ておられぬぞ。
『噂話ですが、ヘッドからオイルが滲んでいたとして、赤は「メーカークレームで処理します。修理費は頂きません」って対応してくれました。一方、緑は「それは仕様です」と押し切られたとかされないとか……』
専門用語は解らぬが、言いたいことは理解できた。
商店の対応として、あり得ぬでござろう?
『引き続き根拠の無い都市伝説ですが、4気筒エンジンの1気筒が動かなくなた場合、赤社は「それは大変です、他の修理より優先して修理します」。一方、緑は「まだ3つ動いているでしょ?」と説得されたとか、されないとか?』
漢でござるな!
『そこがいい! そこにシビレルと固有のファンが大勢付いておりまして……不思議と人気が高いんです。我ながら信憑性に欠けますが』
本当だったらイイノニネ?
『いや、旦那! 本当なんですって信じて……ああ、眉に唾付けながら哀れむような目でこっち見ないで! 嫌ぁぁぁ!』
もう少しすると最初の目的地、ビエナに着くだろう。
ダヌビス川を下る船を見つけ、冬が来る前にジベンシル王国へ出なければならぬ。
そこで冬ごもりし、春を待ってヘラス王国へ渡る。ヘラスには、あこがれの保養地タネラが待っておるのだ!
―― ゲルム王国編 完 ――
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「そうだな。あいつが行くんなら……考えてみてもいいかもな」
「エラン様!」
「しかし、わざわざジバンシル王国からレップビリカ王国回りなどと、遠回りするのはなぜでしょう?」
「たしか、この世界の各地を回ってみたいとか言っていた」
「左様で」
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